２００６年度 森基金研究成果報告書
政策・メディア研究科 修士課程１年
田中清隆
所属：政策形成とソーシャルイノベーションプログラム
ネットワークコミュニティプロジェクト
◆研究題目
市民金融における信頼担保方法の考察
◆研究概要
本研究では、近年我が国でも取り組みが進みつつある、NPOバンクや市民ファンドと呼ばれるような、市民が社会的（地域的）活動を行なう団体に対し資金を拠出し、融資を行なう「市民金融」を対象とする。
市民金融では、一般金融機関が貸倒リスクから融資を行えないようなNPO、市民事業に、物的担保を取らず、低利で融資を実現している。それが実現できるのは、融資先との間に「顔の見える関係」というような密な関係性を築き、そこでの信頼関係を基にリスクを低減させていると一般的に言われている。こうした信頼担保方式は、我が国の事例においてインフォーマルな形でそれぞれ行なわれており、実態やそのノウハウは公に明らかになっておらず、市民金融を仕組みとして新規に導入する際の手がかりが存在していない。本研究ではそうした各事例へのフィールドワークを通して、市民金融における信頼担保のプロセスを明らかにし、新規導入や運営改善を促進し、社会的活動における資金調達環境の改善に寄与しようとするものである。また、社会的関係性の中での信頼構築と言う極めて暗黙知的な性質を持つプロセスを、いかに一般にも共有できるような形式知へと変換することができるかという試みとしても位置づけられる。
◆研究報告
＜フィールドワーク、ヒアリング等＞
上記研究を進めるにあたり、各地での取り組みの現状を実際に調査した。
本年度行なったフィールドワーク及びヒアリング活動の主なものを以下に示す。
通年：ap bank（東京都）において融資業務への参加、融資制度の在り方に関する調査及び検討
６月：・SIF Japan主催「第１６回 定例勉強会 ＆ コミュニティ投資研究会 合同セミナー ～日本のコミュニティバンク最新事情と実例～」
７月：・東京CPB（東京都）草の根交流会参加及び運営事務局スタッフへのヒアリング
・ap bank 融資先へのヒアリング調査
８月：・コミュニティ・ユース・バンクmomo（名古屋市）
・ap bank第五期融資審査作業
１２月：・貸金業規制法改正によるNPOバンクへの影響についてヒアリング
２月：・第36回「地球大学」「"SRI"社会的責任投資をめぐって」筑紫みずえ氏（株式会社グッドバンカー
社長）
・ap bank第六期融資審査作業及び今後の融資制度のあり方についてディスカッション
・安田女子大学戸井佳奈子助教授にお話をうかがう（ソーシャル・キャピタルと金融変革）
＜文献レビュー＞
各事例への調査と同時に先行研究及び関連領域の文献についてレビューを行った。
主な文献については参考文献として最後に掲載した。
文献は主に３つのテーマに分類できる。
１、NPOバンク、市民金融、社会的活動における資金調達について扱うもの
２、取引コスト、情報の非対称性、制度論など人々のインタラクションについて扱うもの
３、２への対応として信頼、社会的規範、ソーシャル・キャピタルなどに説明を求めるもの
また、日本における市民金融やNPOバンクに関する具体的な事例調査研究は現在のところほぼ見当たらず、
申請者の研究意義が確認できたといえる。
＜研究＞
上記事例調査及び文献レビューを通して、修士論文執筆に向けての全体の研究設計を行なった。
とりわけ、注力したのは市民金融制度の定義づけ（何に注目するのか、それはなぜか）、
そして制度としての普及可能性を軸にした研究の可否（どのようなインパクトがあるのか、それは可能か）である。
◆研究成果
本研究を通して明らかになったのは以下の３点である。
１、信頼担保については取引コスト理論等を用いた数量的把握が必要である。
本研究の主題となっている市民金融での低利融資を実現している信頼担保プロセスの解明は、
現場や従来の議論においては極めて感覚的な形でしか語られていないことがわかった。
関係者間での暗黙知的なやりとりが、そのまま研究や議論においても所与として扱われることで、
一種のブラックボックス化がなされているような状態となっている。
しかし、各事例を見るにつれ実際の地域特性や金融的な知識の有無、運営体制などの違いによって
パフォーマンスに差異が生じている様子が見受けられ、必ずしも全てが「インフォーマルなプロセス」として
説明できないのではないかと考えられる。
従来より既存の金融研究においては信用や信頼というものが数理的な枠組みの中で把握されてきた。
ミクロな金融貸借や取引における情報の非対称性とそれへの対応としての取引コストの理論等は大きな蓄積がある。
本研究においても、そうした既存の金融研究、取引コスト理論などを通して
数理的な把握を行なうことが重要であると考えられる。
その取り組みにより、プロセスにおけるインフォーマル性についても具体的な把握が可能となる。
２、ソーシャル・キャピタルによる取引コスト低減の説明には限界がある。
インフォーマルな規範、信頼関係による取引コストの低減や制度パフォーマンスの向上については
ソーシャル・キャピタルとして多くの研究の中で扱われ始めている。
しかし、各事例を見るにつれ、その活動エリアの範囲や性質は大きく異なる。
それらを全てソーシャル・キャピタル測定から説明することには限界があることが明らかとなった。
また、ソーシャル・キャピタルによる説明は特定の事例については確かに説得力を持ち得るが
一方で全く異なるアプローチからの取引コストの低減や制度パフォーマンスの向上が図られていることを
明らかにできれば意義は大きいと考え、今後の課題としたい。
３、制度移転の可能性について
上述のように、極めて感覚的な把握にとどまる我が国の市民金融制度について、
まずは定量的な調査等を通して共通言語の上で捉える必要がある。
また、現場においてもその暗黙知的性質から、各地への制度移転時に困難が生じていることも見受けられた。
信頼担保プロセスの具体的な把握の後、最終的には制度移転可能性について何らかの提案が出来れば
大きな意義があると考えられ、申請者の今後の課題として研究を進めていきたい。
◆参考文献
＜１、NPOバンク、市民金融、社会的活動における資金調達について扱うもの＞
西村 清彦（著）、『「十二年の沈滞」からの脱却：『社会投資ファンド』で民間投資需要を生み出せ』、経済産業研究所、２００３年
坪井ひろみ（著）、『グラミン銀行を知っていますか』、東洋経済新報社、２００６年
日本政策投資銀行地域企画チーム（編著）、『PPPの進歩形 市民資金が地域を築く 市民の志とファイナンスの融合』、２００７年
＜２、取引コスト、情報の非対称性、制度論など人々のインタラクションについて扱うもの＞
D. North, “Institutional
Change and Economic Performance”, Cambridge Univ.
Press, 1990.
Williamson, O., “Market
and Hierarchies”, New York: Free Press, 1975
今井賢一・金子郁容、『ネットワーク組織論』、岩波書店、１９８８年
ケネス・J. アロー（著）、村上泰亮（訳）、『組織の限界』、岩波書店、1976年
藤井聡（著）、『社会的ジレンマの処方箋 都市・交通・環境問題のための心理学』、ナカニシヤ出版、２００３年
G・ジンメル（著）、清水幾太郎（訳）、『社会学の根本問題 個人と社会』岩波書店 1978年
山岸俊男（著）、『安心社会から信頼社会へ』、中公新書、１９９９年
信用理論研究学会（編）、『現代金融と信頼理論』、大月書店、２００６年
J.E.スティグリッツ／B.グリーンワルド（著）、内藤純一／家森信善（訳）、『新しい金融論 信用と情報の経済学』、東京大学出版会、２００３年
＜３、２への対応として信頼、社会的規範、ソーシャル・キャピタルなどに説明を求めるもの＞
Putnam, Robert D,”Bowling
Alone: The Collapse and Revival of American Community”,2000.
ロバート・D・パットナム（著）、河田 潤一 (訳)、『哲学する民主主義—伝統と改革の市民的構造』、NTT出版、２００１年
N・ルーマン（著）、大庭健・正村俊之（訳）、『信頼－社会的な複雑性の縮減メカニズム』勁草書房、1990年
山内直人ほか、『コミュニティ機能再生とソーシャル・キャピタルに関する研究調査報告書』、内閣府経済社会総合研究所、２００５年
宮川公男／大守隆（編）、『ソーシャル・キャピタル 現代経済社会のガバナンスの基礎』、東洋経済新報社、２００４年
戸井佳奈子（著）、『ソーシャル・キャピタルと金融変革』、日本評論社、２００６年
以上