2006年度森泰吉郎記念研究振興基金報告書

Limonect:離れて暮らす家族のアンビエントコミュニケーション

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程1年
メディアデザインプログラム 奥出研究室
郡山和彦

プロジェクトチーム

政策・メディア研究科1年 郡山和彦
総合政策学部3年 戸松綾
総合政策学部3年 小泉麻理子
環境情報学部3年 大澤公美子

研究の流れ

チームを組んで研究を行う課程で,当初の研究計画書の内容からコンセプトが変化した.離れて暮らす家族間のコミュニケーションに着目しフィールドワークを繰り返す中で,マット型のアンビエントコミュニケーションデバイスLimonectの開発に至った.

Limonectの概要

Limonectは,離れて暮らす家族が実家側の朝を基軸にして,同じ生活のリズムを感じながらさり気なくコミュニケーションできる足拭きマット型デバイスである.このデバイスはキッチンや洗面所などの水場に設置され,遠隔の家族にその行動情報を伝える.水場は共に暮らす家族の生活の基軸であり,その場で生じるコンテキストが家族間の微妙な感情を構築する.Limonectはそのコンテキストを離れて暮らす家族に伝えることで家族間に特有の微妙な感情を伝え合い,家族ならではのコミュニケーションメディアのあり方を提案する.


Limonect外観

背景

生まれた時から共に暮らす家族には一種独特な情報のありかたが存在し近年注目されている[1][2]が,家族間のコミュニケーションにはさらに友人や知人などとは異なる微妙な感情を伴うことがある.一人暮らしの青年は両親にわざわざ連絡することに抵抗や気恥ずかしさを覚えることが多いが,両親はどんな要件でもいいから連絡して欲しいと思うだろう.我々は,離れて暮らす家族の互いの些細な行動には,当事者にとって様々な感情・推測をもたらす情報としての価値が存在することに着目し研究を行った.

コンセプト

Limonect は離れて暮らす家族の行動情報を伝え合う足拭きマット型の装置であり,キッチンや洗面所などの水場にそれぞれ設置する.水場は家族の生活の基軸であり,またその時間帯を象徴する生活音をたてる家の中の活動拠点である.共に暮らす家族は,普段あまり意識することなく互いの家の中の行動を感じている.この感覚をメディアで表現するのがLimonect であり,ここでは足跡の視覚情報と生活音を用いる.マットに人が乗ったことがトリガとなり,マットは使用者の足跡をセンシングし,マイクは周囲の生活音を録音し始め,足跡をその場の生活音と共に遠隔に伝え始める.このメディアは一人暮らしの大学生の家と,離れた実家に設置されることを主なケースとしてデザインされた.図にデバイスの設置例を示した.実家側の装置を<A>,一人暮らし側を<B>とし,朝を基軸とするLimonect のシナリオを次節に記述する.


<A>実家側          <B>一人暮らし側

シナリオ

このデバイスの代表的な使用は実家の朝から始まる.まず実家側において,最初に母親が起床しキッチンに立ち朝食を作り始める.ここでキッチンに設置された<A>は母親の足をセンシングし,<B>にその足跡を表示する.母親が朝食を作り始めると朝の静寂は遮られ,様々な音が家の中に響き始める.野菜を切る音,食器を洗う音,冷蔵庫の開閉音など,それら水場の生活音を<A>のマイクが入力し,<B>に出力する.日本的な家族では母親の活動が一家全体の活動の始まりとなることが多い.ネットワークを通じ実家から<B>へと響く生活音は,離れて暮らす娘にとっては昔からいつもの時間に聞き慣れたいつもの音である.母親の奏でる音により,やがて娘が目を覚ますと,最初に洗面所に顔を洗いに向かう.洗面所に置かれた<B>に娘が乗ると,<A>にその足の影が映る.母親は<A>から聞こえてくる生活音と足の影から娘が起きたことを感じる.ここで簡単な挨拶を交わして一日が始まる.

実装・仕組み

デバイスの構成は,PC,大型液晶モニタ,シャープ製距離センサGP2D12 ,Atmel 社製ATmega8 マイコン,生活音を入力するマイク,音と視覚情報を出力するソフトウェアとしてMacromedia Flash,およびそれらの装置をマットとして使用するアクリル板と布素材からなる.図にシステムの図解を示す.液晶モニタを倒して床に設置し,アクリル板で表面を固定しその上に布を敷く.マットの端には距離センサを4つ並べ,それがマットの上の足の位置を測定する.その距離の値をマイコンで入力しPC にシリアル通信を行い,RS232-XMLsocket 変換を行いFlash へ値を入力する.またマイクが生活音を録音しFlash へ値を入力する.他者のモニタへの値の送受信はFlash Media Server を使用している.最終的に各種の情報をFlash が液晶モニタとスピーカに出力する.モニタの発光は布を透過し使用者に足跡の視覚情報を与える.


システム図

検証・まとめ

我々は始めにローカル環境でデモを行い,その後,実際に家と家のグローバルネット環境でデモを行った.ローカル環境における検証では,足の動きの相互のアクションが魅力的に感じられ,少ない情報ならではの想像を喚起することが分かった.後者の検証では転送量の関係により36 個のフットスイッチで一時的に解像度を下げた検証を行ったが,実際に毎日暮らしている家の中で朝のコンテキストでデバイスを使用すると,まるで共に暮らしているような感覚が得られた.また,そこにいることが分かるだけで安心できる,家族ならではの感情をうまく引き出せることが分かった.この感覚は家族間の微妙な感情にフォーカスした結果得られたものであり,その点で家族に着目したメディアの他の研究[3][4]とは異なると考える.またデモを体感してもらう中で,青少年の両親からの自立についてどう捉えているのか質問を受け,その他には家族間のプライベートの問題も指摘された.今後はそれら社会的・文化的な側面をうまく盛り込みつつ研究を発展させたいと考えている.

外部発表

情報処理学会インタラクション2007インタラクティブ発表

参考文献

[1]. March.W. and Fleuriot.C. Girls, Technology and Privacy: “Is my mother listening?”. Proc. CHI 2006, ACM Press (2006), 107-110
[2]. Taylor.A.S. and Swan.L. Artful System in the Home. Proc. CHI 2005, ACM Press (2005), 641-650.
[3]. 後藤幹尚, 渡邊恵太, 安村通晃, Fishoes & AwareEntrance: 玄関における家族間コミュニケー ション支援の提案, インタラクション2005
[4]. 天野健太, 西本一志, 六の膳:食卓コミュニケーション支援システム, インタラクション2004, 論文集 pp.43-44(2004).