慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

環境デザインガバナンス プログラム 

環境デザインの手法開発とその支援システムの構築

 

ロシア・中央アジア歴史都市の都市文化財保護政策研究

―タタルスタン共和国の事例を中心として―

 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程

小川 裕貴子 80524392

【研究の背景・目的】

本研究の目的は、これまで研究対象とされてこなかった、ロシアおよびCISといった旧ソ連邦に属する地域の、歴史的文化財保護制度を法制度や政策の観点から集約化・明確化し、将来への政策提言を行うことを目的としている。具体的事例としてロシア連邦内タタルスタン共和国を取り上げる。タタルスタン共和国はロシア連邦内でも文化財マネジメントへ独自にアプローチを行っている地域であり、さらに類を見るイスラム教徒とキリスト教徒の平和的混住地域である。本研究は、既往研究の整理と歴史資料の分析を通して当該都市の都市形成過程を明らかにし、歴史的民族的要素を抽出した上で、さらに、それを元にデータベースを作成。検証された歴史的都市環境を今後の都市空間設計計画に反映させるために、現行の文化財保護制度や法整備、若手研究者育成制度、都市計画傾向を明確化した上で、今後の政策提言を行うものである。タタルスタン共和国を事例として取り上げることで、ロシア国内の文化財制度を研究するだけでなく、平和的多民族混住地区のモデルも見出すことができる。これらの研究を通じて、歴史的環境を保全・活用した21世紀型都市モデルを作り上げることで、世界の他の地域へも適用可能なものとなることが予想される。

 

【研究手法】

 

1.歴史的建築物調査・政策研究

  タタルスタン共和国内の文化財の現状把握に努め、その改善点などを把握し、今後の当該地域の有効な歴史遺産マネジメントへの指針とする。具体的には以下の項目が中心となる。

・当該地域における歴史的環境概念の変遷と現況の把握

・文化財保護制度の集約化・明確化

・都市的・建築的文化財保護区域制度の概略化

・現行都市計画制度およびその傾向を把握

・文化財建築家・研究科の養成制度を把握、その改善化

・歴史的建築・都市調査による現状理解、歴史的・民族的の要素抽出

 

2.研究ネットワーク

  これまでの活動で培った研究ネットワークを利用し、タタルスタン共和国内で抽出された要素をモデル化し、それをネットワーク内の事例と比較検証する。

・ウズベキスタン共和国 サマルカンド建築建設大学

・アゼルバイジャン共和国 バクー建築建設大学

・ロシア連邦・バシコルトスタン共和国 ウファ大統領府

・ロシア連邦・タタルスタン共和国 文化省およびカザン市地方行政機関

・ロシア連邦・モスクワ建築大学

 

3.国際情勢研究

  周辺国家や各企業の国際的戦略および都市開発の動向を見極め、今後の政治的展開を予測する。

 

4.調査日程

 2006年9月11日〜18日 ロシア連邦・ウファ市にて、国際会議「T-echopolis of Eurasia」参加、および調査

 2006年9月20日〜106日 ロシア連邦・カザン市にて、文化財の現状と政策の実態調査

 2006106日〜200612月 収集データ整理および、データ入力とデータ解析。外国語資料翻訳。

 200612月〜1月 修士論文執筆

 

【本研究の成果】

本研究により、これまで、西欧を中心として行われてきた文化財保護研究の地域的な格差を是正する第1歩となることができた。これまで多くのなぞに包まれてきた旧ソ連地区では、現在でも社会主義時代の制度が色濃く残り、その制度の特徴は、文化財の国有化に集約される。保護の観点から、国有化にはメリットも多くあるが、資金面で困難が多く、経済的インセンティヴも不十分で、保護対象の文化財に格差が生まれている。また、後継者育成制度や技術を一定レベル以上に保つ制度などは欠落しており、今後、海外諸国を参考にしながら、制度を充実させる必要がある。これらは、旧ソ連地域に普遍的な問題である可能性が極めて高く、今後、ほかの都市調査に加え、更なる発展が期待される。

 

【今後の展開】

修士論文を経て、タタルスタン共和国及び首都カザン市の文化財政策の概要及び現状を明らかにすることが出来た。それを他のイスラム系旧社会主義圏の制度と比較研究し、さらに現状把握を進めることで、旧社会主義圏のモデルを作成し、今後のマネジメントの指針とする。本研究をその基礎的研究として位置づけるが、今後の更なる研究を元に、本分野における先駆的研究の確立を目指す。