2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金 「国際共同研究・フィールドワーク研究費」研究成果報告書

研究の概要

研究課題名
地産地消を実現する地域SNS通貨の運用実験
研究代表者氏名
村井 純
研究代表者所属
環境情報学部
研究分担者氏名
須子 善彦
研究分担者所属
政策・メディア研究科

研究成果

研究背景と計画概要

本研究課題は、地産地消を実現することを目的として設計された経済モデル・通貨システムの運用実験を、隠岐諸島海士町(i)をフィールドとして行い、その有効性を検証するものである。また、その結果から、国内外の地域経済振興の問題解決に対する知見を獲得、提案する。

具体的にはシルビオ・ゲゼルの提唱する自由貨幣(ii)の理念を受け継ぐWATシステム(iii)を改良し、海士町の地域SNS(iv)に導入し既に存在する海士町の地域通貨ハーンとの融合を計ることを試みた。

計画遂行について

当初の予定では、早期に地域SNS(iv)を導入し、その上で地域通貨の運用を開始する予定であったが、海士町の現状、特にまちづくりに関わる多様な主体の間でのニーズの差異や、既に導入されている地域通貨ハーンのあまり芳しくない利用状況などを踏まえ、地域SNS(iv)の導入自体の是非や目的設定を含めた議論に時間をかける方向性に、研究の進め方を変更した。

まちづくりの現状把握

まずは、現在海士町のまちづくりの現状と、まちづくりに関わる主体の現状把握を行った。主体には、町役場、観光協会、教育委員会、地元の若者とIターンの若者を中心とするコミュニティ(AMA-Net)、地元の若者コミュニティ、Iターンコミュニティ、漁協、地元ボランティアなどが、それぞれプロジェクトを行い、プロジェクトの推進において時に相互に協力体制を持っている。

町役場、教育委員会、AMA-Netが一丸となって行ってきた島外との交流事業の結果、日本全国に海士ファンはのべ300人程度存在している。若年層を中心に島外から定期的に海士町を訪れるリピーターや、Iターンが増加した。海士町と海士町ファンとの継続的な連絡は、主にメーリングリストが利用されてきた。しかし、参加人数の増加に伴い、メーリングリストの使用頻度は低下してきている。また、まちづくり活動を行うメンバーの活動状況を紹介するため、各自の個人ブログを紹介する「週刊amana」(v)というブログポータルサイト連動型メールマガジンを発行している。紹介されているブログは、主に海士町へのIターン者の活動である。

これら海士町と海士町ファンとの継続的な連絡は、今のところ上手くいっているが、前述したように人数の増加、発信する情報量の増加に伴い、コミュニティ化の必要性を感じているという。また、海士町にとっての当面の目標である定住促進、人とお金の島外からの流入増加、といった目的、かつ、海士町ならびに本研究の共通目標である地産地消型の経済モデルによる地域経済の活性化といった目標においては、前述するコミュニティの創造と共に、コミュニティの上で地域通貨等のツールを用いた新しい経済モデルの構築・確立のための実験環境が必要である。

地域SNS導入における目的設定

これらに対する現状把握を通し、地域SNS(iv)導入自体の是非や目的設定の議論を行った結果、以下の目的を実現するコミュニティサイトとして地域SNSを導入することとなった。

  1. 町役場、教育委員会、AMA-Netが一丸となって行ってきた島外との交流事業の結果、全国に300人程度存在している海士町ファンと海士町民が継続的にコミュニケーションする場として
  2. 前述の海士ファンが、海士町の各種まちづくりプロジェクトに遠隔地から参加・支援、あるいは、特産品を購入できる、いわばコミュニティ投資システムとして
  3. 海士の現状を出郷者にも理解して貰い、島に一時帰郷、あるいは、Uターンしやすくする情報チャンネルとして
  4. 島外への人口流出を減らし、Iターン、Uターンの増加、島内リソースの島内への投資を推進するしくみ作りのためのコミュニティウェアとして

特に海士町で切実な問題になっている島で唯一の高校、島根県立島前高等学校の定員割れに伴う存続問題がある。島に高校が無くなってしまうと、子ども達を中学卒業の時点で本土に送り出すことになり、金と人の島外流出という二十苦を生み出す。また、島民の多くが同校出身者であり、廃校による精神的な影響は大きい。高校の存続問題は、ここ数年間のまちづくりの取り組みを一気に崩壊させかねない大きな問題である。この問題は、島民・出郷者・まちづくりに関わるIターン者の間で共通の問題の一つである。

海士町メンバーとの議論の結果、高校の存続問題の解決を、ひとつの共通目的として、コミュニティを作り上げてゆくことが、海士町におけるまちづくりに有効な地域SNSならびに地域通貨の導入にとって、分かりやすいストーリーとなる、という結論が出た。

地域SNS導入と運用方針

長期的な目標の確立の次には、コミュニティへの参加の最初の動機付けが必要である。一つの目標である地産地消は、海士のような島では既に当たり前のこととして実現されており、あえて地域SNSや地域通貨を利用する必要性は薄い。このことが既に存在する地域通貨ハーンの利用率低迷の原因の一つであると考えられている。

一方で、交流事業の推進により、島外からのIターン者や定期的に海士町にやってくる常連客も増え、世代間のコミュニケーションや財の交換、また、島外とのコミュニケーションや財の交換の頻度が高まってきた。そのような中、海士町メンバーとの議論の結果、前述の目的にそって、以下のようなスキーム・機能を実現することで、各主体に対するコミュニティへの参加の最初の動機付けが行えるという結論に至った。

  1. 全国に広がる海士町ファンに、海士の現状を伝えるため、一種のメルマガ購読・ブログ購読を一括的に行える機能を提供(RSSリーダー的機能)
  2. 前述の海士ファンが、海士町の各種まちづくりプロジェクトへの金銭的・非金銭的(労働時間の提供、特殊スキルの提供、人材紹介など)参画の対価として、電子的な地域通貨を獲得できる機能
  3. 特産品の購入が可能な機能。その際、電子的な地域通貨による割引購入が可能
  4. 島内のまちづくり活動の対価を地域通貨で発行し、その地域通貨によって島内での生活を可能とする各種性格必需品との交換を実現する機能

導入と運用

前述したブログポータルサイト「週刊amana」のリニューアルと同時に、SNS機能をもったコミュニティサイトをオープンする計画で、コミュニティサイト構築を行った。まずはコミュニティサイトでできることの可能性を、実際にサイトを使うことでより深く考察するために、「週刊amana」のスタッフやまちづくりの活動を行う一部のメンバーで、「週刊amana」のリニューアル作業を円滑化するグループウェアとして、新規に構築したコミュニティサイトの利用を始めた。

SNS機能をもったコミュニティサイトは、早期の構築、運用の容易さ、将来の拡張性を踏まえて、PHP言語によって実装されているSNSパッケージOpenPNEをベースとして構築した。また、電子的な地域通貨の部分は、シルビオ・ゲゼルの提唱する自由貨幣(ii)の理念を受け継ぐWATシステム(iii)を、OpenPNEベースのSNSから容易に呼び出せるようにするWeb版WAT(現在構築中)を用いる。具体的には、OpenPNEベースのSNSからWeb版WATが公開しているWeb APIを呼んで利用する。

研究の意義と今後の目標

今回、具体的な地域をフィールドとして、また地域の様々な主体との協働を通しての研究を行ったため、工学分野の一般的研究における実験のようには研究計画通りに行かない点が多かった。これは想定の範囲ではあったが、SNS機能をもったコミュニティサイトはまさに今後本格的に活用されていくものであり、地域SNSと電子地域通貨WATシステムとの連携、電子地域通貨WATシステムと既存の地域通貨ハーンとの連携といった当初予定していた検証事項の評価には至らなかった。

一方で、過疎化が続く離島地域の現状の把握、ならびに、現状を踏まえた上で現地の多様な主体との長期にわたる議論に基づいた研究遂行ができたことは、以下のような多くの知見を得れたと考える。

  1. 離島地域における地産地消の現状を踏まえた、離島地域特有の経済問題に関する理解
  2. 離島地域特有の経済問題、すなわち、本土地域との地理的制約を超えた経済圏の確立に対する地域SNS等の情報システムの可能性の示唆
  3. 世代間ならびに地理的制約を超えたコミュニケーションの場の創出に対する地域SNSの有効性の示唆
  4. 一つのツールが複数の目的を実現しうる地域SNSの特徴の再確認
  5. 海士町におけるまちづくり、Iターン者の巻き込みにおけるバーター通貨の可能性の示唆
  6. 多様な主体間の協働によるまちづくりの進め方に対する効果的なシステム導入の進め方

参考文献

  1. 海士町 http://www.town.ama.shimane.jp/, http://www.oki-ama.net/
  2. Silvio Gesell, “Die Natürliche Wirtschaftsordnung”, 1914年
  3. WATシステム http://www.watsystems.net/
  4. 庄司 昌彦, 三浦 伸也, 須子 善彦, 和崎 宏『地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』, アスキー, 2007年3月
  5. 「週刊amana」 http://oki-ama.org/