2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

地域密着型サービスの認知症地域ケア拠点化の手法と効果

 

中島民恵子

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 博士課程

 

 

1.はじめに

 現在、要介護高齢者のほぼ半数(約169 万人)、施設入居者の89 割が認知症であり、団塊の世代が認知症の発症時期に差し掛かる中で、今後さらに増加し続ける。認知症は意思疎通の困難さ等により、ケア提供側の論理に陥り、本人本位や尊厳の保持が難しい状況が引き金となって障害増悪につながっている(悪化の螺旋構造,トム・キッドウッド=高橋,2005)。そのため、認知症が抱える困難さは本人だけでなく家族やケア関係者の大きな負担(大西,2003;朝田,1999;小林,2003)となっている。量的に政策対象としてのボリュームを持ち、質的に虚弱や寝たきり高齢者の対応の検討だけでは不十分である認知症の問題は、重要な社会的課題として捉えることが以前に増して求められるようになっている。

こうした背景のもと、厚生労働省においても新しいケアモデルの確立において、今後の高齢者介護は身体的ケアのみでなく、認知症の人に対応したケアを標準として位置づけていく必要性が指摘された。それらを実現するために、介護保険改正において認知症の地域ケアの推進が前面に打ち出され、自治体がその推進の主体を担うための権限が拡大された。国が地域ケアの政策内容を決めるのではなく、自治体が分権化された財源のもとでイニシアチブを発揮しながら、地域特性に根ざした政策的推進を図ることが求められている。

しかし、自治体として具体的に認知症の地域ケアを展開していく方策については十分に検討されておらず、各自治体での模索が続いている現状である。自治体が直営によって地域ケアを提供することは、ケアの質や効率性の面からも困難である。多くの自治体の財源困難等の状況をふまえると、認知症の人の地域ケア基盤の構築をゼロからスタートさせるのではなく、これまでの地域資源を活用し、本人本位の経過に応じた継続的な支援が可能となるような再構築が、介護政策上も急務となっている。

 

2.本研究の目的

本研究の目的は、全国に約1万ヶ所ある地域密着型サービス(特に、グループホーム、小規模多機能型居宅介護)を「認知症の地域ケア拠点化」するための自治体手法を検討することである。

 

3.本研究の方法

本研究の方法は主に2点である。第1点は「認知症の地域ケア拠点化」に関連する資料調査、もう1点は文献や各種調査において認知症の地域ケアの展開にイニシアチブを発揮して取り組んでいると考えられる自治体のフィールド調査である。フィールド調査として中心的に扱う自治体はK市であり、複数回にわたる自治体担当者へのヒアリングおよび報告会等に参加した。

 

4.調査報告

1)全国調査を踏まえた動向

 認知症介護研究・研修東京センターの客員研究員として調査項目設計段階から分析まで関わった「地域密着型サービスの整備状況と質の確保策に関する調査」(1の結果(平林、永田、中島他、2007)(中島、永田、平林他、2007)を通して現状を把握する。

平成18年〜20年の3年間における小規模多機能の計画数は最小0〜最大150箇所まで(平均2.68箇所)あり、積算すると3,211箇所となった。今後、急増が確実であり、整備方針も「積極的に整備する」が40.8%と高率である。GHの計画数は最小0〜最大108箇所まで(平均1.67箇所)あり、積重すると1,999箇所、整備方針も「積極的に整備する」が27.7%であり、今後もさらに急増することが確認された。

「事業所からの日常的相談への対応窓口・担当者を配置」を「積極的にしている」「まあしている」自治体は783箇所(78.2%)で、ほぼ8割が実施していた。それ以外の事業所への訪問やネットワークの支援等に関する自治体と事業所との実質的な連携は、「あまりしていない」「していない」自治体が過半数を超えるものの、「積極的にしている」自治体が1割前後あることが確認され、自治体ごとに質の推進策の取組みの進捗に差があることが明らかとなった。

運営推進会議を推進している自治体は654箇所(65.3%)であった。また、サービス評価を推進していると回答した自治体は347箇所(34.7%)であり、推進していない自治体の理由は、「どのような推進方法をとったら良いかわからない」と回答した自治体が304箇所(30.4%)、次いで「サービス評価に関する情報が全般的に不足している」とした自治体は292箇所(29.2%)であった。

認知症ケアを地域で推進するために小規模多機能・グループホームと協働している事業が「ある」と回答した自治体は102箇所(10.2%)、「今後行う予定」とした自治体は174個所(17.4%)であった。具体的には、「認知症に関する啓発活動」が175箇所(17.5%)、「認知症予防に関する教室の開催」が105箇所(10.5%)、「認知症サポーターの養成講座の開催」が80箇所(8.0%)であり、地域での認知症の正しい理解と支援を広げるための推進役として自治体が小規模多機能・グループホームを活かし始めている実態が明らかとなった。

自治体内の小規模多機能・グループホームで、認知症ケアを地域で推進するための地域拠点の役割を果たしている事業所が「ある」と回答した自治体が60箇所(6.0%)、「ない」と回答した自治体が428箇所(42.8%)であり、「わからない」と回答した自治体は500箇所(50.0%)を占めていた。

今後、自治体内の小規模多機能やグループホームについて運営推進会議果やサービス評価結等を活用して質の現況の確認を確実に行い、同時に地域拠点にむけた取組みを推進していくことが必要と考えられた。

 

2)フィールド調査をふまえた地域ケア拠点化の検討

(1)対象自治体の概要

 本調査で対象とした自治体はK市の人口、高齢化率、要介護認定数、介護保険料、日常生活圏域数、知己包括支援センター数、財政力指数は下記の表1のとおりである。

 

1 K市の概要

 

K

人口

75,599人(平成194月現在)

高齢者数

18,611人(高齢化率24.6%

認定者数

2,897人(認定率15.6%

介護保険料

34,500円(ほぼ県平均)

日常生活圏域

5圏域(おおむね中学校圏域)

地域包括支援センター

直営1か所

財政力指数

0.58

 

 

 

 

 

 

 

(2)K市における地域ケア拠点化の取り組み

@K市の認知症ケアの課題と施策展開

K市の状況としては、入所施設の整備率が高く、「認知症になったら施設に入所する」といった考え方を、地域住民や家族のみでなくケア担当者も持っている場合が多かった。一方で、現実的な課題として入所施設におけるケアはケア提供者の都合に合わせたケアになりがちであり、認知症の人への正しい理解と対応が不十分な状況であった。

なお、第1期介護保険事業計画で介護サービスの量の確保がある程度できたため、第2期介護保険事業計画では質の確保を中心に据えることとした。その中の重点項目として「認知症対策の推進」と掲げていたが、何をどのように進めるべきかが分からず、有効な施策を実際には実施していなかった。

施策導入のきっかけは「平成16年度認知症の人のためのケアマネジメントセンター方式モデル事業」への参加である。モデル事業の参加を通して、K市の認知症ケアの現状と課題を明らかにし、それらの課題に向けた対策に取り組んだ。なお、施策展開にあたり行政内部の推進者としては、市民部長寿課主査と地域包括支援センター保健師である。

 

A明確な指針の提示

K市においては、自治体として認知症への新たな視点を持って一連の施策を実施するといった明確な方針を示すことの重要性があげられている。具体的には、「K市介護サービス基盤の整備及び整備指針の提示」を行い独自の基準作りを行っている。それによる指定から監査(モニタリング)まで一貫した方針のもと、関与することが必要と考えられている。事業者自らが自身の目標をあげて事業所としての役割を担っていくことができる支援を自治体として行っている。

 

B “マニュフェスト”の作成

 事業者の視点を新たに問い直すツールとして、K市では“マニュフェスト”の作成をあげている。新規事業所の設置においては公募が行われており、事業所が新規事業に応募する際の提出書類1つである地域密着型サービス事業所設立趣意・計画書の中に下記の図125項目について、事業所の意向や取り組み内容を示す“マニュフェスト”を提出させる点が大きな特徴である。理念に沿った地域密着型サービスの整備に重点化を置いているK市ならではのソフト面への取り組みと考えられる。

“マニュフェスト”の主な内容としては下記に示したとおりであり、これらの内容を受けて、事業運営の評価と確認を多方面で実施する形となっている。なお、応募する事業者は建物を設置する対象地域の町内会に説明を行い、どのような協力が得られるかの確認とお願いを事前にすることと定められている。さらに大型施設様式の建築とならないためにも、日本医療福祉建築協会の示している建築ガイドラインも活用し、ハード面でも行政としての考えに沿う形に工夫している。

また、“マニュフェスと”がどのように取り組まれているのかの確認方法に関しても重層的になっており、自治体担当者のみではなく、次項で検討する課題共有・協議の場である運営推進会議の場面で、参加している地域住民などからも日常的に確認される仕掛けになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1 マニュフェストの内容と確認方法

 

C一貫した地域分散化

 地域に分散した小規模なサービスの整備として、小規模多機能型居宅介護に限らず、特別養護老人ホームの地域分散も進めている。K市では大規模入所介護保険施設の整備は行わないことを明示し、大規模入所施設の分散化と個室・ユニットケア化の推進も行っている。主な方法としては、多床室の大規模特別養護老人ホームの定員の一部を、サテライトとして街中に整備し、定員の減少した本体施設を個室ユニット型に改修する形である。例えば、山中圏域では80床の多床室特養を15床ずつ2つ街中に分散させて、残った50床を個室ユニット型へ転換していく。これらは計画的に進められており、平成20年度には下記の通り、個室ユニット割合が73%となる予定とされている。

平成18年度

特養総定員380

個室ユニット定員130

多床室定員250

個室ユニット割合34%

 

平成20年度

特養総定員380

個室ユニット定員280

多床室定員100

個室ユニット割合73%

 
 

 

 

 

 


2 展開前後の数値

なお、グループホームは既に市内に12か所設置されており、増設の予定はない。しかし、グループホームの重点課題としては多機能化支援と質の確保があげられている。これはグループホームが地域ケア資源としての役割を十分に果たせなかった状況の打開策の1つとして考えられ、K市でも積極的に取り組まれている。特に、グループホームのショートステイ導入については、平成17年度から構造改革特区による認知症高齢者グループホームの短期利用事業を開始し、市内すべてのグループホームで実施している。さらに、平成18年度から介護保険の共用型認知症対応通所介護として、グループホームのデイサービス導入が可能となったが、これらも公募を行い、“マニュフェスト”の提出のもと市内4か所のグループホームで実施されている。今後は、他のグループホームに対しても更新時には、“マニュフェスト”の提出を求める方向で議論が進められており、事業者が認知症への新たな視点転換のもと質の確保・向上に取り組めるよう、それに向けた自治体としての取り組みがあわせて進められていると考えられる。

 

D指定時における協議の場の設定

K市では、地域介護・福祉空間整備等交付金を積極的に取り入れ、地域住民との交流が図りやすい街中の既存施設を改修することを交付条件に整備補助金を出している。自治体と事業所との事前協議を行う期間を定め、事業者の公募を行い、事前協議内容はK市住民に対して完全公開とすることを通して透明性を図っている。

実際に、山代圏域では、3つの事業者から応募があり、“マニュフェスト”等資料をもとに1つの事業者が決定された。公募からの審査の主なプロセスとしては、応募要件を満たしているかどうか事務局(K市長寿課)において書類審査、実地調査、ヒアリングを実施し、健康福祉審議会・高齢者分科会で審議する。分科会には、婦人会代表、民生委員代表、老人クラブ代表等の各住民組織の代表が入っている。選考採択された事業所は20075月にオープンし、“マニュフェスト”に書かれていた具体的な内容としては、以下のようなものがあげられる。

 

       登録者全員にセンター方式によるケアマネジメント

       事業所にキャラバンメイトを複数配置。従業員は全員認知症サポーターとする

       事業所近隣住民を対象に認知症サポーター講座を自主開催

       同一生活圏域の他事業者との自主的な連絡会を開催

       身体拘束を行った職員は懲戒免職とする

 

E運営推進会議

事業所で行われる運営推進会議での事業所、住民、自治体との協議を重視している。運営推進会議においては、主たる開催者は事業所であるが、原則的に自治体担当者および地域包括支援センター職員が必ず参加し、実施状況の把握、運営推進会議を通しての“マニュフェスト”取り組み状況の把握等を行う。それにより、指定しっぱなしの状況ではなく、自治体も地域密着型サービスが地域の資源となることを応援する立場で常に関わっていることを示し、側面的な支援をしていく場としている。

運営推進会議とは、原則2か月1回開催されることが改正介護保険で義務付けられている。この機会をどのような協議の場として位置づけられるかは、多くは事業所の考え方に依存してしまうところがあるが、先の自治体の役割で示したように自治体の関与のあり方も影響を与えると考えられる。

 K市では、運営推進会議について自治体担当者と地域包括支援センター職員が参加することと、それらの会議録を提出してもらい、その会議録をK市のホームページに公開している。これにより、他のグループホームや小規模多機能の状況がわかるようにしている。

運営推進会議の参加メンバーは事業所ごとにばらつきはあるが、通常、利用者・家族代表・市職員・地域包括支援センター・地域住民代表(民生委員、自治会長等)・法人知見者・ボランティア等が参加している。また、話し合われる内容としては、現状報告として@登録人数、A利用頻度、B活動状況(暮らしの様子や行事)、C地域の交流、D家族との交流等の報告や、自己評価や外部評価結果に関する報告等がなされている。

実際に、運営推進会議に参加している住民等から、利用者の小規模多機能での暮らしをより充実させるような情報(畑を耕したいという利用者に対して、あそこだったら畑を貸してくれるかもしれない等)や支援のあり方に関する協議がなされている。それに留まらず、自分たちが地域で気になっている人たちの情報を伝えながら、どうするのが良いかという話し合いがなされて始めていた。

運営推進会議では、自治体担当者と地域包括支援センター職員が参加しているため、これらのまだサービスにつながっていない人への支援を、事業所と協働して進めることができる。このように、事業者の新たな視点と姿勢、認知症の人の暮らしやサービスのあり方をめぐる定期的な協議の場の活用によって、地域の情報が当たり前に入り、それらを地域に還元していくといった地域の資源としての役割を事業所が担い始めていることが伺える。

 

Fまとめ

K市では、地域密着型サービスを認知症施策の中心軸に据えている。地域密着型サービスが地域ケアを作り、運営推進会議に地域の関係者を常に呼びながら地域の困りごとや課題等を共有していく場が作られ始めている。さらに、地域密着型サービスに介護相談窓口、家族介護者支援、啓発(キャラバンメイトが設置されている)といった活動へ連動することで、その地域の高齢者への視野が広がり始めている。 

これらの取り組みを概観すると、既存の制度枠組みの中に、地域密着型サービスを担う事業者が地域の資源として、また、地域の拠点としてのロールを担うための自治体による仕掛けが数多く組み込まれていた。特に、地域密着型サービスの指定において、自治体として持っている方向性に沿った要件の提示とその後の多様なモニタリングができる仕組みとなっていた。

また、協議の場である運営推進会議を課題共有の場として活かすことで、その場に参加する関係者の認知症の新たな視点の転換が可能となっているケースも見られていた。さらに、地域の高齢者の情報や利用者の暮らしをより豊かに働かせるために地域住民をはじめとした参加者の実際の活動が生まれているケースも見られた。共有の場に付随させて、既存の仕組みや制度、それ以外の新たな仕組みや制度をうまく組み合わせながら、“コミュニティ”をベースにより良い認知症の地域ケアの推進が行われていると考えられた。

地域密着型サービスが単に利用者にのみ目を向けるものではなく、地域の高齢者の在宅での暮らしの継続に目を向ける主体になること、それに対して自治体独自の加算等がつけられるような仕組みが、今後必要となると考えられた。

 

3)今後に向けて

 本調査では、全国調査結果を踏まえつつも1つの自治体のフィールド調査から得られた知見である。これらの自治体独自の取り組みが他の自治体でどのように適応できるのか、また、他の自治体における多様な取り組みについても検討する必要があるだろう。今後もさらに取り組んでいきたいと考えている。

 

最後に、調査活動を支援いただきましたことを、ここに、深く感謝いたします。

 

 

(注)

1:平成1811月末時点で確認された全国1,840自治体(財団法人地方自治情報センターによる)を対象とした。回答に際しては、各自治体の地域密着型サービスの整備や指導等、日ごろ事業所との関わりを実際に持っている担当者に依頼した。調査方法は、調査票を郵送にて配布・回収した。調査期間は平成192月〜3月である。その結果、1,200自治体(回収率:65.2%)から回答があった。

 

(参考文献)

朝田隆:痴呆老人の在宅介護破綻に関する検討−問題行動と介護者の負担を中心に−.精神神経学雑誌,93(6)403-433(1991)

平林景子、永田久美子、中島民恵子ほか:自治体における地域密着型サービスの整備状況と質の確保・向上にむけた取り組みの課題 運営推進会議およびサービス評価の活用を中心に.日本認知症ケア学会誌.6(2)3472007

小林敏子:BPSD への対応−介護者・システムを含めて−.臨床精神医学,29(10)1245-1248(2000)

中島民恵子、永田久美子、平林景子ほか:地域密着型サービスを認知症ケアの地域拠点とするための自治体の取り組み実態と課題 グループホームと小規模多機能型居宅介護の質の確保策を通じて.日本認知症ケア学会誌.6(2) 3482007

大西丈二,梅垣宏行,鈴木裕介ほか:認知症の行動・心理症状(BPSD)および介護環境の介護負担に与える影響.老年精神医学雑誌,14(4)465-473(2003)

トム・キッドウッド著、高橋誠一訳:認知症のパーソンセンタードケア 新しいケアの文化へ.筒井書房(2005)