研究課題:バクテリアゲノムの進化における染色体の構造的制約

氏名:黒木あづさ

所属:政策メディア研究科 博士課程3

 

要旨

    枯草菌は高い形質転換能を有し、自発的に菌体外のDNAを取り込み,相同組み換えにより自身の染色体に組み込む特徴がある.この性質を利用して,枯草菌染色体を外来DNAをクローニングするためのベクターとして使用する,枯草菌ゲノムベクター(BGMベクター)が板谷らにより開発された.BGMベクターは100kbを超える大きなDNAを安定にクローニングできるのが特徴である.本研究ではBGMベクターにクローニングした100 kbを超えるDNA断片を加工して再編成するためのin vivo実験手法として,染色体逆位による再編成と,接合伝達によるプラスミド転送を応用した手法を確立した.またその過程で得られた, 染色体構造の変化が表現型に与える影響について検証し,染色体の構造上の制約を見いだした.

    多くのバクテリアに自然に見られる現象として,染色体領域の一部が反転した逆位が知られている.逆位は遺伝子の追加・削除を伴わずに遺伝子の位置や向きのみを変化させる事から,BGMベクターにクローニングしたDNAの位置や向きを改変する事に適用できると考えた.枯草菌では自然に見られる逆位は報告されてないが,我々のグループにより互いに相同領域を持つネオマイシン耐性遺伝子(neo)の5’末端側(ne)と3’末端側(eo)の配列を染色体の2カ所に導入する事で,相同組換えを誘導して逆位変異株を得られる事が報告されている.本研究ではこの手法を応用してテトラサイクリン耐性遺伝子(tet)を用いた逆位誘導法を構築した.そして,neotetによる逆位変異を組み合わせる事で,枯草菌染色体を様々な形に再編成させることを試みた.二重逆位により多様な染色体構造を持つ変異株を構築できたが,染色体のoriC/terC軸における左右の対称性の変化,またoriCに対する遺伝子の向きの変化が増殖に影響を与える傾向が見られ,BGMベクターに適用する際にはこれらの点を考慮して設計する必要がある事が示唆された.

BGMベクターにクローニングした領域をプラスミドに回収して単離する手法として,BReT法が以前に開発された.この手法はプラスミドの抽出とその後の形質転換をin vitroで行う事から,プラスミドが100 kbを超えると扱いが困難となる.そこで,枯草菌間で接合伝達する約65 kbのプラスミドpLS20catを改良し,BGMベクターにクローニングされたDNA断片をプラスミドに回収して,異なる枯草菌株に接合伝達で転送する手法を開発した.構築した pLSGETSプラスミドは細胞当たり3コピーであることを同定し,BGMベクター中のDNA断片がpLSGETSに回収されると,pLSGETS由来のマーカー遺伝子がBGMベクター由来のマーカー遺伝子と置き換わり4コピーに増える事で,回収が成功した株を選択する事が出来る.この手法は一連の手順を,BGMクローンに接合伝達でpLSGETSを導入し,通常の培養で自発的にクローニング領域がpLSGETSに回収された株を薬剤で選択し,他の枯草菌株に接合伝達により転送する,というすべてin vivoで行えるのが特徴である.実際にpLSGETSBGMベクターにクローニングされたシアノバクテリアゲノム由来の,25.7, 39.7, 54.2, 90.3 Kbの長さのDNA断片の回収し,接合により異なる枯草菌株へ転送する事を試みた.4株全てにおいてpLSGETSへの回収と接合による転送が可能である事が確認された. DNAの回収ステップでは回収効率が回収するDNA断片の長さに従って低下する事が示された.一方,回収後のpLSGETSの接合伝達効率は,プラスミドのサイズに依存せず高効率で転送された.

    これらの手法開発の過程で,枯草菌ゲノムは可塑的であるが,構造上の制約が存在し,その制約の中で再編成可能である事が分かってきた.そこで染色体構造と表現型の関係を調べるため,以前に我々のグループでneoによる逆位誘導により取得された逆位変異株27種について,胞子形成能,形質転換能,増殖速度を比較した.その結果,胞子形成能,形質転換能については大きな変化が見られたが,ゲノム構造と結びつく傾向は見られなかった.これらの制御遺伝子群が染色体中に散在しているためと考えられる.一方,増殖速度の変化には明らかな傾向が見られた.逆位はoriC(terC)を含む領域と含まない領域の逆位に大別でき,前者の逆位ではoriCterC180℃の関係が変化し,後者ではoriCに対する逆位領域の遺伝子が逆転する.前者の逆位株において,oriC/terC軸における染色体の左右の非対称性が強くなるほど増殖が阻害され,またこれらに直線的な関係が見られる事が明らかとなった.染色体の左右のバランスが増殖に影響する事は他のバクテリアにも共通していくつか報告があるが,直線的な関係は今回初めて示された.さらに逆位株のterC領域を削除しても増殖速度が回復しなかった事から,逆位株の複製はterCでは終結していないことが示唆された.枯草菌は75%の遺伝子がリーディング鎖にコードされている事を考慮すると,terCを超えて複製が逆向きに進行すると転写との衝突が頻繁なる事が複製を遅らせ,増殖を阻害しているのではないかと考えられる.今後,複製終結点を同定する事で,詳細な原因の解明につながるであろうと考えている.

    本研究で得られた結果は,バクテリアゲノムは可塑性が高く進化の過程で様々な再編成を繰り返してきたが,増殖に必要な染色体構造上の制約がいくつか存在することで,現在知られる染色体構造を保ってきた事を裏付けている.

 

学術論文

Kuroki, A, Ohtani, N, Tsuge, K, Tomita, M, Itaya, M (2007) Conjugational transfer system to shuttle giant DNA cloned by Bacillus subtilis genome (BGM) vector. Gene 399, 72-80.

 

学会発表

Azusa Kuroki, Masaru Tomita, and Mitsuhiro Itaya (2007) Maximum Growth Rate of Bacillus subtilis is Determined by the Degree of Asymmetry in the Genome Structure about the oriC-terC Axis. 4th conference on functional genomics of gram-positive microorganisms / 14th international conference on Bacilli