地域間連携による外国人誘客政策の分析

―東アジアからの訪日客を例として―

政策・メディア研究科後期博士課程2年

大島英幹

 

1.はじめに

 

観光交流は、地方自治体が重視している施策メニューのひとつである。国内人口が減少しているので、とりわけ、近隣の東アジア(韓国・台湾・中国・香港等)からの観光客の誘致が重要になる。そして、これら地域からの観光客の大半はツアー客なので、訪日ツアーの誘致が重要である。

これまで、東アジア発訪日ツアーの訪問地に関する研究1)では、訪問地の選択要因として観光資源の種類が注目されてきた。また、国内観光客の訪問地に関する研究2)3)4)でも、観光資源の種類や移動コストが注目されてきた。しかし、いずれも、旅行動機や観光客誘致事業、直行便が就航する空港と訪問地との距離、案内表記など観光施設・宿泊施設の外客受入れ体制等は重視されていなかった。

そこで本研究では、東アジアのうち訪日客数が第2位である台湾発の訪日ツアーの訪問地と、訪日旅行動機、観光資源、地方自治体の外客誘致事業の関係を把握することを目的とする。

 

2.研究の方法

 

 本研究では、訪日ツアーの訪問地が設定されるメカニズムを、次のように想定した。まず、単独の地方自治体、または連携した複数の地方自治体が、国外に向けた地域のPRや、国外の旅行代理店・旅行雑誌の関係者招致等の外客誘致事業を行う。これにより、国外の旅行代理店や観光客に当該地域が観光地として認知される。国外の観光客は、訪日旅行の動機を満たすような観光資源を持つ観光地を訪問することを望むので、当該地域がこの条件を満たしていれば、国外の旅行代理店は、当該地域を訪日ツアーの訪問地に組み込む。

 そこで本研究では、台湾からの訪日ツアーの訪問地と、台湾人観光客の訪日旅行動機、都道府県の観光資源・外客誘致事業費との関係について整理した。

 

(1)訪日ツアー訪問地の実態把握

 台湾の大手旅行会社がホームページで募集している訪日ツアーのうち、2007年6〜8月に出発日が5日以上あるもの31種類について、出発日の数、立寄り観光施設、出入国空港を抽出した。

 出発日の数をツアー本数と見なし、観光施設の所在地をもとに、都道府県への訪日ツアー立寄り本数を集計した。ツアー本数は合計573本である。

 また、訪日ツアー訪問地の組合せを整理した。

 

(2)訪日旅行動機充足項目数と訪日ツアー訪問地の関係分析

訪日ツアーが立寄る都道府県の観光資源は、日本観光協会の全国観光情報データベースを公開したホームページ「全国旅そうだん」を参照して整理した。

 都道府県の観光資源が、訪日旅行動機の各項目のうち充足できる項目の数を、訪日旅行動機充足項目数」とした。ここで、訪日旅行動機は、JNTO訪日外客訪問地調査5)で調査された台湾人観光客の訪日旅行動機のうち、回答率が5%以上の6項目(表−1)を用いた。たとえば、温泉と景勝地がある都道府県は、それぞれ「温泉/リラックス」と「自然・景勝地」を充足するので、訪日旅行動機充足項目数は2となる。

 また、訪日ツアー全行程での訪日旅行動機充足項目数も算出した。

 これらを用い、都道府県訪日旅行動機充足項目数と、訪日ツアー訪問地の相関関係、および訪日ツアー全行程での訪日旅行動機充足項目数と、訪日ツアー訪問都道府県数の相関関係を見た。

 

(3)外客誘致事業費と訪日ツアー訪問地の関係分析

 外客誘致事業は、地方自治体のうち都道府県が中心に行っている。そこで、各都道府県の2006年度予算資料より、外客誘致事業費のうち、「主要事業」「重要施策」として事業費が計上されているものを抽出した。なお、「国内外からの誘事業」などとして、他の観光振興事業と一括で計上されている都道府県は、外客誘致事業費を不明とした

 これを用い、都道府県外客誘致事業費と、訪日ツアー訪問地の相関関係を見た。

 

表−1 台湾人観光客の訪日旅行動機5)

訪日旅行動機

回答率

都市*の魅力・現代性

17.8

伝統文化/歴史的施設

14.2

温泉/リラックス

13.6

買い物**

9.2

自然・景勝地

6.1

テーマパーク***

6.1

日本訪問への憧れ****

10.4

他(5%未満)

13.0

無回答

9.6

100.0

*:100万都市に立寄る場合に充足するとした。

**:商業施設または特産品のテーマパークに立寄る場合、および自由行動が設定されている場合に充足するとした。

***:台湾の大手旅行会社ホームページでは、遊園地や植物園も「主題(テーマパーク)」とされているため、これらに準ずる施設もテーマパークに含めた。

****:どの訪日ツアーでも充足されるため、除外した。

 

3.訪日ツアー訪問地の実態把握

 

(1)訪日ツアー立寄り本数の分布

訪日ツアー立寄り都道府県は東北・四国地方以外の各地方に分布している。立寄り本数が200本を超えているのは、東京都である(図−2)。

図−2 都道府県別の訪日ツアー立寄り本数

 

(2)訪日ツアー訪問地の組合せ

訪日ツアー立寄り都道府県数を見ると、5都道府県に立寄る訪日ツアーが最も多く、209本である。5都道府県以下の訪日ツアーが全体の89%を占めている。6都道府県以上のツアーは少ないが、最大のものは7都道府県に立寄るツアーもある(図−3)。

 

 

 

 

 

 


図−3 訪日ツアー立寄り都道府県数

 

訪日ツアーの立寄り都道府県の組合せを見ると、関東・中部など同じ地方内の都道府県に立寄るものが大半を占めている。一方、関東地方と大阪府、北海道と千葉県などのように、飛び地状に立寄るものもある。また、地方空港から出入国する訪日ツアーの中には、広島空港から京都・大阪府、富山空港から愛知県など、大都市圏にも立寄るものがある。

 

4.訪日旅行動機充足項目数と訪日ツアー訪問地の関係分析

 

(1)観光資源の分布

 訪日ツアーが立寄る都道府県のうち、自然・景勝地(15都道府県)、伝統文化/歴史的施設(13都道府県)等を持つ都道府県は多いが、都市の魅力・現代性(7都道府県)を持つ都道府県は少ない(図−4)。

 

 

 

 

 

 

 


図−4 観光資源を持つ都道府県数

(2)都道府県の訪日旅行動機充足項目数

都道府県別の訪日旅行動機充足項目数は、北海道が6項目であり、単独で全ての訪日旅行動機の項目を充足できていることになる。しかしそれ以外では、たとえば立寄り本数が多い東京都・大阪府等であっても、「温泉/リラックス」がないため、5項目に留まっている(図−5)。このことが、複数都道府県に立寄る訪日ツアーが大半を占めている要因と考えられる。

 

図−5 都道府県別の訪日旅行動機充足項目数

 

訪日旅行動機充足項目数別の平均訪日ツアー立寄り本数との関係を見ると、相関係数は0.95であり、訪日旅行動機充足項目数が多い都道府県ほど、訪日ツアー立寄り本数が多い傾向がある(図−6)。

 

 

 

 

 

 

 

 

図−6 都道府県の訪日旅行動機充足項目数と訪日ツアー立寄り本数の関係

 

(3)訪日ツアー全行程での訪日旅行動機充足項目数

単独で全ての訪日旅行動機の項目を充足できる都道府県は少ないが、複数の都道府県に立寄ることで、観光資源が補完される。

このため、訪日ツアーの全行程通しての訪日旅行動機充足項目数を見ると、81%(465本)の訪日ツアーで6項目であった(図−7)。

 

 

 

 


図−7 訪日ツアー全行程での訪日旅行動機充足項目数

 

したがって、ほとんどの訪日ツアーは、訪日旅行動機を全て満たすように立寄り地を設定していると考えられる。

訪日旅行動機を全て満たすために複数の都道府県に立寄る例としては、地方空港出入国で大都市圏にも立寄る訪日ツアーがある。広島空港出入国の訪日ツアーは、大阪府にも立寄ることで「テーマパーク」を充足させている。同様に、富山空港出入国の訪日ツアーも、愛知県に立寄ることで、「都市の魅力・現代性」を充足させている。

全体の89%を占める、5都道府県以下の訪日ツアーについて、立寄り都道府県数と訪日旅行動機を全て充足する訪日ツアーの割合との関係を見ると、相関係数は0.91であり、立寄り都道府県数が多い訪日ツアーほど、訪日旅行動機を全て充足している訪日ツアーの割合が高い(図−8)。

 

 

 

 

 

 

 

 

図−8 立寄り都道府県数と訪日旅行動機を全て充足する訪日ツアーの割合との関係

 

5.外客誘致事業費の分析

 

外客誘致事業費が100万円を超えている都道府県は、東京都・大阪府である(図−9)。これらは大都市のシティセールスを大掛かりに行っている。このことが、大都市への訪日ツアー立寄り本数が多くなっている要因と考えられる。

 

図−9 都道府県別の外客誘致事業費

 

訪日ツアー立寄り本数との関係を見ると、相関係数は0.61であり、相関関係は認められないが、外客誘致事業費が多い東京都・大阪府では、訪日ツアー立寄り本数が多い(図−10)。

 

 

 

 

 

 

 

 


図−10 外客誘致事業費と訪日ツアー立寄り本数の関係

 

 外客誘致事業の内容を見ると、都道府県間で連携する例(国際観光テーマ地区推進事業、関西国際空港活用誘客事業、九州観光推進機構、国際観光圏関東推進協議会など)があった。これは、訪日旅行動機を全て充足するには、ほとんどの場合、複数都道府県に立寄る必要があるためと考えられる。

 

6.まとめ

 

 本研究では、台湾からの訪日ツアーの訪問地と、台湾人観光客の訪日旅行動機充足項目数、都道府県の外客誘致事業費との関係について整理した。

 この結果、大都市周辺では訪日旅行動機充足項目数が多く、外客誘致事業費が多いため、訪日ツアー立寄り本数が多いこと、訪日旅行動機充足項目数を増やせるため、複数都道府県に立寄る訪日ツアーが大半を占めており、このため複数都道府県が連携して外客誘致事業が行われていること、が明らかになった。

 今後の課題としては、実際に台湾の旅行代理店が、訪日旅行動機を充足するように、訪日ツアー訪問地を選んでいるのか、ヒアリングなどで裏付ける必要がある。また、訪問地間の距離や、台湾からの直行便が就航する空港と訪問地との距離、案内表記など観光施設・宿泊施設の台湾人観光客受入れ体制が、訪日ツアー訪問地の選定に及ぼす影響についても、明らかにする必要がある。

 

参考文献

1)田中賢二:訪日外国人観光客の観光行動の把握手法の試行及びその結果の分析について, 交通学研究, 2005年研究年報, pp11-20, 2005.

2)室谷正裕:新時代の国内観光〜魅力度評価の試み〜,運輸政策研究機構, 1998.

3)中村研二・奥直子:観光資源・交通アクセスと観光地入込客数・宿泊数等の関係−19892000年都道府県データによる分析−, PRレビュー, Volume 18 No.1, pp50-59, 2006.

4)本間裕大・栗田治:複数目的地の同時決定プロセスを考慮した周遊行動モデルの構築 -国内観光流動データに基づく分析例-,学術研究論文発表会論文, 41-3, pp187-192, 2006.

5)国際観光振興機構:JNTO訪日外客訪問地調査, 2006.