RFIDインベントリにおける推定タグ数を用いた動的フレームALOHA

川喜田佑介(政策・メディア研究科)


1. 序論

UHF 帯RFID (Radio Frequency IDentification) はSCM (Supply Chain Management) への応用が起点[1]となり技術革新や標準化 が進み、パレットやクレートの回収型梱包材管理[2]、消 費生活用製品のライフサイクル情報管理[3]、航空機業界 の保守整備情報管理[4] 等の分野へ適用が拡大している。 操作性の観点、複数読み取りによる読みもらし防止の観点からも、読み取り領域 にあるRF タグの目録の作成(インベントリ)を高速作成する多元接続制御技術(ア ンチコリジョン) が重要である。

フレームALOHA 方式の高速化には、RF タグ数に応じてフレーム長を変化させる 動的フレームALOHA 方式が有効である。この方式では、リーダでの観測量(フレ ーム内での読み取り成功スロット数Ls、空スロット数Le、衝突スロット数Lc、以 降、フレーム状況とする) を用いて解析的に次フレームの残RF タグ数を推定す ることが主要な技術課題である。フレーム状況に応じて次フレームの残タグ数を 推定する既存研究は、いくつか存在する。しかし残タグ数を衝突スロット数のみ から推定するか[5]、スロット数を拡大する方向に関して、 複数の分岐条件がある[6]などの 制約が存在している。 また標準的なプロトコル[7]では指定できるスロット数が 2のべき乗に制約されるなど、スロットの状態に応じて所要時間が異 なることを考慮した評価に必ずしもなっていない。そこで本稿では、これらを考 慮した動的フレームALOHA を行う手法を報告する。

2.提案

RFタグのスロット選択がフレーム内で一様分布であるとみなす。 あるスロットをk個のタグが 選択する確率は、式(1) で表現できる[8]。

... (1)

ただし、読み取り範囲に存在するタグ数をN(未知)、フレームサイズをL(既知)、 応答するタグ数の期待値をμ = N/L とする。フレーム内のスロットを、タグが スロットを占有できる場合、どのタグもスロットを選択しない場合、スロット内 で複数のタグが衝突する場合に分類すると、それぞれのスロットの期待値は式(2) で表現できる。

... (2)

タグ数推定問題は、既知である設定値L およびリーダ で観測可能なLs、Le、Lc からN およびNnext を推 定する問題といえる。ここでLs/Le= Lμe^(-μ)/Le^(-μ)=μより、 N = Lμ = LLs/Leよって残タグ数Nnextは、式(3) で与えられる。

... (3)

式(3) はLE = 0 の場合対応できないので、この場合に 限って文献[5]に従い残タグ数として2.39Lcを採用する。

3.評価

提案したタグ数推定手法の基本性能を評価するため、 フレーム長を最適化した固定長フレームALOHAと提案手法を プロトコルシミュレーションを行い比較した。 双方とも、フレーム長は C1G2エアプロトコル[7]のフレーム長制限に従い 2のべき乗に制限した。 提案手法では、 初期フレーム長を16とし、 それ以降のフレームでは、推定したタグ数より大きい2のべき乗のフレーム長を動的に選択した。 比較対象となる固定長フレームの場合も、 べき乗制限を考慮しタグ数より大きい2 のべき乗の固定長フレーム、 タグ数より小さい2 のべき乗の固定長フレーム、 さらに1/2 の固定長フレームの3種類を検討した。 また各スロットの所要時間は商用リーダの 実測データを用いている。シミュレーションでは、初期タグ数を1-100まで解像 度4で変化させ、200回の試行により読み取りに要する時間の期待値を求めた(図1)。


図1 フレーム長を最適化した固定長フレームALOHAと比較した提案手法のアンチコリジョン所要時間

タグ数が既知で固定長のフレームの場合は、 タグ数の1/2あるいは1/4のフレームを用いることによって高速な読取を行うことができる。 しかし選択できるスロット数に制限があるため、 タグ数の1/4のフレーム長の場合には、 境界値で特性が大きく劣化する。 したがって固定長フレームの場合はタグ数の推定精度が重要である。 一方、 提案手法ではタグ数によらず安定に最適なフレーム長と同等の読取速度を実現している。

次に、 解析的に残RFタグ数を推定する動的フレームALOHAの代表的既存手法と提案手法の性能の比較を行った。 それぞれ初期フレーム長を16とし、 それ以降のフレームでは、推定したタグ数より大きい2のべき乗のフレーム長を動的に選択した。 また各スロットの所要時間は商用リーダの実測データを用いている。 シミュレーションでは、 初期タグ数を1-291まで解像 度10で変化させ、1,000回の試行により読み取りに要する時間の期待値を求めた(図2)。


図2 代表的既存手法と比較した提案手法のアンチコリジョン所要スロット数時間

提案手法は、 動的フレームALOHA同士の比較では、Chenの手法などと比べて安定しているものの 代表的既存手法と比較して、ほぼ同等の性能であるが必ずしも高速であるとは言えず 改良の余地があることがわかった。

4.結論

産業界におけるRFID の運用の際に、 一括読み取り対象となるRF タグ数は、特別な場合を除いて事前に決定 しにくく、タグ数によらず安定して高速に読み取りの行える本提案手法は有効である。 しかしながら、 動的フレームALOHAの代表的既存手法と比較してほほ同等の性能を発揮するものの、 必ずしも高速であるとは言えず、改良の余地を認めた。

また、 本研究を基礎とし発展させた研究結果を文献[9]に報告している。 文献[9]では、 複数RFタグのアクセス要求が衝突しても電力差によりアクセスが成功するキャプチャ効果を 有効利用する動的フレームALOHA により、 UHF 帯RFID インベントリを高速化する手法を提案した。 改良したアルゴリズムは、 どの代表的既存手法と比較しても安定して高速にアンチコリジョンを処理できることが可能である。

参考文献

  1. E.W. Schuster, S.J. Allen, and D.L. Brock, "Part II: leveraging the supply chain: Case studies," in Global RFID, pp.49-174, Springer-Verlag, 2007.
  2. 流通システム開発センタ,“第5 回EPC RFID FORUM 資 料,” http://www.epc-rfid-forum.jp/info/forum060721.html,2006.
  3. 三次仁,羽田久一,金田浩司,“消費生活用製品のライフサ イクル情報記録装置としてのRFID,” 2007 信学ソ大(通信), no.BS-12-5,pp.S-158.S-159,September 2007.
  4. “Aerospace ID,” http://www.aero-id.org/, 2007.
  5. F.C. Schoute, “Dynamic frame length ALOHA,” IEEE Trans. Commun., vol.COM-31, no.4, pp.565-568, April 1983.
  6. W.T. Chen, and G.H. Lin, “An efficient anti-collision method for tag identification in a RFID system,” IEICE Trans. Commun., vol.E89-B, no.12, pp.3386-3392, December 2006.
  7. EPCglobal, “Class 1 generation 2 UHF air interface protocol standard version 1.1.0,” December 2005.
  8. Y. Kawakita, and J. Mitsugi, “Anti-collision performance of Gen2 air protocol in random error communication link,” Proc. SAINT 2006 Workshops, pp.68-71, January 2006.
  9. 川喜田佑介,三次仁,中村修,村井純,“キャプチャ効果を利用するUHF 帯RF イン ベントリの高速化,” 信学技報(SIS 研),vol.107,no.373,pp.53-56,December 2007.