森泰吉郎記念研究振興基金 −活動報告書−
研究題目 |
インドネシアの地震被災地における国際復興支援 |
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氏名 |
後 佑実 |
所属・学年 |
HC 政策・メディア研究科・修士課程 2 年 |
連絡先(Tel) |
090−6103−2349 |
e-mail |
yuumi@sfc.keio.ac.jp |
指導教員名 |
主査:ティースマイヤ,リン 副査:梶秀樹、バンバン・ルディアント |
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研究課題 |
これまで、我が国では災害からの「復興」という言葉は、ビルや道路、港湾等の都市開発の意味合いが強く、ハード開発をイメージするのが一般的であった。しかし、96年の阪神淡路大震災以降、この概念に加え、被災住民が日々の生活を再生することをもって開発とする「コミュニティ復興」が提唱されるようになった。 ところが、開発途上国に対する復興支援については、未だに政府主導のインフラを中心とした物的復興が中心であり、コミュニティ復興の概念的研究および実践的研究は十分になされていない。 そこで、本研究では、2006年5月末にインドネシア・ジョグジャカルタで発生した震災を事例に、現地におけるコミュニティ復興の実態を明確化すると共に、より効果的なコミュニティ復興を実現させるための実施手法を提案することを目的とする。 |
第一章 研究の概要
1.研究の背景
近年、途上国に対する開発援助の中で大規模な自然災害や紛争からの復興支援の割合が増加している。途上国の貧困撲滅のための開発援助は、コミュニティベースでの草の根支援が不可欠であることが共通の認識になりつつある。
しかし、復興支援を中心とした開発援助の場合、コミュニティ自体が崩壊する一方で、先進国からは大規模なインフラ支援が集中し、旧来型の‘滴り落ち理論’の欠陥が露呈することになる。
わが国の阪神淡路大震災の経験でも、インフラ復興とコミュニティ復興の統合が必要であることを示唆しており、途上国への復興支援にコミュニティの再生へつながる、新しい機能の導入が求められている。
2.研究の目的
本研究では、インドネシアのジョグジャカルタ市における地震復興事例を通じて、支援国の復興援助に関し、コミュニティ復興の実態を明確化すると共に、効果的な開発手法のあり方を探り、一般化への手がかりを得ることを目的とする。
3.研究の手法
本研究の手法および流れは、右図の通りである。以下にその具体的説明を記す。
@概念開発
まず、本研究では、「コミュニティ復興」という概念のより明確な定義づけのため、概念整理を行う。
具体的には、「コミュニティ」「復興」の定義、構成要素、プロヘクトの区分やフレームワークなどを明確に整理していくことで、本研究が指すコミュニティ復興の本質を明確化させる。
A現地の実態調査
概念の整理を踏まえた上で、現地へのフィールドワークを通じて、被災地の実態調査を実施する。ここでは、被災直後、プロジェクト開始時、プロジェクト終了時の3段階に分けて現地調査を実施する。
また、本報告書に当たるフィールドワークは、最終段階である「プロジェクト終了時」のものである。
B手法提案
最終的に、コミュニティ復興プロジェクトを効果的に運営していくための手法提案を行う。具体的には、実態調査より成功要因の抽出を行い、マネジメントに必要不可欠な事項や改善点などを考察する。
第二章 本フィールドワークの概要
1.フィールドワークの目的
本フィールドワークの目的は、上述した研究の手法のA実態調査に当たる、インドネシア・ジョグジャカルタ市の復興プロジェクトを通じて、コミュニティ復興の現状を把握し、効果的プロジェクト運営手法の手がかりを見つけていくことである。
具体的には、第3回目のフィールド調査として、プロジェクト終了後のコミュニティを視察し、被災者・プロジェクトスタッフ・政府職員の3者にアンケート調査を実施することで、コミュニティ復興の達成度や運営上の評価を行う。
2.調査の概要 ―期間、対象地、対象者、アンケート項目
●フィールドワーク期間
2007年8月15日〜9月29日(45日)
●対象地
インドネシア国ジョグジャカルタ市
3地区(District)-8村(Village) ※右図参照
●対象者
@被災住民―対象地区に住む被災者
Aプロジェクトスタッフ―NGO、国際機関スタッフ
B政府職員―地方政府職員、村長など
●アンケート項目
定量的調査:アンケート(被災者による5段階評価)
定性的調査:インタビュー調査で生活誌的に記述する
●必要サンプル数
各プロジェクトより、関係者の3割に調査を実施
第四章
フィールドワークの成果
1.調査結果
以下に、調査の回収済み結果を示す。
数値は各プロジェクトから収集したサンプル数であり、インタビュー調査およびアンケート調査の数を合計したものである。
本活動報告書では、具体的に上記のピンク色で示したプロジェクトに焦点を絞り、具体的に現地においてどのような調査を行い、評価を実施したのかを、次の項で説明していく。
2.スハルトジョ村の産業復興プロジェクト
◇スハルトジョ村について
スハルトジョ村はジョグジャカルタ市の最大地区、バントゥール市の市街地より車で40分ほど離れた場所に位置する。
また、2006年5月26日に発生した地震災害では、バントゥール市内で最も大きな影響を受けた地域でもある。2615世帯中、死者は55人、負傷者は603人にも及び、教育、保健、上下水、産業、住宅など、基本的な生活基盤が破壊された。
◇「スハルトジョ村コミュニティー再建プログラム」について
本プロジェクトは、国際協力機構(JICA)が現地の国立ガジャマダ大学(UGM)との提携プログラムによって実施された支援である。
主な目的は、住民のコミュニケーションの活性化に基づいたコミュニティのエンパワメントを促進させるセンターを設立することである。(CEC=Center for facilitating communication)ここでは、右図のように、現地NGO、地方政府の3者がパートナーシップ促進を図りながら、6つの分野―保健、教育、水・衛生、SME、耐震住宅―の住民参加型復興を実施した。
プロジェクトの予算規模は約200万円であり、対象者は2615世帯である。
◇「JICA-UGM PCFP」による産業復興プロジェクト
JICA−UGM PCFPとは、JICAとガジャマダ大学(UGM)の連携プロジェクトによって被災地Pundongに設立されたセンター、Pundong Center for Facilitating Partnershipのことである。
PCFPでは、被災地の産業復興を目的に、経済の活性化を促すために、小規模の資金で運営するコミュニティバンクを作成する。資金の管理については、活用されていない女性の労働力を利用し、大学の持つアカデミック知識と現地のローカル知識を兼ね合わせながら、共にコミュニティバンクのシステムやルールなどを規定するトレーニングおよびミーティングを3週間に及んで実施した。
具体的な制度としては、小規模産業に必要な道具の購入目的に対し、5人組でコミュニティバンクの資金を貸し出す。そして、購入した道具から得た商業上の利益は、低利子によってコミュニティバンクに返済されると同時に、借り手の貯金講座に利子の1割が貯蓄されていくシステムになっている。
このように、単に災害からの復興に「道具」という物的支援を行うだけでなく、社会的、人的といった広範囲に及ぶ支援を実施することによって、コミュニティが災害を契機に、貧困の克服及びエンパワメントされる可能性をはらむのである。
コミュニティバンクで働く女性
生産物/利益 生産物/利益
3.アンケート調査項目
ここでは、本プロジェクトに関わった被災者、プロジェクトスタッフ、地方政府職員の三者にとった調査結果を記す。
◇SL手法
コミュニティ復興がどの程度達成され、どのように評価できるかを把握するために、まずは、コミュニティがどのような要因で構成され、計測することが出来るかという指標を用いる必要がある。
そこで、1992年にロバートチェンバースとコンウェイによって最初に推進されたSL手法(Sustainable Livelihood)を用いる。SLは地域社会の脆弱性やニーズではなく、その地域社会の持つ潜在能力、適正、対応力、基礎基盤に目を向けるものである。また、この手法は、多国籍組織、資金提供者、NGO、政府機関などの多方面で重要な組織作りやプロジェクト作りの枠組みとなっている。
SL手法は、コミュニテシの基礎力や資産の及ぶ範囲を認識し、これを「資本」と呼ぶ。「資本」は生活を持続可能なものにするために基本的なものであり、以下の5つの資本から構成される。
しかし、自然資本については、災害からの復興の場合、土地や森の復興といった項目に当たるプロジェクトは存在しないため、本研究では5つの資本から外すことにする。
◇アンケート調査による5段階評価
以上のSL手法に基づき、対象者に対し5段階のアンケート項目を設定し、自然資本を抜く4つの資本を、コミュニティを計測する項目ごとに、その達成度を調査した。
以下はアンケートの集計結果をチャートに表したものである。
図表の内側の線は、復興直後のコミュニティの状態を被災者が評価したものである。それに対し、外側のピンクの線は、復興終了後の被災者の評価である。
@ 財務資本
JICA-UGM PCFPの導入により、収入や貯蓄が著しく成長しているのが分かる。また、借用借りの割合も増え、経済活動が活発化しているのがわかる。
A 社会的資本
社会ネットワークは、復興直後から復興終了後にかけて、全体的に各項目において成長が見られる。これは、コミュニケーションの活性化を通じてコミュニティのエンパワメントを目的としたプロジェクトの達成度が高かったことが言える。
B 物理的資本
本プロジェクトは、コミュニティバンクシステムを通じて、被災によって破損した産業活動を行う際に必要な器具および道具の復興を行うものであった。以下の結果より、住宅や道具、エネルギーなど、被災者が産業に従事する上で必要不可欠な物的資源が十分に復興されたことが分かる。
C 人的資本 本プロジェクトでは、女性の労働力を活用し、大学のアカデミック知識と現地のローカル知識を融合させることによって、効果的な新たなシステムをコミュニティに構築した。よって、知識や経験を図る人的資本もまた、復興後からの成長を見せていることが分かる。
4.プロジェクト評価
妥当性
一面的な支援手法をとらず、一村全体の再建を直接的・間接に支援するプログラムであり、住宅復興をはじめとした直接支援と同時に産業復興など間接支援によりコミュニティ内に必要とされる各種復興アイテムの全てをコミュニティ自体から引き出して行った本プロジェクトは、一村の全体復興を協力にしかも迅速に達成するもので、高いニーズからも明白な如く妥当性は高いといえる。
有効性
一村全体の復興を目途として行った当プログラムは、地元コミュニティとのより密接なつながりと高密度な支援とが合致して非常に有効な支援プロジェクトとなった。
上述してきた産業復興のみならず、住宅、保健、衛生など、住民に直接関係する問題、被災後児童達の教育再開の精神的なトラウマケアの問題など、多岐にわたる復興テーマに支援活動を展開した。一村全体の復興をコミュニティと共に多面的に支援したことで、地域のエンパワメントを促進し、より迅速にしかも確実に復興できたことは非常に有効性のあるプロジェクトであったといえる。
効率性
本プロジェクトでは、コミュニティからの再建要請項目が多岐に及び、住民個々に希望するアイテムが多種に及んでいたため、優先度を決定するプロセスに成熟度が不足し、支援内容が拡散して十分な効率性が得られなかった部分もあるように考える。
コミュニティからの意見聴取を十分に行い、支援する立場からも必要な内容・優先項目を検討および提示して両者間での合意を得た上で実践すべきである。
しかし、一村全体のコミュニティ意識向上、全体の底上げ復興に関しては、総合的な復興を図ることが出来て効率的だったといえる。
第5章 今後の展望
1.今後の課題
本活動報告書では、3地区8村におけるプロジェクトのうち、1村だけを取り上げ、その集計結果と分析をまとめ、説明を行った。
今後の課題としては、まず残りの7村の集計および分析を行うことである。そして、その結果を受けて、本研究の最終的目標である効果的なコミュニティ復興の運営の手法提案の手がかりをつかんでいく予定である。
2.効果的な手法提案
現段階の調査から、具体的な運営上の手法提案として、以下の5点をあげている。
@
効果の波及
これまでの復興では、住宅復興プロジェクトというと、資源提供や技術提供など、損失したものを元に戻すという「復旧」といった要素が強かった。
しかし、開発途上国において大規模な被災が発生した場合は、単にあるものを元に戻すだけでなく、被災前のコミュニティの状態をきちんと把握し、貧困ないしは脆弱な生活要因を克服する新たな「復興」が必要不可欠となる。
そのために、住宅復興プロジェクトにおいても、単にその効果を物的資本の領域に収めるのではく、知識が経験を含む人的資本、コミュニティ間の互酬性やネットワークを高める社会的資本など、効果が他ディメンジョンに波及するプロジェクトのあり方が必要不可欠になると考える。
A
仲介者(Intermediate-Organ)の重要性
現地におけるプロジェクト視察を通じて、被災コミュニティと援助実施国の間にはGAPが必ず存在していることが分かる。
例えば医療プロジェクトの場合、地方まで医療支援を行き届けたい場合、支援国は派遣する医師の数や医療道具を増やすことによって問題が解消されると考える。
しかし、実際の現地における問題は、医療機関までのアクセス手段が災害によって遮断されてしまったり、または潜在的にその能力や機能を欠くコミュニティまたは個人が存在する場合もある。この様なGAPを埋めることなくして、プロジェクトの成功は考えられない。そこで、ここでは「仲介者」の重要性とその情報を共有するネットワークの構築が重要であることを提案する。
具体的には、仲介者とは被災者と支援国以外の人物―NGOや大学関係者など―を抽出し、アカデミックとローカルな知識と経験を上手く融合させ、正しい方向へ支援プロジェクトを導く必要がある。そして、一回一回の仲介行為の失敗および成功事例や対象地域社会の特徴などを共有できる情報ネットワークを構築することによって、次に同地域もしくは同種類のプロジェクトを行う場合、それまでの知識を効果的に利用することが出来る。
B
計画相互の調整
これまでのプロジェクトを見て、ある一定の地位に支援の偏りが生じるケースがある。つまり、支援の平等性を維持するために、計画相互の調整を行うことが重要となってくる。
C
3助の連携/関係性(公助・共助・自助)
「復興」というのは、3つの「助」から構成
されている。それは、行政や自治体など公的な援助
を表す「公助」、そしてコミュニティなど地域間の
協力などを表す「共助」、最後に自主防災など、
個人レベルで自身の生活を立て直していく「自助」の3者である。効果的な復興を達成するためには、3助の関係性が重要であり、この点についても詳しく考察していく。
D行政プログラムとプロジェクトへの意思決定
Aでコミュニティと支援国の間にGAPがあると指摘したように、行政プログラムがプロジェクトレベルへと実施するその意思決定の課程にも、GAPや問題が生じる場合がある。
この関係性や問題点を明確に把握することで、トップからボトムまでの支援の流れをよりスムーズに達成出来るあり方を模索したい。