2007年度森泰吉郎記念研究振興基金研究成果報告書

データマイニング技術を用いた格闘技における駆け引き技術の評価手法の確立

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

修士課程1

西山 武繁

【本研究の主題】

 本研究の主題は、データマイニング技術を用いて格闘技における競技者固有の行動特性を抽出する方法を提案することにある。

 格闘技に代表されるような対人競技において、対戦相手との駆け引きに関する技術は勝敗を左右する重要な要素の1つである。競技の現場では駆け引きに関する技術は各競技者による暗黙的な理解に依存しており、明示的な指導方法や評価方法は存在しない。競技者たちは自らの経験に基づいて独自の方略を構築するため、パフォーマンスに固有の行動特性が現れる。

 本研究では、運動計測によって獲得したデータから行動特性を抽出し、駆け引きに関する技術を明示的に評価することを目標としている。駆け引きに関する技術を明示的に評価することによって、新たな指導方法を構築するための一助となることが期待される。

 

 

【本研究の背景】

 本研究には従来のスポーツを対象とした研究や近年の人工知能分野の技術を用いた研究のアプローチなどが関連している。

 従来のスポーツを対象とした研究分野としてスポーツバイオメカニクスを挙げることができる。スポーツバイオメカニクスとは、スポーツにおける運動やその環境を力学的な観点に基づいて研究するスポーツ科学の1分野である。

 この分野には、スポーツに取り組む際、人はどのように動くのか、なぜそのように動けるのか、どのようにしたら上手く動けるのかといった研究課題が存在する(阿江ら, 2002)。動作改善は客観的な手段を用いた運動の観察から始まる。次に、観察した運動を競技者間で比較し、モデルに当てはめることによって評価を行う。そして、評価に関する要因を明らかにした後、その改善法や技術の習得法を検討し、トレーニングに反映させる。さらに、客観的観察を再度行うことによって一連のアプローチはループ状になる。このループは動作最適化ループと呼ばれており、スポーツバイオメカニクスが動作改善に貢献することを示すとされている。

 人工知能分野の技術を用いた研究のアプローチとしてはスキルサイエンスを挙げることが出来る。スキルサイエンスとは、楽器演奏やスポーツなどの巧みな技の仕組みの解明し、身体知を言語によって表現することを目標とする古川らが提唱する新たな研究領域である(古川, 2005)。その最大の特徴は、計測した生体データから巧みな技の制御に関する知識を抽出するためにデータマイニングと呼ばれる技術を用いることにある。

 データマイニングは、統計解析及び人工知能の技法を用いて、大規模なデータから有意義な知識を獲得するための技術である。植野らは、このデータマイニングの技術を用いて、複数の筋群の協調関係に基づく身体動作のモデリングを行っている(植野ら,  2005)。さらに、諏訪はデータマイニングの技術以外にメタ認知と呼ばれる手法を用いることによって、内部観測に基づく身体知へのアプローチを試みている。

 

【2007年度の研究活動】

 今年度は、格闘技の中でも伝統派空手の組手競技における間合いに注目し研究活動をすすめた。武道の重要な概念として間合いが知られている。間合いは、物と物との隔たりと、物事を開始するのに適した時節という2つの意味を有する。本研究は、この概念に基づき伝統派空手の組手競技における競技者のスキルを記述することを目指した。

 まず、研究の第一段階として光学式モーションキャプチャシステムを用いた組手の計測に取り組んだ。空手のようなコンタクトスポーツの計測を行う場合、競技者同士の接触時にマーカーの遮蔽や脱落が起こりやすいため、カメラ配置やマーカー位置の調整を行い、最適な計測環境を検討した。その結果、現在計測に使用可能な12台のカメラ全てを用いることで4メートル四方の空間で実施する自由組手を計測可能であるということが明らかになった。

 次に、運動計測によって獲得したデータのなかから競技者が攻撃動作を実行した箇所を抽出するための手法を検討した。これまでの研究から、組手競技中の競技者の頭部のマーカーの鉛直方向の変位には一定のパターンが現れ、攻撃動作の実行時にこのパターンが失われることが明らかになっている。そこで、ピーク抽出及びクラスタリングを用いることで、頭部の鉛直方向の変位のパターンが失われる箇所を抽出しデータの分節化を行った。

 また、この分節化に基づいて競技者が攻撃動作に要した時間や、攻撃に対する反応時間を求め、それらを属性として決定木学習を実行し、競技者の間合いを記述することを試みた。

 これらの研究活動の詳細については、下記の学会発表資料に示す。

l         国際スキルサイエンスシンポジウム

Ø        Takeshige Nishiyama, Takaaki Kato, Koichi Furukawa: Study on Relationship Between the Rhythmical Displacement of Head Position and Maai in Karate. International Symposium on Skill Science 2007 (ISSS07)

l         日本スポーツ心理学会全国大会

Ø        西山武繁, 加藤貴昭, 永野智久: 頭部変位を用いた空手における動作分節化手法の提案. 日本スポーツ心理学会第34回大会

【対外発表】

l         北米スポーツ心理学会

Ø        Takeshige Nishiyama, Koichi Furukawa, Takaaki Kato, Tomohisa Nagano: Extracting of boxing-offensive pattern by association rules. 2007 North American Society for the Psychology of Sport and Physical Activity (NASPSPA)

l         日本人工知能学会

Ø        西山武繁, 加藤貴昭, 古川康一: アソシエーションルールを用いた行動特性抽出-ボクシングにおける攻撃時の間合いに関する考察-. 第21回人工知能学会全国大会

l         国際スキルサイエンスシンポジウム

Ø        Takeshige Nishiyama, Takaaki Kato, Koichi Furukawa: Study on Relationship Between the Rhythmical Displacement of Head Position and Maai in Karate. International Symposium on Skill Science 2007 (ISSS07)

l         日本スポーツ心理学会全国大会

Ø        西山武繁, 加藤貴昭, 永野智久: 頭部変位を用いた空手における動作分節化手法の提案. 日本スポーツ心理学会第34回大会