2007年度森基金  研究成果報告書

マイクロRNAによる遺伝子発現調節機構の解析

政策・メディア研究科 修士課程2年
渡邊由香


研究内容

    miRNAが標的遺伝子の制御にいたるまでに受けるプロセッシングに関する知見が深まるとともに,様々なタンパク質がmiRNAの翻訳制御に関与していることが明らかになった.しかしながら,こういった系がどのようにしてその制御メカニズムを安定に維持しているかに関しては,未だ不明な部分が多い.本研究は,情報学的および実験生物学的手法を用い,miRNAが自身のプロセッシングに関わる遺伝子の制御因子として機能することにより,フィードバック制御を行い系の安定性を保持しているという例を体系的に解析した.
   まず,情報学的にmiRNAおよび標的mRNAの結合の特異性を評価する値(Z^2 Score)を定義し,miRNA標的遺伝子を既存の方法よりも効果的に予測する手法を開発した.この手法の妥当性を評価するため,既知のmiRNAとmRNAのペアを評価し,情報学的に予測された全てのペアの評価結果と比較したところ,既知のmiRNAおよびmRNAのペアに関して,比較的高い評価結果が得られた.これを用いて,ショウジョウバエmiRNAがその標的遺伝子を制御するまでに受けるプロセッシングに関与する10種のタンパク質をコードするmRNAに対して,miRNAの標的部位を予測した.結果,mRNA 8種が,特定のmiRNAの標的となりうることが明らかとなった.次に,情報学的解析の実験生物学的な検証を行うため,miRNA標的候補の一部に関して,ショウジョウバエS2細胞をもちいたレポータージーンアッセイを行った.これは,クローニングしたmiRNA標的候補遺伝子の3´ UTRをルシフェラーゼ遺伝子の3´ UTRに置換し, miRNAとともにショウジョウバエの培養細胞内で転写・翻訳させる.この際,miRNAが3´ UTR領域に存在する標的配列を認識すれば,レポーター遺伝子の翻訳が制御され,ルシフェラーゼの発光量を測定することにより制御関係を観察することが出来るという実験系である.その結果,予測されたmRNAとmiRNAのペアのうち9割以上 (16種中15種) に対して,miRNA依存的なレポーター遺伝子発現量の低下が観測された.これにより,情報学的に予測された,miRNAによる自身のプロセッシングに関与するタンパク質の制御を行っている可能性が示唆された. さらに,miRNA標的タンパク質の転写因子がmiRNAにより制御され,より強くmiRNAプロセッシングタンパク質の抑制を行っている可能性を探索するため,miRNAによる制御を受けると予測されたタンパク質が転写される際に用いられる転写因子を情報学的に予測し,これに対しても上記の方法でmiRNAのターゲット予測を行った.その結果,特定のmiRNAは,miRNAのプロセッシングに関与する遺伝子を転写後抑制すると同時に,転写の段階でも,転写因子の抑制を介してより強くこれらの遺伝子発現を制御している可能性が示された.これらの候補の一部に関してもレポータージーンアッセイを行い, 制御関係を実験的に検証した.以上の結果より,miRNAが段階的な制御を介して,自身のプロセッシング経路を制御しているというモデルを提唱した.また,興味深い具体例として一種のmiRNAによるmiRNAプロセッシングタンパク質の制御の例をとりあげる.このmiRNAは,ヘアピン状の前駆体から2種類のmiRNA がプロセッシングされることが知られている.miRNAがmiRNAプロセッシングタンパク質を制御すると同時に,miRNAプロセッシングタンパク質の転写因子をmiRNAが制御している可能性が示唆された.これにより,一種類の前駆体からプロセッシングされた2種類のmiRNAがそれぞれ違う段階での制御を担い,より強くフィードバック制御を行っている可能性が示された.
   本研究より得られる結果は,現在最も注目を集めている機能性RNAのひとつであるmiRNAが生体内でどのようにその機能を安定的に維持するかに関する新たな知見を提案するものである.

Keywords: MicroRNA (miRNA), miRNA target site, gene regulation, Negative Feedback Control, D. melanogaster


※本報告書はweb公開であるため,論文発表前の具体的な解析データを除いて作成した



2007年度 研究業績

国際論文発表
1. Watanabe Y, Tomita M and Kanai A, 2008, Perspective in the evolution of human microRNAs: copy number expansion and acquisition of target gene specialization, submitted
2. Watanabe Y, Kishi A, Yachie N, Kanai A and Tomita M, 2007, Computational analysis of microRNA-mediated antiviral defense in humans. FEBS Letters, 581(24):4603-4610.
3. Watanabe Y, Tomita M and Kanai A, 2007, Computational Methods for microRNA Target Prediction. Methods in Enzymology, 427: 65-86.

国際学会発表(ポスター発表)
1. Watanabe Y, Yachie N, Kishi A, Tomita M and Kanai A, Insights into microRNA guided endogenous and exogenous gene regulations. Nishinomiya-Yukawa Memorial International Syposium: What is Life? The Next 100 Years of Yukawa's Dream, Kyoto, Japan, October 2007
2. Watanabe Y, Yachie N, Tomita M and Kanai A, microRNA Guided Negative Regulations of Argonaute1, Argonaute2 and Pasha, RNA 2007 (Twelfth Annual Meeting of the RNA Society), Madison,USA, May 2007

国内学会発表(口頭発表)
1. 渡邊由香, 谷内江望,冨田勝,金井昭夫,MicroRNAプロセッシング経路におけるフィードバック制御の解析,第30 回日本分子生物学会年会 第80回日本生化学会大会 合同大会, 2007
2. 渡邊由香, MicroRNAによるフィードバック制御を介した遺伝子発現制御機構の解析,第6 回あたらしいRNA/RNP をみつける会, 2007


Yuka Watanabe (Feb. 5th, 2008)