2007年度森基金報告書】

政策・メディア研究科

修士1年  羅 陽 80725781) 

EMAILluoyang@sfc.keio.ac.jp

 

中国の石油産業管理体制に関する研究

~「油荒」問題を事例として~

 

【研究概要】

本研究は中国石油産業の管理体制に焦点を当て、石油産業における政府規制と規制緩和の問題を分析することを目的とする。具体的に言えば、この研究は2005年中国の珠江デルタを中心に起きた「油荒」というミニ・石油ショックを事例として分析し、移行期にある中国石油産業に存在する政府規制の諸問題を考察し、中国の石油価格形成メカニズムのあり方について議論を展開する。この研究を通じて、高度経済成長期にある中国はどのように国内石油市場の安定をはかるのかということを明らかにしたい

 

【語彙解説】

      「油荒」とは

中国語には「電荒、水荒、油荒、煤荒」などの表現がある。「荒」という漢字は「不足」という意味で、この「油荒」とは「石油不足」という意味である。

近年、中国は著しい経済発展を遂げるとともに、石油の消費量が急増し、世界第二の石油消費国となっている。このような背景の下、中国国内市場における石油製品の供給が急増する石油需要に追いつかないため、石油不足という状態がしばしば起きている。

特に、2005年夏中国の石油の主要消費地および自動車生産拠点である珠江デルタ[1]を中心に大規模な「油荒」が起こり、大きな注目を集めることとなった。この時の「油荒」はかつてないほどの状況となり、その持続時間の長さ、影響の広さ、不足品種の多さなどがどれも過去最高となった。油荒の影響は自動車生産・販売など石油とつながりが強い分野にとどまらず、農業、工業、運輸業など国民経済のあらゆる領域に及んでいる。また、華南地域を初めとして、ガソリンなどの石油製品供給の逼迫とパニック心理は広西チワン族自治区、上海、華北の一部地域にも波及している。[2]

椭圆: 珠江デルタ

△油荒の原因について

当時のメディア報道によると、その原因が台風による北からの石油供給が麻痺されることにあるとされている。珠江デルタを中心に華南地域は全国石油製品需要の26%を占めている。その一方、供給を担う同地域製油所の精製能力は18%を占めるに過ぎない[3]。このギャップの石油製品の多くは北からの供給に頼ることになっている。2005年初旬に福建省や上海を襲った大型台風は大連など北の港から南下する海上石油輸送を麻痺させ、広東などでは石油不足が表面化した。

しかし、単なる自然災害だけで「油荒」がもたらされたとはなかなか言いがたい。石油の輸送方式は海運だけではなく、パイプや鉄道なども幅広く使われている。また世界範囲で台風による石油輸送が中断されるケースが多いが、それによって地域全体は石油不足に陥ることがほとんどない。今回の「油荒」の根本的な原因はやはり中国の石油価格の形成メカニズムにあると思われる。

 

【研究の目的】

本研究では典型的な「市場の失敗」の分野とされる石油産業の中の「政府の失敗」の問題を考察する。具体的に言えば、この研究は2005年中国の珠江デルタを中心に起きた「油荒」というミニ・石油ショックを事例として分析し、その発生の原因を中国の石油価格体制において、検証することを目的とする。

 

【問題の所在】

経済学の理論では市場機構を通じた資源配分が効率的であるとされているにも関わらず、市場を通じた効率的資源配分が有効に機能しない場合(市場の失敗)、参入規制や価格規制などを行って資源配分の効率化を図るべきであるとしている。市場の失敗の例として、自然独占、公共財、情報非対称、外部性などがあげられる[4]

 この中、特に「自然独占」の場合、資源の希少性や規模の経済性が存在することによって、単一の財・サービス、ないし複数のそれらを結合して供給する企業が一社(独占)、ないしごく少数の企業が寡占を形成する可能性が高いと言われている。そのため、この分野において、資源配分非効率性の発生の防止と利用者の公平利用の確保を主な目的として、企業の参入・退出、価格、サービスの量と質などの行動を行政手段によって規制することが一般的である。

 石油産業は「自然独占」に属し、政府の参入規制によって、寡占状態を保つことが望ましいとされる。また、参入規制とともに、価格規制などにより、寡占企業が市場支配力を乱用することを防止し、資源配分効率の実現、企業の内部効率の向上、消費者の保護を実現させる必要がある。

 しかし、政府が規制政策を実行する際に、当初想定されなかった効果を誘導することにより、所期の目的を十分達成することが出来なく、かえって経済活動を非効率化することがある。また、政府は政策のもたらす結果について限られた影響力しか持っていなかったり、さらには、各種の利益団体がコストをかけて政府に動きかけを行ったりすることにより、望ましい政策が歪められる可能性もある。このようなことが経済学で「政府の失敗」と呼ばれている。

 

△中国石油産業の民営化改革

改革・開放」時代に入ってから、社会主義市場経済の確立を目指す中国は石油産業に関して、石油産業の市場経済化こそ、中国の石油産業の発展方向であると認識してきた。つまり、強大な中国版石油メジャーを育成し、民営化された石油メジャーに頼って安定な石油供給を図っていくという点に中国の狙いがある。だが、80年代の市場経済化改革を通して、新興の中国石油メジャーには、企業効率の低下や自主権の欠如、膨大な赤字など国有企業改革に伴う諸問題が集中的に顕在化し、石油産業の発展にとって大きな障害となった。これらの問題を克服し、石油企業の競争力を向上させるべく、1998年に当時の首相朱鎔基主導による「三大改革」[5]の一環として、中国の石油産業において、2大国有企業「中国石油天然気集団公司(CNPC)、中国石油化工集団公司(SINOPEC)」を中心に大規模な再編・改革が始まった。こうした再編・改革の結果として、中国石油産業において、2大石油メジャーを中心に大規模な企業再編が行われ、海外株式上場、民営化へと動き出した。

 しかし、この改革は十分とは言えず、改革の後、政府は指令・行政命令などにより石油メジャーの経営活動に直接関与することができなくなったが、石油産業に関連する価格政策、法律の制定、企業行動の規範、技術基準の調整、税制など政策・法律の措置によって、依然として石油産業をしっかりコントロールしている。特に石油製品の価格政策は安定した経済成長に深く関わるため、その決定権がとうてい企業に渡されなかった。これは、後に「油荒」の主な原因となる。

 

     中国の石油価格形成メカニズムについて

1998年、中国石油産業の大規模な市場経済化改革に伴い、政府は石油価格の形成

メカニズムに関しても、国際市場へのリンクを目的として改革を断行した。

 中国の石油価格形成メカニズムは四つの段階を経て発展してきた。

第一段階:計画経済体制の下の単一価格段階(19601981

     特徴:石油価格の設定が完全な政府統制下に置かれる

第二段階:多様な価格システムの共存段階(19811994

     特徴:「双軌制」の導入、地域と石油質によって、石油価格を「計画内価格」と「計画外価格」に分ける。

第三段階:政府による価格の統一設定段階(19941998

     特徴:「双軌制」を打破し、大幅に原油価格を上げると同時に、全国各地の卸売り・小売価格を統一する。

第四段階:国際市場へのリンク段階(1998~現在)

 

19986月に国家計画委員会が公表した「価格改革案」によると、石油価格設定の原則は次の通りとなる。

1、原油基準価格は国家発展計画委員会が、各月の国際市場の近似した品質の原油のFOB価格に関税やマージン、流通コストなどを加えた価格に基づいて決定する。原油基準価格の改正は一ヶ月毎に世界の三大石油市場(シンガポール、ロッテルダム、ニューヨーク)の加重平均値(6:3:1)を基準として行われる。(一般的は毎月の1日に行われる)。

2、成品油(ガソリンなどを含む石油製品の価格)価格は政府の直接設定から、政府主導の下で、石油企業が政府の公布した基準価格に基づく決定するようになる。その店頭販売の価格は、政府の基準価格より8%を上下変動することが出来る[6]

3、二大石油メジャーCNPC SINOPECの間の取引価格は、両集団の間で協議して決める。協議に困難が生じた場合は、国家発展計画委員会と協議し、同委員会が裁定をする。両社の内部油田・精製工場の内部価格は集団内部で決める。

こうして、中国の石油価格形成メカニズムが国際市場価格にリンクするようになり、国際石油市場の動向が中国国内の原油と石油製品の価格に反映するようにになった。

しかし、このような政府の価格規制の下で成立した価格形成メカニズムは「政府の失敗」のリスクを潜んでおり、「油荒」問題の発生はまさにその一つの現れであると思われる。

 

△政府の失敗

(1)政府規制と寡占体制による問題

①政府と企業の情報の非対称

 理想的な価格規制の場合は、規制する政府は規制される企業のコスト構成と費用状態をくまなく把握し、それに基づいて価格を許認可する。企業の経営上に生じるコストや合理的な利潤が認められる。

ところが、政府は実際に生産活動を行っている当事者ではないので、企業の内部情報に精通しているわけではない。そこで、価格の許認可では、企業から出された報告に頼らざるを得ない。ここには費用に関する政府と企業の間に情報の非対称性が存在する。したがって、その理想的な価格規制が成立するには、企業サイトの正直かつ正確的な情報提供が必要である。しかし、現実的には場合によって、企業は自分の望む許認可を得ようとして、故意に政府に自分に有利な情報しか提供しない。この時政府の規制は失敗するものとなる。

 中国「新京報」の報道によると、今回の油荒が発生した後、中国の二大石油メジャーの一つであるSINOPECの関係者は政府に対して公開的に石油製品の値上がりを呼びかけた。その理由は原油高騰の影響で上流コストが上昇し、SINOPEC傘下の製油所が赤字営業を続けるためといわれている[7]。ここで、SINOPECの言ったことは正直であるかどうかを判断しようとしないが、このことから、政府と企業の情報の非対称は政府の価格規制を大きくけん制していることが窺える。

 

②寡占企業のコスト削減に対するインセンティブの欠如

 規制市場においては、参入が制限され、価格も規制によって設定されるので、自由な競争が行われず、企業の革新行動が停滞する。つまり、規制が規制される企業の保護となり、その結果、その企業の生産・技術効率の向上および新技術の開発に対するインセンティブを弱める。一旦、企業経営上で収益低減などの問題が起こった時、寡占地位にある企業

は積極的に企業の経営を改善するのではなく、その代わりに自身の寡占地位を利用して価格を上げたり、政府の規制緩和を呼びかけたりする傾向が強い。

SINOPECが株式上場を果たした後、既に中国の一番「儲かる企業」となっており、仮に原油高騰により会社経営の一部で損を起こしたとしても、その部分を他の部門に転化・分散することや経営効率を改善することによって、損を内部で消化することが想定しうる。しかし、上述した「新京報」の報道を見ると、実際にはSINOPECをはじめとする中国石油メジャーは原油コストの上昇に対して、自身の経営状況の改善を図らなく、かえって石油製品の値上がりを呼びかけ、コストの上昇した分を消費者に転嫁しようとした。 

 

(2)透明的な時間的な遅れによる問題

上述した中国の石油価格設定原則によると、中国国内の石油製品の価格が一ヶ月ごとに国際市場価格に基づいて設定される。そのため、中国の石油価格形成メカニズムが国際市場にリンクしたとしても、国内の石油価格が実際に国際市場の原油価格の変動に1ヶ月ほど遅れることとなっている。また、価格改正の申請から許可までそして許可から実施までには相当な時間が必要であるため、中国の石油価格と国際価格の間に実際に大きな時間的な遅れが存在している。これにより、主として次の三つの問題が起こると思われる。

 

①投機的な心理の発生

 中国の石油製品価格が国際石油価格の変動に追いつく形で、1ヶ月ごとに改正されている。つまり、国際石油価格の変動を観察することによって、国内の石油価格をほぼ確実に予測することが出来る。そのため、国際原油価格の持続的な上昇という背景の下、二大石油メジャー傘下の給油所や私営企業のガソリンスタントの経営者は更なる利益を追求するために、投機的に市場への石油投入を減少させ、石油の在庫を保持する可能性が十分あると思われる。

 

②石油流出の加速

2005年に入って、国際価格の更なる高騰に伴い、政府により数回ガソリン、軽油価格を調整・アップしたとはいえ、国際市場の価格アップほどには調整していない。20058月末、国際石油3市場(シンガポール、ロッテルダム、ニューヨーク)のガソリンの平均価格はトン当たり5505元で、中国ガソリン価格はトン当たり3945元で、その差は1560元で、国際市場よりはるかに低い[8]

石油メジャーは最大利益を追求するために、国内市場への石油製品投入を相対的に減少させ、輸出を拡大する。中国のマスコミの報道により、2005年前半期、広州税関を経由する石油製品の輸出は去年同期に比べ39.2%増で、117.3万トンに達する。それに対して、輸入は去年同期に比べ19.1減で、974.3万トンとなる。[9]

 

③密輸問題の深刻化

国内石油価格と国際石油価格の差が石油密輸問題をさらに深刻化させた。中国南部の玄関口といわゆる珠江デルタはもともと石油製品の密輸が深刻だった。2005年に入ってから、原油高騰の影響で、珠江デルタに接する香港の石油価格が急増し、広州市場の3倍にも達していた。この価格の差はさらに石油密輸に拍車をかけ、この地域の石油流出をより一層深刻化させた。[10]

 

上述した三点の問題は国内の石油不足問題をさらに深刻化させた。

 

 

【まとめ】

 「油荒」問題は中国石油産業における「政府の失敗」の一つの現れであると思う。この問題の打開には石油産業に対する規制緩和を進めることが必要である。しかし、中国は完全な市場経済国ではなく、市場化の基盤がまだ整っていないため、規制緩和を進めるにあたってきわめて大きな困難が予想できる。そして、石油産業は「自然独占」産業の一つであり、そもそも完全な市場競争の導入が難しい。

 そのため、経済発展に絶対必要な安定した国内石油市場を実現するために、石油価格政策をはじめとする政府規制の徹底的な見直しが不可欠であり、中国の実情に適する政府規制体制の再構築が欠かせないものである。

 

【参考資料】

日本語〉

(1)水戸孝道『石油市場の政治経済学』(九州大学出版会 2006年)

(2)芥田知至『知られていない原油価格高騰の謎』(技術評論社 2006年)

(3)郭四志 『中国石油メジャー』(文眞堂 2006年)

(4)横井陽一『中国の石油戦略』(化学工業日報社 2005年)

(5)丸川知雄『移行期中国の産業政策』(アジア経済研究所 2000年)

(6)張宏武 『中国の経済発展に伴うエネルギーと環境問題』(渓水社 2003年)

(7)佐藤美佳『驚くべき変貌を遂げた中国国有石油会社の民営化』(JOGMEC

(8)張文青 『転換する中国のエネルギー政策』(立命館国際研究 14巻 2001年)

(9)関志雄 『中国経済革命最終章』(日本経済新聞社 2005年)

 

〈中国語〉

(1)「石油商務誌」(湖北省商業庁編 1986年出版)

(2)中国石化新聞網:http://www.sinopecnews.com.cn/

(3)「我国石油石化競争適度」(「中国石化」雑誌 2006年第1期)

(4)白頴「我国十一五期間石油石化発展趨勢及展望」(「中国石化」2006年第4期)

(5)「積極推進資源戦略努力保障資源安全」(「中国石化」2003年第1

(6)「李栄融主任在中央企業負責人会議上的講話」(中国科学院ホームページhttp://www.cas.ac.cn/html/Dir/2004/02/16/8633.htm

(7)劉立力「中国石油発展戦略研究」(石油大学学報:社科版 2004年第1期)

 



[1] 珠江デルタは中国南部にある珠江河口の広州、香港、マカオを結ぶ三角地帯を中心とする地域の呼称。

[2] 新華ネット「石油会社が広東油荒で値上げを謀っているとメディアが報道」(2005816

[3] 郭四志編 「中国石油メジャー」(文眞堂)(361頁)

[4] 1)公共財

不特定多数の者が同時にサービスを消費でき、他者を排除することが困難なもの。

例:防衛、外交、混雑のない一般道路。

2)外部性

市場取引を通じないで他社に及ぼす利益または不利益。前者を外部経済、後者を外部不経済という。

例:都市計画、建築規制、環境規制。

3)情報の非対称

売り手と買い手の持つ財・サービスに関する情報に格差が生じている場合。

例:欠陥住宅に関するチェック制度、弁護士や税理士等の各種資格制度。

[5] 「三大改革」:行政改革、国有企業改革、金融制度改革

[6] 郭四志編 「中国石油メジャー」(文眞堂)(347頁)

[7] 新京报 油慌拖累广东经济」(2005817

[8] 郭前掲書 (362頁)

[9] 新華ネット「油荒拖累広東経済受重創 工業企業利益大幅降低」(2005816

[10] 「国資委:走私是油荒的罪魁禍首」http://gd.news.sina.com.cn/local/2005-09-26/1728555.html