2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成報告書

 

水辺空間の創出を契機とする漸次的都市開発システムの研究

—江東区新木場地区をケーススタディにして—

研究代表者:成松佳恵

所属:政策・メディア研究科 修士課程2年

 

1.  研究の背景

 近年、東京湾臨海部の水辺立地における開発が活発化しており、その多くは、都心立地と眺望性を活かした高層集合住宅開発を主体としている。

 ウォーターフロントの工業立地からの用途転換による再開発は世界的な動向であり、「都心立地による職住近接性」「臨海部の眺望性」「水域に直接関わる生活空間の快適性」を考慮し、大都市臨海部の水域を活かした新たなライフスタイルを創出する開発が行われている。東京湾臨海地域においては、水害対策や水質改善の問題があるため、「水域に直接関わる生活空間の快適性」はあまり考えられていないのが現状である。東京湾臨海地域においても水害や水質等の問題点を解決し、水辺という特性を活かせる建築手法が求められている。

 

2.  研究の目的

 水辺空間を活かしたまちづくりの実現を目指し、建築の親水性を高めるためにはどのような設計手法が効果的であるかを明らかにすることを目的とする。

 

3.  用語の定義

 畔柳昭雄・渡邊秀俊によって1999年に著された『都市の水辺と人間行動—都市生態学的視点による浸水行動論—』の中で、「親水」とは、「五感を通じた水の接触により、人間の心理・生理にとってよい効果が得られる」と定義されている。本研究においても、この定義を用いることとする。「親水性のある環境をつくる建築」の定義を、「五感を通じた水の接触により、人間の心理・生理にとってよい効果が得られるような性質を積極的に創出する建築」とし、本研究においては、これを「親水建築」と呼ぶこととする。

 

4.  対象敷地の分析

 対象地は再開発が活発化している東京湾岸地域の一角に位置する東京都江東区新木場地区である。この地区は、木材産業立地を目的にして1957年から1967年に造成された埋め立て地であり、1972年から1982年の間に、木材卸問屋の工場・倉庫が集積した木材の街として、深川「木場」から移転し、「新木場」が完成したという経緯があるが、近年、産業構造の変化により、木材産業から物流関連産業等への土地利用転換が進み、貯木場の利用も減少している。このような背景のもとに、新木場の将来像の模索が求められている。

 このような現状を受けて、新木場再開発コンソーシアムが設立され、慶應大学池田研究室として活動に参加してきた。新木場が持つ貯木場内水面と小規模な水際土地区画という特殊性を活かした将来像の模索を行っている。木材を保存貯蔵しておく目的の二つの貯木場を中心として街が構成されているため、波の少ない内水面という独自の特徴を活かした開発が考えられる。また、貯木場周辺街区は水面を取り囲むように配され、より多くの木材業者が貯木場を利用できるように、短冊場に細かく土地所有権が分かれているため、段階的な開発が有効的である。

 コンソーシアムとして行ってきた地区の分析を通し、新木場には新たな水辺文化のまちづくりが求められていることが明らかになった。その理由として、第一に、内水面という他にはない特徴を持っていること、第二に、歴史的に見ても水辺文化が存在していたということ、第三に、自然環境を都市空間に取り込むという現代的なテーマにとって重要であることがあげられる。そして、水辺文化のまちづくりを実現するために、親水建築が必要とされており、これが、本研究で新木場をケーススタディに親水建築の設計手法を検討していく上での前提となる。

 更に、様々な観点の敷地分析から、新木場のまちづくりにおいて考慮すべき点を整理した。

(1)水面の活用を含めた水際ネットワークの活性化

(2)深川木場に存在していた水辺文化の継承

(3)産業転換に伴う機能共存による新たな水辺文化の創出

(4)賑わいのある水辺の生活空間の実現

(5)水害対策と水辺・水面の活用の両立

(6)護岸改修と水辺環境の検討

 更に、親水の定義から、図1のような「水辺の快適性」「水辺を活かしたアクティビティ」「水害への防災性」「水環境のサスティナビリティー」という親水性のある環境を導く4要素を抽出した。これらをもとに親水建築の設計手法を導き出していく。

 

図1 親水性のある環境を導く要素の抽出

 

 

5.  親水建築のデザイン提案

 今回のケーススタディとして、親水建築のデザイン提案を行った。「東京湾の新たな水辺文化拠点」をコンセプトとし、親水建築の設計提案を行った。娯楽施設や商業施設による人々の賑わいを創出しつつ、一方で親水性のある生活空間を演出する。特に、クリエイティブ性の高い機能や文化的施設を多くデザインすることで、時間の流れとともに水に親しむことのできる、新たな水辺文化の創出を目指した。更に、新木場の特徴である木の街の文化と新たな文化を共存させることにより、新木場ならではの親水空間を提案する。

 

図2 親水建築のデザイン提案 俯瞰パース

 

 

6.  親水建築の設計手法

 デザイン提案を、平面計画・断面計画・景観計画・構法計画という4つの視点から全部で12の手法にまとめた。その各手法を、親水性のある環境を導く要素の要因によって図3のように整理した。

 

図3 各手法の親水性の根拠

 

 

7.  結論

 親水建築を目指した設計提案の手法はいずれも親水性のある環境を導く4要素を用いてそれぞれの親水性の根拠を整理することができる。「水辺の快適性」と「水辺を活かしたアクティビティー」を基本要素、「水害への防災性」と「水環境のサスティナビリティー」を補足要素とし、補足要素を解決しながら基本要素を満たすという構成を検討することが、親水建築の手法につながる。つまり、4要素の持つ親水性の根拠を意識して設計することが親水建築にとって効果的であると考え、そのような建築が水辺空間の創出を契機とする都市空間へとつながる。

図4 親水建築の設計手法につながる親水性の環境を導く要素の体系