2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金研究成果報告書

 

慶應義塾大学政策メディア研究科

修士180724564 小林亮一

 

「中世ルーマニア諸都市における歴史遺産比較研究」

 

 

1.研究背景

 

20071月条件つきではあるがEU加盟を果たしたルーマニア。現在新たなフェーズへと移行しているルーマニアであるがこの国の豊富な歴史遺産は旧社会主義時代の大規模な都市改造、劣悪な維持管理体制により失われかけている。ルーマニアのとりわけ中世期の歴史遺産修道院群は土着的な建築様式に加え東洋西洋の両様式が融合しており非常に貴重なものとして位置づけられる。またルーマニアは地方によりそのバックグラウンド、他国からの影響の幅が異なり、歴史遺産に表れる形状もそれに伴い変化する。

現在我が国におけるルーマニアを含む東欧地域の歴史遺産研究は未だ浅いが、EU加盟したこと、世界遺産に指定されているスチャヴァ市近郊にある7つの教会・修道院などの影響により徐々にその地域の関心は高まっている。

 

2.研究目的

 

 中世期(14世紀から17世紀)ルーマニア全体の歴史遺産研究を総括的に研究するため各諸都市の都市史、建築史(修道院を中心とした)の比較研究を行い、都市間の共通項目(共通様式、都市の共通骨格など)、それぞれの持つオリジナリティを整理し線的な視点から文化を考察することを目的とする。

 

3.対象敷地

 

ルーマニアは南部に位置するワラキア地方、北西部のトランシルヴァニア地方、北東部のモルドヴァ地方の3つの地方に分けられる。それぞれの地方が異なるバックグラウンドを持っており都市形態や建築様式も地方ごとに特色が見られる。

 

今回の調査では

 

①ワラキア地方の首都ブカレスト

②モルドヴァ地方を代表とする建築群5つの修道院、及び慶應大学三宅研で修復を行なっているバリネシュティ修道院

③トランシルヴァニア地方の世界遺産都市シビウ

 

という各地方を代表とする場所に赴き、その地方の特徴を見出そうとフィールドワークを行なった。

*加えてヤシ(モルドヴァ地方)も私が学部時代に調査した地域として比較の対象のひとつとさせていただく。

 

4.活動内容

 

①夏季調査以前:

夏季調査に赴く地域の基礎情報収集

 

2007831日~91

 ブカレストにてテレザ・シニガリア女史(元ルーマニア文化省大臣補佐)によるワラキア建築に関するレクチャー。

 

200792

ネムツ修道院にて司教さんによるフレスコ画、教会堂に関するレクチャー

 

200794日~5

 スチャバ市内の教会堂及び、5つの修道院群にてシニガリア女史によるモルドヴァ建築のレクチャー

 

200796日~7

 バリネシュティ実測調査

 

200798日~17

 シビウフィールドサーベイ(旧市街建築形態調査、ヒアリング、文献収集)

 

2007918日~21

 ブカレスト文化省にて今回調査した地域の文献収集

 

⑧夏季調査以降

 調査の整理及びまとめ(文献整理、調査整理、ヒアリング整理、各地方の特色整理)

 

20088月建築学会中国大会にて発表予定

 

5.活動成果

 

■地方ごとに建築形状の特徴は異なるが、それぞれ交易があったためお互いの建築要素を少しずつ抽出しあい、独自のスタイルに組み込む様子が読み取れた。しかしそれはある特定の時代に限られており、それぞれの地方がオスマン軍の統治下(トランシルヴァニアはハプスブルグ)で、それぞれの地方性を模索していた結果であった。その中でモルドヴァ地方は遅くまでタタール人が残存していた歴史的理由があるせいか、その文化、技術レベルは他の地域に対して低く、より他の様式を汲み取る傾向が強かった。

 

15世紀前期左の二つの宗教建築の例の場合、もともとワラキア様式であった煉瓦によるアーチの装飾はモルドヴァ地方に伝播し汲み取られたが一定の時代のものにしかこの傾向は見られなかった。

 

左:モルドヴァ地方ヤシのニコラエドムネスク

右:ワラキア地方グレツレスク教会

 

 

 

 

 

 


一般建物の場合

トランシルヴァニア地方シビウでドイツ系の都市の影響を受け用いられていたアーチ型のアーケードは後にモルドヴァ地方にまで波及し数多く建造され現在でも残る。

 

左:モルドヴァ地方ヤシのvistiernicului Aleca Bals

右:トランシルヴァニア地方一般商業施設

 

 

 

■都市内部の様式分布

 

モルドヴァの旧市街地ヤシとトランシルヴァニア地方シビウの都市内の様式分布を比較すると、シビウがいかに社会主義の都市計画から逃れ、旧来からの建物を大事に都市に落としこめてきたのかということが読み取れる。同時に様々な様式が建ち並ぶということは、多くの価値観がひとつの都市内に存在しえる環境があったことを示す。

今後社会性、土地性の分析を深めることでより詳細に都市のオリジナリティが富み取れるであろうと予測できる。

 

左:ヤシの様式分布図

右:シビウの様式分布図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ゴシック様式       ルネサンス様式     バロック様式      古典主義様式     折衷モダン様式

 

 

 

6.今年度の予定

昨年度の調査では、旧市街建築形態調査、ヒアリング、文献収集など基礎調査がメインであった。今ある情報を整理し、今年度はどのようにして交易が行われ、どのような組織(ギルド)がそれぞれの都市形成に影響を及ぼしたのかということに焦点を当て、研究を進めていく。