宇宙空間における軍事利用とソフトローの新たな可能性

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程

 小太刀由季子

 

.研究概要

現在、対衛星攻撃兵器(ASAT)を禁止する手段は存在しない。宇宙空間の軍備管理に関する唯一の多国間交渉機関である軍縮会議(CD)は、宇宙空間における安定性と安全を確保するために、長年この議論を続けてきている。しかしながら、その努力は未だ実を結んでいない。その理由として、「宇宙兵器」の定義により軍事利用が規制されることを嫌い積極的でない国家が存在することや、CDが採用するコンセンサス方式により、議論が停滞していることが挙げられる。

そこでCDでは、条約並びに決議などを採択するために、まずは信頼醸成を国際社会で築き上げることが望ましいと考えられるようになり、そのための措置が議論されるようになった。行動規範は、信頼醸成措置として注目されているものの1つである。行動規範とは、条約とは異なり法的拘束力を持たないソフトローであり、1967年の宇宙条約以来、宇宙空間における軍備管理条約が一切締結されていないことから、ソフトローとしての行動規範の採択が期待されている。このことは、各国がCDに、ASATを禁止するための行動規範の具体案を提示し続けていることからも明らかである。しかし、採択の見通しは一向に立っていない。

その一方で、2007CDを離れて民間のヘンリー・L・スティムソン・センター(Henry L. Stimson Center)によりASAT行動規範が採択されており、国連総会においてEUからも新たな行動規範を採択する意志と、具体案が提示された。

本論文は、これらの新しい行動規範がASAT規制においていかなる影響を及ぼしうるかを、CDでの30年間の議論を詳細に検討し、weaponization及びmilitarization概念や宇宙兵器定義など禁止されるべき軍事利用を抽出することで、条約締結のためにどのような行動規範が求められているのか、行動規範の信頼醸成効果に着目し、検討、考察するものである。

 

.目的

現行の宇宙諸条約では禁止の対象とされない、対衛星攻撃兵器(ASAT)の規制可能性

をソフトローとしての行動規範を通じて模索する

 

.本研究のアプローチ

本研究は、その信頼醸成措置の一つとして、議論が成熟している行動規範に着目し、この締結が宇宙空間の安定にもたらす可能性を検討するものである。

特に、CDでの30年間の議論を詳細に検討し、weaponization及びmilitarization概念や宇宙兵器定義など禁止されるべき軍事利用を抽出することで、条約締結のためにどのような行動規範が求められているのか、行動規範の信頼醸成効果に着目し、ASAT禁止にいかなる影響を及ぼしうるかを検討、考察するものである。

 

.総括

責任を追及するためには、weaponization禁止を条約化することが必要であるが、本研究において、weaponization概念を詳細に検討した結果、weaponizationの禁止がCDにおいて採択されることは、現状においては起こりえないという結果が導き出された。つまり、現状において国際社会の間で信頼関係が成立していないため、weaponization禁止も条約化しておらず、中国のASAT実験の責任も追及できない。そして、ASAT実験は、国際社会にさらなる不安を広げるという、悪循環をもたらしている。このような状況を打開するために、信頼醸成措置が強く求められているのである。

現在、宇宙空間において、友好的な関係からもたらされる信頼もなければ、冷戦時のような「信頼」関係も成立していない。すなわち、weaponizationを禁止する暗黙のソフトローは存在しても、常に衛星が破壊される恐怖は多かれ少なかれ存在する。しかし、信頼さえ醸成されれば、そもそも定義などなくとも、互いに規制しあうことはABM条約のようにできるのである。そのために、現在信頼醸成措置としての行動規範が強く求められている。しかも、CDの当事国である66カ国間の信頼を醸成するための行動規範が求められているのである。

とはいえ、本行動規範の採択は、weaponization禁止という概念を直接的にではないが、存在することを証明した初の国際的合意である点において、非常に評価されるべき飛躍的な前進である。そしてまた、本行動規範採択に勇気付けられ、後続してEUの提案がなされている。このことだけでも、センターによるASAT行動規範採択の価値は発揮されたと、指摘できるであろう。

 

.今後の展望

行動規範は、条約採択を促進させる信頼醸成措置である。センターによるASAT行動規範は、長らく意見の統一が困難であった米国とロシアの政策を研究者レベルにおいて合意がなされた。これにより、宇宙空間の軍事利用における米国とロシアの対立が、少しは緩和された方向に向いたのではないだろうか。米国とロシアの歩み寄りは確実に信頼醸成につながるであろう。

EUの提案も、国連総会で今後採択されれば、多くの国に承認され、信頼醸成に貢献することになる。しかも、この行動規範は国連総会において採択されたものではあるが、CDでの議論を色濃く反映しているため、CDの当事国から不安を除去する可能性は非常に高く、今後のCDの議論においても条約採択を促進する結果をもたらすことが期待される。

仮にCDにおける条約採択が困難であっても、今後行動規範が集積されることで、法的信念が生まれていき、また、モラトリアムにより慣行が形成され、いずれは国際慣習法が成立することが望めると考えられる。このような点で、行動規範の採択はよい方向を生み出していくことが強く期待される。