2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金
研究育成費 修士課程 報告書

被災体験を社会化するコミュニティの研究
−関係性をつむぐコミュニケーションと主観的リアリティの分析−



政策・メディア研究科 修士課程2年
InterReality Project


研究課題 


本研究の目的は、阪神・淡路大震災についての過去の体験の断片が、現在の社会のなかにいかように残り、社会や人々に対しどのような影響を及ぼしているかを明らかにすることにある。「未曾有」と言われた震災被害を受けた神戸市では、復興へ向けたうねりのなかで様々な活動が生まれた。本研究では、震災体験から生まれた取り組みのなかでも、特に現在まで継続して活動を行ってきた3つのケース、震災の被害者遺族のNPO「HANDS」、ミュージアムにおける震災の語り部活動、被災者支援から生まれたコミュニティ放送局「エフエムわいわい」を取り上げ、暗黙知的に展開されている活動を、社会における「機能」として形式的に記述する。これにより、かつての被災地において、阪神・淡路大震災の記憶の風化が社会問題となっている昨今の社会的状況に対し、一石を投じる新たな視点の提供を目指す。

 本研究は、いわゆる理論とフィールドの往復運動のうえに成り立っている。質的調査(5年間に及ぶ参与観察および各ケースへのインタビュー調査)から得られたデータを、理論(ニクラス・ルーマンの社会システム理論をベースにした機能分析)、特に機能分析を軸に据えた一連の理論的手続きのなかに位置づけ、各々のケースの活動を社会における機能として記述する一方、活動に参加する人々の間に共有された主観的リアリティを併せて描き出した。

 分析の結果、3つの対象が保有する機能として、「阪神・淡路大震災を他者に伝えるコミュニケーション(伝承)」、「震災当時をめぐるコミュニケーション(回想)」、「防災をめぐるコミュニケーション(防災)」、「関係性をつむぐ(つながりの希求)」、「心的システムの治癒(治癒)」の5つの機能の存在が明らかとなった。特に、阪神・淡路大震災の経験を次代に伝承するという機能は、本論文の3つの対象に共通する機能であり、その意味において、阪神・淡路大震災によって生まれた3つの取り組みは、機能的に等価であることが示された。さらに「震災遺族」や「被災者」、「被災地」といった概念的括りが、他者(特に、体験を共有しない他者)に対する閉鎖性、共感不可能性を高めている一方で、逆説的ではあるが、ミュージアムやモニュメント、コミュニティFMといった「メディア」は、固定化された場所に存在するというある種の閉鎖性によって機能がより強化され、意味あるメディアとして機能しうること、そうしたメディアを取り巻くコミュニティ活動の潜在的な展開可能性が示唆された。



分析フレーム 

【本研究のアプローチ】



図1:本研究のアプローチ


本研究は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災という過去の歴史的出来事を、現在の時点から捉えなおす。つまり、現在のなかにのこる被災体験の断片を、それらが持つ機能という観点から形式的に記述する。これにより、かつての被災地神戸市で近年社会問題となっている阪神・淡路大震災の記憶の風化という問題に対し一石を投じ、現在のなかにのこる「過去」の存在を社会学的に示す。



【理論に基づく研究のフレームワーク】

本研究では、社会システム理論を唱える社会学者ニクラス・ルーマンの考え方を基本的な理論的素地に置いた。これまでの社会学理論では、主体(人間や組織)ベースの社会観が主流であったが、主体ベースの把握では、結局のところ、人間の動機に還元されてしまい、社会のダイナミズムを精確に把握することができない。そこで、ルーマンが提唱したのが、人間と人間との相互作用のなかで生み出されるコミュニケーションを社会の要素として、社会を把握しようという試みである。
 社会システム理論は、(1)主体概念とコミュニケーション概念を分けて扱うと同時に双方を扱うことができる(2)社会学理論に不足しがちな時系列(プロセスアナリシス)で把握可能である、という2点において有効な理論である。



図2:本研究のフレームワーク


そこで、本研究では、被災体験がどのような機能を持ちうるのかを、図2に示した3つの観点(1.主体、2.コミュニケーション、3.両者が存在している「場」)をもとに検討する。

本研究は、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を事例としている。阪神・淡路大震災の被災中心地である神戸市中央区で生起する事象を事例に、災害発生後の被災地域と日本社会とをとりまく社会的事象を、「治癒」と「防災」という異なる2つの観点から見たコミュニケーション・システムとしてとらえ、災害発生後の社会の有り様を明らかにする。コミュニケーションという観点から社会をとらえ、「治癒」と「防災」、2つの視座を提供する社会システム理論と、個人の主観的現実をインタビューによって描き出すライフストーリーとの併用は、「システム的アプローチ」と「質的研究」と呼ばれる双方の社会科学の調査手法に、新たな視座を提供するものと考えられる。



【阪神・淡路大震災によって生まれた3つのケース】

本研究では、3つのケース(1.震災遺族のNPO「HANDS」、2.震災の語り部「人と防災未来センター語り部ボランティア」、3.震災によって生まれたコミュニティ・メディア「エフエムわいわい」)を取り上げる。3つのケースは、組織形態も種類も三者三様であるが、阪神・淡路大震災によって生まれ、今日までその活動を継続させてきたという共通点を持つ。



研究成果 

【分析結果】







図12:コミュニティFMの放送内容(コミュニケーション)の変遷2






【結論】



本年度の研究成果発表 

【論文】

  • 国友美千留, 「被災体験を社会化するコミュニティの研究 -関係性をつむぐコミュニケーションと主観的リアリティの分析-」, 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 2007年度 修士論文. 論文要旨. 英文要旨. 論文目次. 参考文献一覧


    【メディア掲載】

  • 2008年1月18日付朝刊, 読売新聞(大阪) 社会面, 記事タイトル「被災の大学院生、震災研究...神戸の今追い続け」.



    フィールド調査協力団体・企画 

    【団体・アクター】


    【企画・フィールド】



    ※なお、研究遂行の関係で、申請時における研究テーマ「被災経験の暗黙知を社会に取り込むフレームワークの構築」から、若干変更しました。研究課題についても変更はありませんが、今回の研究では、研究課題に取り組むための暗黙知の抽出に研究の多くを割くこととしました。

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