2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

政策・メディア研究科

政策形成とソーシャルイノベーション(PS

修士課程1年 三好文子

 

研究課題:『学校と地域の連携による中高生のスポーツ環境構築』

 

1.研究概要

本研究では中学・高校生徒のスポーツ環境改善のために必要な、学校と地域の連携システムモデルを提案することを目的とする。そのために、日本のプロスポーツ組織が地域活動として近年行っているホームタウンでの活動と、日本で伝統的に地域や学校を中心とし相互に連携しながら受け継がれ発展してきた武道の特性に焦点をあてる。プロスポーツ組織が地域で子どもたちにスポーツと触れ合う場を提供し、またチームボランティアという形で地域の人々が集える場を提供する、という動きは2000年代に入って本格的になり、今では多くのプロスポーツ組織が行っている。しかし、まだまだ文化として根付くという段階までは及んでいない上に、学校との連携という面も手探りの状態である。そこで、具体的にプロスポーツ組織がどのように地域の人々と関係を構築しているのか、というところを調べていきたいと思う。

一方、武道は個人競技であるがゆえに、その活動と地域コミュニティは無縁だと考えられがちだが、実際には地域の町道場に幅広い年齢・競技レベルの愛好者が集って鍛錬する文化をもつ。また町道場と学校部活動との関係性も存在してきた。従ってこのような武道と部活動・地域スポーツとの関係性を調査し、その構造を明確化することによって、他のスポーツの学校・地域間の連携を目指すシステムモデル構築にも役立つことが考えられる。同時に中高生のスポーツ環境の中心である部活動環境を、地域と連携し互いの資源を活用しあう形で整備することにより、地域住民も多様なスポーツ環境を利用可能となるのではないか、と考えた。

最終的には、今回構築するシステムモデルによって、多様なスポーツ環境を活用しながら生徒や地域住民が生涯にわたってスポーツに携わることのできる環境を整備し、豊かな人生が送れるようになること、という点で社会に貢献することを目指したい。

 

2.研究の背景

本研究の背景には、次の2点の問題が挙げられる。

@中学・高校部活動の休廃部増加

 中学・高校の部活動数減少という問題は全国的に、そして種目にかかわらず起こっている。全国高等学校体育連盟の調査によると、10年前の同調査に比べて平成18年度の同連盟加盟数登録状況は男子生徒114593人減、女子生徒は123093人減と合計237686人の減少である。野球やサッカーなどメジャーな種目には依然人数が集まっているが、部員数が増加しているのは硬式野球部のみであり、部員数減少は学校部活動全体の問題だということがわかる。

 一方、部活動の休廃部には部活を指導する教員側の問題も関係している。文部科学省の平成17年度学校基本調査では、高校教員数は251千人と、前年度より4千人減という状況である。団塊の世代が一斉に退職を迎えていること、近年新卒教員採用数が抑えられていたことなどが原因となり、部活を指導できる教員数が減少し、その平均年齢も上昇している。新卒〜30代前半までの割合は非常に少なく、団塊の世代の一斉退職を経た今後、指導者の減少と高齢化が切実な問題となることが予想できる。中高生にとって、学校部活動は彼らがスポーツに携わる環境の中心である。そこで特に部活指導者である教員の減少・高齢化が引き起こす部活動の危機的状況に対し、その改善策を打ち出す必要がある。

 

A学校部活動以外で中高生がスポーツに取り組むことのできる場が未発達であること。

 しかしながら、近年中高生のスポーツ環境にも変化が現れている。学校週5日制が実施された現状や中高生のスポーツニーズの多様化などを受け、生徒が学校以外でスポーツに関わることのできる場が必要とされるようになってきたのである。明治以来、日本のスポーツは学校や企業を中心に展開されてきたため、生徒たちにとっては学校以外でスポーツに取り組める場が少なく、スポーツをしたくてもなかなか身近にできる場がない、というのが現状である。文部省は平成12年に発表したスポーツ振興基本計画の中で、そのような状況の受け皿となり得る場として「総合型地域スポーツクラブ」という地域住民が主体的に経営するスポーツクラブを全国各市町村に最低1ヶ所設置する計画を打ち出した。しかし、クラブの設置数は増加していても運営が順調に行われている例はまだほとんどない。運営が順調でないパターンとして、クラブの立ち上げ自体が目的となりその後のケアができていない場合と、行政からの補助金が支給されている期間は順調だったが補助金が打ち切られた後衰退してしまう場合の2つが挙げられる(山口、 2006)。こうした背景には、総合型地域スポーツクラブが掲げる住民ニーズに沿った運営には指導者確保や施設確保にかかる経費が現実的には高負担となるため、行政の支援や国からの補助金が打ち切られると経営困難になる、という事がある。

 

3.研究対象・研究手法

 本研究では、プロスポーツ組織の地域での活動と、武道の特性に基づいた地域での在り方の2点を大きな軸としているが、この一年間は主に前者についての調査と分析を行った。調査手法は主に、文献調査、インタビュー調査、そしてフィールドワーク調査である。

 文献については、最後に挙げている参考文献を参照されたい。

インタビュー調査については、@プロスポーツ組織の職員Aプロスポーツ組織のボランティアとして参加している地域住民Bプロスポーツ組織やその他のスポーツボランティアに関わる行政、という大きく3種類の対象に向けて行った。

具体的には、

@東北楽天、NPO 法人横浜ベイスターズ・スポーツコミュニティ、ヴァンフォーレ甲府、ベガルタ仙台、ベルマーレ湘南、川崎フロンターレ、FC 東京、仙台89ersの各チーム

A東北楽天、ベガルタ仙台、ヴァンフォーレ甲府の各チームボランティア

B仙台市企画市民局文化スポーツ部スポーツ振興課、財団法人仙台市スポーツ振興事業団の職員

である。@のプロスポーツ組織の職員に対する調査は、ボランティアの導入の背景と目的、ボランティアの活動内容やボランティアとの関係で抱える課題、今後の方向性について把握するために行った。Aのボランティアに対する調査は、具体的な活動内容、ボランティアに参加した背景、ボランティアのインセンティブ、ボランティアの組織の体系や構造を把握するために行った。Bの行政や財団に対する調査では、ボランティアが地域にどのような影響を与えているか、政策としてどのようなことを考えているのか把握するために行った。

フィ−ルドワーク調査は、仙台市、 横浜市、 甲府市で行った。仙台での調査は、東北楽天、ベガルタ仙台、仙台カップ国際ユース大会を対象に行った。東北楽天はホームゲームのボランティアに参加して参与観察を行い、ベガルタ仙台と仙台カップ国際ユース大会では現場観察を行った。調査期間は2007 8 29 日から9 1 日である。

横浜で行った調査は、2007 4 月から2008 1 月まで、NPO 法人横浜ベイスターズ・スポーツコミュニティの運営ボランティアとして関わり、参与観察を行った。甲府には、2008 120 日にサポーティングスタッフ交流会に参加、また23 日にはインタビュー調査を実施した。

 

5.現段階での考察

今回の調査で得られた知見は以下の2点に集約される。

 

A.プロスポーツ組織が設置するチームボランティアのもつ可能性

サッカーのJリーグクラブを中心として、近年チームボランティアを設置し、地域から参加者を募っているケースが増加している(Jクラブの場合はほとんどのチームがボランティアを抱えている)。このボランティアは、以前は単なる安価な労働力としてみなされていたが、実は地域の人々にとっての交流の場、自己実現の場ともなっており、またチームに対してもアルバイトを雇うかわりの人件費削減以上の意味があるということが明らかになった。また、東北楽天など、クラブによっては、このボランティアの教育効果も意識し、今後地域の高校や大学と提携し、学校の課外活動の一環として体験することができるようにしていきたい、というプランを持っているところもある。スポーツ環境といっても、体を動かす場だけがスポーツ環境なのではなく、スポーツを通じて何かを学んだり、スポーツを出発点として地域の人々と交流が持てたりすれば、それも一つのスポーツ環境なのではないかと考えるに至った。この点については引き続き、今後も様々な事例の調査を行い、考察していきたいと思う。

 

B.プロスポーツ組織の地域活動と学校との連携について

 Jリーグクラブやラグビーのトップリーグ所属チームなどは、地域活動の一環としてホームタウン内の幼稚園・小学校・中学校などをまわり、授業の一環としてサッカー教室やラグビー教室を行っているところもある。その数は近年増加しており、NPO法人横浜ベイスターズ・スポーツコミュニティのように、教室開催希望の自治体に出向いて、その区域内の中学校軟式野球部に対して野球教室を行うような形も出てきている。こういった形は、当初私が考えていた学校と地域の連携とは異なるかたちであるが、プロスポーツ組織のもつリソースを利用して、小学生や中学生にスポーツ環境を提供しているパターンであり、今後はこういった連携方法が増えてくるのではないかと考えた。学校のもつリソースである教員を指導者として地域での指導を求めても、学校の枠を超えて指導することは日常的には難しく、またそういった意識もこれまでまったくなかった分、植え付けるのは今後の課題である。しかし、知名度とリソースを持つプロスポーツ組織であれば学校に入っていくことであったり、学校ごとの枠を超えて活動を行う事もやりやすい側面がある。このような形で地域と学校とプロスポーツ組織とが連携することは、今後も増えていくのではないかと考えた。中高生のスポーツ環境といった場合に、このような連携方法もある、ということを認識したうえで、今後の実践活動に役立てたいと思う。

 

6.今後について

以上が、本研究の現在までの報告である。今後は、武道の特性に焦点をあてて調査を行い、今回のプロスポーツ組織の地域活動に関して明らかになったことと比較し、相違点を考察する。そして、中高生のスポーツ環境を構築するための学校と地域との連携モデル構築という実践に結び付けられるように自治体等に働きかけることを検討している。

 

7.森基金の用途について

ご援助いただいた基金は、主にフィールドワーク調査における滞在費用や旅費、インタビュー調査への交通費、また調査に必要な書籍等の購入に当てた。

森基金からの多大なご支援によって調査を行うことができ、また必要な機材・書籍等をとりそろえることができたため、研究大変有意義であった。ここに謝辞を申し上げます。

 

8.参考文献

佐伯聰夫著者代表、 1984 『スポーツ社会学講座3 現代スポーツの社会学』不昧堂

杉本厚夫、 1995 『スポーツ文化の変容―多様化と画一化の文化秩序―』世界思想社

電通総研スポーツ文化研究チーム編、 1999 『スポーツ生活圏構想』厚有出版

村松和則、 1993 『地域づくりとスポーツの社会学』道和書院

山口泰雄、 2006 『地域を変えた総合型地域スポーツクラブ』大修館書店

作野誠一、2007、「地域スポーツ経営研究の課題:環境認識から環境創造へ」体育・スポーツ経営学研究21(1)

広瀬一郎、2005、『スポーツ・マネジメント入門』東洋経済新報社

山口泰雄、2004、『スポーツ・ボランティアへの招待』世界思想社

佐藤郁哉、2002、『実践フィールドワーク入門』有斐閣

SSF 笹川スポーツ財団、 2006、「スポーツライフ・データ2006-スポーツライフに関する調査報告書」

Sport Management Review2007 4 25 日)』ブックハウス・エイチディ

辻谷秋人、2005、『サッカーがやってきた』日本放送出版協会

松橋崇史、2005、「スポーツ組織マネジメントにおける地域コミュニティとの関係性構築」慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科2005 年度修士論文

四戸紀秀、2000、「プロクラブ経営と地域:J リーグのケース」慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科2000 年度修士論文

青柳智之、2000、「長野オリンピックを契機に展開されたボランティア活動に関する研究 :スポーツボランティアネットワークに着目して」社団法人日本体育学会

加藤朋之、2000、「スポーツボランティアの可能性 : ヴァンフォーレ甲府を支援する会(スポーツボランティアの会)(仮称)

加藤朋之、1999、「地域の教育力を持つ開かれたスポーツボランティアの模索~ヴァンフォーレ甲府を支援する回(スポーツボランティアの会)(仮称)のこころみ~

長ヶ原誠・山口泰雄・野川春夫・菊池秀夫、1991、「スポーツイベントのマネジメントに関する研究(2ボランティアの継続意欲の視点から

増田元長、2006、「NPO 法人横浜ベイスターズ・スポーツコミュニティ設立に見るプロ野球地域貢献活動の研究」慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科2006 年度修士論文