森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

                                

    市区町村教育委員会の自主性・自立性に関する研究
    〜コミュニティ・スクールの導入・実施過程を事例に〜

 

                                                慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 
                                                          修士課程 1年 中井宏一





概要

本研究は、自治体が、各地域のニーズに即した独自の学校づくりを行うための教育政策を形成し実施する過程を、自治体規模を横断した観察・分析によって明らかにすることを目的とする。
尚、ここにいう「自治体」とは、市区町村教育委員会、「学校」とはその管轄化にある公立小・中学校のことを指す。

今日の教育の地方分権化の大きな流れの中で、新しい公立学校の運営を考える際に有為な知見を導くことを念頭に、市区町村、ないしは学校レベルでの「自主性」「自律性」が発揮されるメカニズムを明らかにする。

その考察を行うために、本研究では、2004年に地方教育行政法の一部改正により指定可能となった、コミュニティ・スクールを事例として扱う。
コミュニティ・スクールは、法的に@学校長が示す学校運営基本方針の承認権    A教員人事に関する意見の具申権 という2つの権限が与えられた、保護者・教育行政関係者・有識者・地域住民・学校長などから編成される合議体である「学校運営協議会」を学校内に有する公立学校のことである。
2007年9月現在、50自治体において、250校以上がこのコミュニティ・スクールの指定を受けている。コミュニティ・スクールは国による指定・設置の義務は無く、市区町村の裁量により指定できる。またその性格も全国一律というものではない。(本稿2章参照)

自由度の高いこの仕組みを事例として選定したのは、その分、各自治体の特色や意図、運用の実態を幅広く扱えると考えたためである。

尚、本研究は現在継続中であるため、本報告書では、現段階での成果の取りまとめと、今後の研究の予定を記すものとする。


1章  研究背景
2章  コミュニティ・スクール
3章  アンケート調査結果
4章  今後の研究について

1章 学校教育の地方分権化(研究背景)




今日、日本の教育政策は、権限委譲・地方分権化や選択を大きな基調とするものになっている。
ことに、第16期の中央教育審議会(1997年)では、国家の方針としてそのことが確認された。以下はその抜粋である。

「社会の変化や価値観の多様化に伴って、学校など教育を提供する側のみの判断では、子供たち個々のニーズに的確に答えることは難しくなってきている。すなわち、個々人の多様な選択を認める豊かな成熟社会にあっては、教育においても、子供たち自身、あるいはその保護者が、主体的に選択する範囲を拡大していくことが必要である。・・・教育において子供たちや保護者の主体的な選択の範囲を広げていくことに伴い、子供たちに身近な位置にある学校や地方公共団体などについては、その多様な取り組みがいっそう強く求められるようになるものと考えられる。」


これまで、教育行政の分野では政治的中立性確保が目指されており、文科省を中心とする一元的・下位伝達式の構造が長らく指摘されてきた。教育に関する問題が政治の争点となり、例えば毎回の知事選のたびに教育方針や教育内容が変わるのは好ましくないとされたことなどが一因として挙げられる。こうした理由から、教育行政は、一般行政とは距離を置かれ、独特の形態を形成してきた。

しかし、2000年の地方分権改革以降の教育改革では、国がさまざまな基準の大綱化・弾力化を進めたり、また学校教育に関しての国庫負担金の割合を減らし、その分県費負担の支出割合を増やすなどの措置がとられ、教育行政の分権化も各側面から進んでいる。

こうした教育の地方分権化を具体的に担っていく主体として、市区町村教育委員会が改めて着目されているのであるが、そもそも教育委員会制度については、「義務教育学校の設置・運営に大地儀的責任を負う市区町村教育委員会が、教員給与や採用・人事、一学級あたりの児童生徒数などを自らの判断で自由に決定できないのでは、地域の教育政策の決定や教育行政運営を自らで担えていないということであり、市区町村教育委員会の存在意義は無いに等しい。」(小川、2006)など、文部行政の末端として位置づけられてきたゆえに、これまで自治的な教育政策期間としての役割を果たしてこなかった。このような組織が、その体質を変え、現代的なニーズに答える教育を、いかに実施していくかということは、大変重要な問題として認識できる。

そのためには、教育委員会への権限委譲を促進する制度面の改革と、その制度を有効に活用するためのノウハウや方法論の蓄積・共有などが欠かせない。

そこで本研究では、市区町村教育委員会が自主自立的に実施する政策の一つである、コミュニティ・スクール関連施策に着目する。


                  2章 コミュニティ・スクールについて

コミュニティ・スクールとは

コミュニティ・スクールとは、2004年の地方教育行政法の改正により指定可能となった公立学校のことである。

法律上の規定

コミュニティ・スクールとは、「学校運営協議会」という合議体を学内に有する公立学校のことである。以下のような特徴を持つ

  @教育委員会が公立学校をコミュニティ・スクールとして指定する

  A教育委員会が学校運営協議会の委員として地域住民、保護者、そのほか必要と認めるものを任命する

  B学校運営協議会は、校長の定めた教育課程の編成その他基本的な学校運営方針に対して承認権を有する

  C学校運営協議会は、学校運営に関する事項について、教育委員会または校長に意見を述べることができる。

  D学校運営協議会は、職員の任用について任命権者に対して意見を述べる(具申する)ことができる。任命権者は、この意見を「尊重   する」義務がある。

文部科学省による定義

文部科学省のHPによると、、「コミュニティ・スクールは、保護者や地域の皆さんの声を学校運営に直接反映させ、保護者・地域・学校・教育委員会が一体となってより良い学校を作り上げていくことを目指すものです。コミュニティ・スクールの設置については、保護者や地域の皆さんの意向やニーズを踏まえて、学校を設置する教育委員会が決定します。」と説明されている。(出展:文部科学省HP。以下の図も同じ。)」

            


文部科学省は、これまでも「開かれた学校づくり」をテーマに施策を展開してきた。コミュニティ・スクールが設置可能となる以前の代表的なものとして、学校施設・設備の開放、授業での地域人材の活用、学校支援ボランティア学校協議会制度などがあり、多くの自治体で実施事例がある。
コミュニティ・スクールはこうした開かれた学校づくりの施策の延長として位置づけられた。

法案の形成過程

しかし、その法案の形成過程は、単純なものではなかった。黒崎(2003)は、その形成過程について、「総合規制改革会議(2000年当時)の規制緩和を理念とする新しいタイプの公立学校設立の理念と、文部科学省の自立的な学校経営・学校運営への地域参加の理念との捩れがあった」(出展:『新しいタイプの公立学校』黒崎勲、2003)と評価している。
本章ではアンケート調査結果の考察に移る前に、当初の理念と出来上がった法案との差異を明らかにし、著者の見解を述べる。その上で、評価のための分析に入りたい。

提案本来の目的

2000年に開かれた首相の私的諮問機関である教育改革国民会議で金子が提案したものは、「特色ある学校経営」を目指すものであった。
すなわち、有志による学校経営によって、既存の公立学校とは違った理念・教育内容をもつ学校を従来の学校とは別に設立する、というものである。そのために、金子は
@自発性(有志が手を挙げて学校を設立・運営)、
A人事推薦権(学校独自に教員を調達)、
B第三者によるチェック機能の確立
という3つのポイントを提唱している。(金子、2000)
教育改革国民会議の当初の趣旨によると、「子供が持って生まれた能力を最大限に発揮して、健やかにに成長することができるよう、教育における選択の機会を増大させることが 求められている。
このようなニーズに答え、市区町村において、地域の実情に応じた特色のある教育の場を設けるとともに、保護者、地域住民および教師の意向を十分反映した学校運営を実現するため、現行の公立学校に加えて、あたらたに、コミュニティ・スクール法人によるコミュニティ・スクールという学校形態を創設し、もって公教育の多様化・活性化を図るものとする。」とある。
このように、新しい学校設置主体、新しいタイプの公立学校を、従来の公立学校の枠外に創設する、という、アメリカ・チャータースクール(公設・民営の公立学校)の原理に近い提案であった。

それに対し、文部科学省は、本章冒頭で述べたような、従来施策「開かれた学校づくり」の一形態として位置づけようとした。

政策としての評価

黒崎(2003)は、このような法案成立過程に対して、「学校選択の理念による学校間の緊張感を公立学校改革のメカニズムとするところにこそ、新しいタイプの公立学校お構想の意義があるとする立場からするならば、中央教育審議会の素案は、チャータースクールの方向を閉ざし、自立的な学校経営と学校運営への地域参加という文部科学省の従来のイニシアチブによる改革の範囲にとどまるものとなっている、と評価されることになるだろう。」と述べている。

法案通過後の教育委員会の意識調査(日本教育文化財団法人実施のアンケート)によると、2004年の法案成立時点での公立学校からの回答としては、「子供の学びを豊かにする学校」72%、「生涯学習の拠点となる学校」58%、「地域の課題や特色に応じた教育を実施する学校」50% などとなっており、「住民が新しい学校づくりを構想し、それを公的に認める学校」26%、「住民が自主的に運営する学校」14% 、「米国のチャータースクールのような学校」7% となっている。結局、学校運営への自発的な参加以上に、開かれた学校づくりの一環としてイメージがもたれていることがわかる。

 著者は、しかし、これを一歩前進、と位置づける。確かに、本来の制度趣旨が、学校レベルでの自主性・自立性を意図したものであり、その意図は覆されたかに見える。しかし、突然の大幅な規制緩和には賛否両論があり意見が分かれるにしても、まずは学校の基本方針や教員の人事に対して、現場レベルの意見が一定程度反映される仕組みができたことは、大きな前進であるといえる。今後、こうした仕組みの中でいかなる効果や課題が生まれているのかを調べていく中で、今後の教育政策に向けての有益な示唆が生まれるものと考えられる。

現段階として、現場での自主自立性が発揮され、学校経営や児童生徒の学習・生活によい影響を与えたとの報告も数多くなされている。
しかし、国が指定した研究開発校や、その他少数の個別の先進的事例についての報告は見られるものの、それを網羅的・横断的に見つめた検証はまだあまりなされていない。

学校経営の自主自立性を発揮するためのツールとしてコミュニティ・スクールを捉え、実践している自治体は、どの程度存在するのであろうか。まずはこの点を詳細に理解するために、コミュニティ・スクールの指定・実施状況について悉皆調査を行った。この結果を、次の3章で述べたい。



                      第3章 アンケートの実施

(0)実施概要について

慶応義塾大学金子郁容研究室コミュニティ・スクール調査グループは、2007年10月に、コミュニティ・スクールを一校以上指定している全50の地方自治体(市区町村レベル)に対してアンケートを実施し、90%にあたる45の自治体から回答を得た。
以下、本アンケートから得られた結果を報告し、考察を行う。

(1)指定学校数について

各自治体内の指定学校数を尋ねたところ、90%以上の自治体が、自治体内に10校以下しかコミュニティ・スクールを持たないという結果が得られた。このことからも、コミュニティ・スクールは殆どの自治体にとってまだ希少な存在であり、試験的導入段階にあるケースが多いことが推察できる
            
なお、「10校以下」と回答した自治体の半数以上は、「1校」と回答した。

(2)回答自治他の属性

とはいえ、学校数の比較を行うといっても、その自治体の人口規模や学校数などの違いを考慮する必要があることは言うまでもない。
今回、調査票を送付した自治体の属性を、人口で分類すると、以下のようになった。
政令指定都市    3自治体
10万以上都市   16自治体。 
10万以下の都市  20自治体。
1万以下の都市   3自治体  

(3)指定目的について

次に、コミュニティ・スクールの設置目的について質問した。選択肢は以下のとおり
@運営参加:地域・保護者の代表が、学校運営に参加すること A教育支援:地域住民や保護者が学校教委の支援活動を行うこと B学校評価:地域・保護者の代表が学校運営や教育活動を評価すること C教員人事:教員採用に、地域住民・保護者の意見を一定程度反映させること D連携深化:小学校同士、小中学校の連携が深まること E学力向上:児童、生徒の学力が向上すること
           
ここでもっともコミュニティ・スクールの理念である、「学校運営への参加」および、「現場での教育支援」であった。しかし、明示的に学校への運営参加を否定し、教育支援にその機能を限定する自治体も見られるなどの傾向が見られた。

(4)コミュニティ・スクールの指定による効果


                    
このように、90%を越える自治体が何らかの成果を感じている。

(5)今後の指定拡大の予定

                       
また、指定拡大の予定に関しては、約7割の自治体が「ある」と回答した。

(6)学校運営協議会の制度の活用について

(A)まず、学校運営協議会の法律上の特徴のひとつである、学校運営方針の承認の権利を行使することによって、学校教育方針や教育内容が一部変更されたことがあったかどうかを聞いたところ、28%(11自治体)が「あった」、72%は「なかった」と回答した。
                       
(B)続いて、承認行為の前段階、すなわち学校基本方針の策定過程に協議会委員がどれほど積極的に参与しているかを聞いたところ、下記のようになった。
                     
もっとも多かった回答は「まったく参加していない」の32%だった。(A)(B)を併せて考えると、学校運営方針の承認権は、全体として、あまり活発に行使されていないといえる。
しかし、一方で、これまで保護者や地域住民といった、公務員としての資格を持たない者が学校運営の方針立案過程になんらかかかわっている場合が約半数(「よく参加している」20%+「やや参加している」27%)ある、ということもこのデータからいえることである。こうしたことは、これまでの公立学校運営には無かったことであり、注目に値するだろう。
なお、学校運営の基本方針が変更されたことがあったと回答した上記(A)における28%の自治体に関して同設問のクロス集計を行うと、基本方針の策定過程に、協議会委員が「よく」もしくは「やや」参加している割合は合わせて8割を越える。このことから、学校運営の策定過程に委員が積極的に参加する自治体ほど、学校の運営方針にも変化が見られることがわかる。
                      
同様に、学校基本方針が一部変更したことが「ない」と答えた自治体について、クロス集計を行うと、以下のようになる。

                    
     

(7)教員採用に関する意見について

学校運営協議会の法律上の特徴の2つめである、教員採用に関する意見の具申権がどの程度機能しているかどうかを質問したところ、26%にあたる11の自治体がが「ある」と回答した。
                     
具体的に、どのような教職員に対する意見の提出がなされたかを明らかにするために、「ある」と回答した自治体にのみ回答を求める設問を設定した。その結果が下記である。
                      
グラフから示されるように、過半数にあたる6件が、「対象職位(校長・副校長・一般教員など)を挙げての意見」があったと回答している。
一方で、5件は「非常勤教員採用における意見提出」「対象職位を挙げての意見提出」「具体的教員名を挙げての意見提出」のいずれにもマークをしなかった。これらの自治体については、アンケート実施者が想定した以外の職種の教職員に対する意見の提出があったものと考えられる。(例えば、養護教員や、カウンセラーなど)

得られた知見

@積極的にコミュニティ・スクールを推進している一部の自治体と、試験的導入の大多数の自治体に分かれる。
A学校運営の策定過程に委員が積極的に参加する自治体ほど、学校の運営方針にも変化が見られる



                        4章今後の予定

前章では、本研究で扱うコミュニティ・スクールの現状についての調査結果を扱った。
以降、今後の研究の方向性を示し、最終章とする。
前章のアンケートでは、学校の自主性や自立性が、一定程度発揮されている現状を把握することはできた。次の段階として、個別の事例を抽出、インタビューの実施を検討している。

インタビュー実施をする際のリサーチ・クエスチョンとして、以下を設定する。
・RQ1:市区町村教育委員会の自主性はどのように発揮されるのか。また、その要因は何か。
・RQ2:学校教育における「地域のニーズ」や「多様性」とは、どのようなことなのか?また、それをどのように把握し、実践をフィードバックしているのか?
・RQ3:市区町村教育委員会の自主性により実現したことは何か?また、今後の課題や展望は何か?

インタビュー実施の際の具体的な質問項目は以下のようなものを考えている。

【コミュニティ・スクールの指定に至るまでの経緯】
・ 指定を主導したアクター(首長・教育委員・学校長・保護者…など)
・ 指定に賛成・反対した人双方の意見

【コミュニティ・スクール指定後の変化】
・ 学校運営協議会を通じて議論された内容や、それに伴って生まれた具体的な取り組みなど
・ 指定後の児童生徒、教職員の方々、保護者の反応
・ 教育委員会としての支援として、どのようなことを実施したか、またその際に苦労したことなどがあったか

【初等・中等学校における、その他施策との関連】
・ 教育委員会として目指す学校教育充実にむけた方針について。また、それを実現する上で(コミュニティ・スクールに限らず)、関連した取り組み・施策にはどのようなものがあるか。

以上のような、自治体規模や整理・分類し、市区町村教育委員会が自主自立性を発揮する要因を考察し、モデル化を試みる。
それにより、今後、コミュニティ・スクールを初めとする、市区町村の自主自立的な施策を実施する際の一つのガイドラインとなることを目指すとともに、現行制度の限界点を指摘、新たな仕組みの提案に繋げたい。


主要参考文献

『教育の政治経済学』黒崎勲、2006,同時代社
『市町村の教育改革が学校を変える』小川正人,2006,岩波書店
『コミュニティ・スクール構想』金子郁容,2000,岩波書店
『新しいタイプの公立学校』黒崎勲,2003,日日教育文庫
『教委以上に学校現場は肯定的 コミュニティスクールの導入めぐり』渡辺敦司,内外教育,2004,4,p2