本研究では、身体接触をヴァーチャルに行うことによって、組織の力を強めるための特別なデバイスとしてヒップメイトを提案し、そのデバイスのプロトタイプの作成、そしてデバイスの理論的な検討を行った。ここでは、どのようなプロトタイプの作成したか、そしてプロトタイプを用いてのデモを行っての考察、そして今後展望についてまとめて研究方向とする。

なお本研究の研究結果をまとめたものとして、修士論文「ヒップメイト:身体的コミュニケーションをヴァーチャル化するデバイス」を執筆したので詳細はそちらで参照して欲しい

ヒップメイト仮説

現代情報化された日本のオフィスにおいて、メッセージの交換は電子媒体で行われることが多くなり、身体的接触を伴わなくても目的を達成することが可能になった。しかしながら、身体的接触を伴わない組織とは、凝集力を保つために沢山のコストが必要になっている。ただし今この現状によって、身体接触を持ち込むことは、社会的にセクハラの問題があり、タブーとされている。しかし、グループダイナミックスにおいて、身体的接触がグループでのコミュニケーションを活性化させるにはよい効果があると言われている。したがって、この問題を解決すべく、身体接触をバーチャルに行うことによって、組織の力を強めるための特別なデバイスとしてヒップメイトを提案する。

ヒップメイトは、おしり型のオブジェと、椅子からなり二人で使う装置である。二人は、互いに顔が見えないところでヒップメイトを使う。おしり型のオブジェクトは、片方の人が揉むと、反対側の人の座っているおしりに揉んでいる様子が音と刺激によって伝わることができる。おしりを揉むことと、揉まれることは互いに自在に変わりながら行うことができ、二人は遊ぶことができる。ある一定時間ヒップメイトで遊んでいると、二人のユーザー間に親近感を得ることが出来る。ヒップメイトをデザインするにあたり、民族史学的フィールドワークを扱い、そしてプロトタイプ主義の考えを使いプロトタイプを作成した。

作成したプロトタイプ

主に3回のプロトタイプを行った。
R0012476R0012526
まずプロトタイプ1ではヒップボール、ヒップパネルが連携するようなモデルを作成した。ヒップパネルが右側のスポンジでできたものであり、ヒップボールは右側のボールを使用したものである。ヒップパネルは叩くと、ボールに座った人に衝撃がうつるように設計した。ヒップボールは、バランスボールにスピーカーを仕込み衝撃が伝わるようにした。ヒップパネルは、カドニウムセンサーを中に埋め込み衝撃の度合いがわかるように設計した。

一度プロトタイピングを行い、その後にビデオでのプロトタイピングを行った。これによって、ボール型の椅子ではあまりに安定性がなく、体に触れれている感覚を得ることが出来ないのと、バランスを取ることに集中してしまうために、コミュニケーションが生まれにくいということがわかった。また、パネルを画面で行っていたが、実際にタッチすることができる必要があるということが理解できた。

IMG_2874IMG_2866

プロトタイプ1をうけて、より安定した椅子と、パネルにボタンを採用するということが決まりプロトタイプを行った。
IMG_4653IMG_4675

さらに洗練されたモデルを作ることにした。これまで3つで行っていたものを、プロトタイプ3として椅子とオブジェの1対1で行えるものを作成した。上記のデザインで、ACEとワークショップコレクションという2回のデモ展示を行った。

プロトタイプを用いたデモ

主に2回のプロトタイプを用いてのデモを行った。

ACE2007

ACE2007年6月14日のオートリアのザウツブルグで3時間程度のデモを行い、40人程度の参加者に実際にヒップメイトを触ってもらった。全く知らない人とヒップメイトを使った際に、妙に親近感を覚えて、自分以外に勝手に使っている人の様子を想定することができた。 デモ時に使用したユーザーからは、特に日本人以外の人には講評であって、面白いという意見を沢山聞かれた。また、身体を表現しているためにリアルにすべきか、またゲームとして完成すべきなのではないかという意見も聞かれた。

ワークショップコレクション

Aceでのプロトタイプと同じプロトタイプを使い、6月30日、7月1日の二日間慶応大学三田キャンパスの教室にヒップメイトの筐体を設置し、Workshop Collecitonというイベントにおいてデモを動かした。当日は、子供から大人まで多様な年代のイベントの来場者にヒップメイトを自由に触ってもらった。

子供・若者である10代、20代、30代前半の大人たちは進んで楽しんでくれた。特に幼児には、ヒップメイトは抵抗なくヒップメイトを使うことができた。中には、ヒップメイトを気に入ってくれて10分程度ずっとヒップメイトを触っている子供もいた。子供には、シンプルなインタラクションで返事が戻ってくるので、体を直接使うことで楽しく感じさせることは出来たようである。学生や20代、30代の男女とも基本的にヒップメイトを触ってくれた。中には「おしり」を使っていることに驚く人もいたが、「微妙なところをついているのですね」というように大抵は受け入れてくれていたようである。しかし、目指す方向性である40代以上の人々はほとんど使用してもらえなかった。子供と一緒に来ている親が多く参加してくれたが、母親は気兼ねなくヒップメイトを触ってくれたが、父親は遠くで子供が触っているものを眺めている人が多かった。会社の中で、上司になるような年代の男性はほとんどヒップメイトを触ってくれず遠くから眺められた。

この結果から、意図してなかった幼児という年代が抵抗なく使用することができるといえるが、しかしターゲット層の一つである年配には受けない。ヒップメイトはそもそも普段触れない部分を触ることで、関係を強引に開き、人と人の距離を近づけることをする。また、子供が長時間触ったために、プロトタイプ3のセンサー部分が何度か故障した。より壊れにくい筐体を作る必要がある。

プロトタイプからの考察

プロトタイプの完成度、社会的な実験を行うための理論的な完成度がいたらないために、社会的な検証をするまでには至らなかった。しかしながら、身体的な接触をバーチャルに行うことをグループのマネージメントに持ち込むことで会社組織が変わるはずだという仮説は有効であると考える。その仮説が有効であると考えられることがいくつかあるので、それについて検討する。

バーチャルに身体接触を行う

10分程度お互いに制作中に続けたところ、それまでの関係とは違う感覚をうけた。複数のパソコンを使いプロトタイプ2をテストで試した時に、その際に、制作中の吉田と大沢の間にこれまでにない感覚を覚えた。また、ヒップメイトを2階と1階の離れた場所でお互いの顔が見えていない状態で使用した際にも、映像に映っているヒップメイトをみてこれまでにない感覚を覚えた。つまり、バーチャルにおしりを触りあいコミュニケーションを取ることは可能であると考えられる。

アイスブレイクの効果

ヒップメイトが、アイスブレイクとして効果があるかどうかは、プロトタイプ作成時には既に既知の状態のチームのメンバーでで作成をしていたために検証することができなかった。つまり、このアイスブレイクとして、人ではなくシステムとして扱うことが出来るかと、プロトタイプ作成時にはわからなかった。

ただし、ACEで、全く知らない人とヒップメイトを使ったところ来客者と吉田の間での親近感を覚えた。また、同じくACEの際に、自分が筐体から離れてヒップメイトを使っている様子を傍観していると、そこではお互いの事をほとんど知らないであろう人同士がヒップメイトを楽しそうに使っていたのが確認された。よって、ヒップメイトはアイスブレイクとしての効果があると言えると考える。

マネージメントへの応用

次に身体接触に対する組織のタブーを超えてヒップメイトをマネージメントの装置として利用できるかという問題がある。ワークショップコレクションでのデモ時に、子供にヒップメイトを提示すると抵抗なく使うことが見られたが、成人男性においてはヒップメイトの利用には抵抗があることが見られた。よって、ヒップメイトを実際の企業で人ではなくデバイスとしてファシリテイターの役割をするためには問題がありそうである。

今後の方向性

仮説を証明するためには、プロトタイプの完成度、社会的な実験を行うための理論的な完成度を高めて、社会的な検証を行う必要がある。特に、ヒップメイトをマネージメントに応用するためにはさらなる検討が必要である。理論的な完成度を高めるためには、本論文で取り上げたグループダイナミックスがより、社会的にどのように位置づけられていて、そしてそれが社会システムにどのように組み込まれるべきかということをより詰める必要がある。


主な参考文献リスト

日本的経営

日本経済新聞社. 働くということ: 日本経済新聞社, 2004.

丸山恵也. 日本的経営 その本質と再検討の視点: 日本評論社, 1989.

三輪弘道. 現代社会の人間関係: 黎明書房, 1993.

武田徹. 若者はなぜ「繋がり」たがるのかケータイ世代の行方: PHP研究所, 2002.

グループダイナミックス

デズモンドモリス. ふれあい愛のコミュニケーション. Translated by 石川 弘義: 平凡社, 1993.

フランリース. ファシリテーター型リーダーの時代. Translated by P.Y.インターナショナル  黒田 由貴子: プレジデント社, 2002.

山岸俊男. 信頼の構造こころと社会の進化ゲーム: 東京大学出版会, 1998.

先行的な研究

Angela, Chang, O'Modhrain Sile, Jacob Rob, Gunther Eric, and Ishii Hiroshi. "Comtouch: Design of a Vibrotactile Communication Device." Paper presented at the Proceedings of the 4th conference on Designing interactive systems: processes, practices, methods, and techniques, London, England 2002.

Antal, Haans, Nood Christiaan de, and A. IJsselsteijn Wijnand. "Investigating Response Similarities between Real and Mediated Social Touch: A First Test." Paper presented at the CHI '07 extended abstracts on Human factors in computing systems, San Jose, CA, USA 2007.

Chowdhury, JennyLC. Intimate Controllers a Platform Where Video Games Are Played by Couples Touching Each Other. NYU - Tisch School of the Arts, ITP, 2007, Available from http://www.jennylc.com/intimate_controllers/.

デザインの為の理論

Dourish, Paul. Where the Action Is : The Foundations of Embodied Interaction. Cambridge, Mass.: MIT Press, 2001.

Alan Cooper, Robert Reimann, Dave Cronin About Face 3.0 : The Essentials of Interaction Design. Indianapolis, IN: Wiley, 2007.

佐藤郁哉. フィールドワークの技法問いを育てる、仮説をきたえる: 新曜社, 2002.

プロトタイピング

Tom Kelley, Jonathan Littman. 発想する会社! - 世界最高のデザイン・ファームideoに学ぶイノベーションの技法. Translated by 秀岡 尚子 鈴木 主税: 早川書房, 2002.

Gershenfeld, Neil A. Fab : The Coming Revolution on Your Desktop--from Personal Computers to Personal Fabrication. New York: Basic Books, 2005.

O'Sullivan, Dan, and Tom Igoe. Physical Computing : Sensing and Controlling the Physical World with Computers. Boston: Thomson, 2004.

報告者

見出し

ヒップメイト 対外的な成果

  • ACE2007 demo
    (2007/6/14)
    @オーストラリアザルツブルグ
    Shingo, Yoshida, Osawa Kumiko, Ogawasara Takahiro, and Okude Naohito. "Hipmate: An Entertainment System in the Office." Paper presented at the Proceedings of the international conference on Advances in computer entertainment technology, Salzburg, Austria 2007. 
    (ACM portal link)
  • R0014798R0014817R0014820IMG_4652
  • ワークショップコレクション
    (2007/06/30-2007/07/01)
    @慶應大学三田キャンパス
  • R0015472R0015445R0015420 R0015481

ヒップメイト その他リンク

プロジェクト参加メンバー

  • 政策・メディア研究科 修士 2年
    吉田新吾

  • 環境情報学部 4年
    大澤公美子