2008年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

2009/2/26

研究タイトル 「ヘルスサービス分野のケース教材、学習支援システム開発」

研究代表者 印南一路(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

研究組織  ヘルスサービス研究会 WEB

 

研究課題

 人材の育成が急務となっているヘルスサービス分野(健康・医療・介護・福祉)に関するケース教材の開発およびミニシンポジウムの開催を通して、実践者、政策担当者らの課題解決能力の涵養を図り、現場の実践へのエンパワーメントの一助となることが本研究の目的である。

  作成したケースはWEB上に構築したデータアーカイブを通して公開し、広く共有する。また、WEB上でのインタラクティブ機能の開発も行い、教材利用者とのネットワーク形成および利用支援を行う。また、作成したケース教材の普及とさらなる改良と意見交換を目的に、学外組織との連携をはかるためのミニシンポジウムを複数回開催し、慶應義塾大学内外の研究者および研究室とのコラボレーションと知の共有を通して実践的な課題解決に向けたネットワークを構築する。

本年度の報告

 本年度の活動は、主に次の2点を中心に行った。第一に、ケースの作成と、作成したケースが実用に耐えうるかを判断し、よりよいケースへとリライトしてゆくためのケース検討会の実施である。詳細は以下に記載したように、本年度は4本のケースを作成し、ケース検討会を行った。また、このうち2本は、実際の講義において使用した実績を持つ。

 第二に、ヘルスサービス分野においてのケース利用を行っていくための情報交換と、現在重要な問題をヘルスサービス研究会のメンバーが把握し、今後のケース作成に活かすためのミニシンポジウムを開催した。

 

本年度の報告 詳細1:ケースの作成とケース検討会の実施

 本年度は以下の4本のケースを作成した。以下、ケースの概要を記載する。なお、ケース本文や設問等の付属資料は、すべてヘルスサービス研究会のホームページよりダウンロード可能である。

ケース名 「後期高齢者医療制度をめぐる混乱と新制度の課題を考える」

ケース検討会概要

  • 日時: 5月16日(金) 13:00〜15:00
  • 場所: 慶應義塾大学 SFC デルタS205
  • ケース担当者: 古城隆雄 (政策・メディア研究科後期博士課程)

ケース概要

 今年度から75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度が始まった。しかし、各種メディアの報道によれば、被保険者に対して新しい保険証が届かない状況が起きており、制度の内容に関して患者や被保険者の十分な理解が得られておらず、新しい制度の趣旨や内容に関して不満や批判の声があがっている。このような事態が生じた背景には、どういった問題があったのだろうか。本ケースでは、今回の混乱が生じた背景、制度の内容について議論し後期高齢者医療制度の課題について考える。 なお、今回のケースは、学部生ないし修士学生を対象とした授業で使用することを念頭においており、学生の興味関心を喚起することを目的として作成している。

 

ケース名 「外国人看護師・介護福祉士受け入れ」

ケース検討会概要

  • 日時: 8月1日(金) 14:00〜15:30
  • 場所: 慶應義塾大学 SFC オミクロン18
  • ケース担当者: 渡辺大輔 (政策・メディア研究科後期博士課程)

ケース概要

 深刻な労働力不足、定着率の低下に直面している介護、福祉業界において、外国人労働者の導入は賛否半ばする問題解決策の一つとして議論されている。2008年からは実際にインドネシアからの看護師、介護福祉士候補生が来日しているが、その制度はまだまだ不十分なものであり、また受け入れる側の理解も乏しい。本ケースでは外国人労働者の受け入れの現場における問題とその政策的な解決策を考えさせる教材となっている。

 

ケース名 「介護と仕事の両立支援制度の課題」

ケース検討会概要

  • 日時: 11月19日(水) 15:00〜17:00
  • 場所: 慶應義塾大学 SFC タウ32
  • ケース担当者: 伴英美子 (SFC研究所上席研究員(訪問))

ケース概要

 少子高齢化が急速に進む中、介護と仕事の両立に悩む人が増加している。日本では介護と就業を両立しやすくするため、平成3年「育児・介護休業法」が  施行された。これにより、介護休業制度介護のための勤務時間短縮等の措置導入が事業主に求められるようになった。しかし、数度の制度改正にもかかわらず、日本の介護休業取得実績は1.5%(労働政策研究機構, 2006)であり制度の利用しにくさが指摘され、家族の介護や看護のために離職・転職する人の割合は 増加しつづけている。本ケースでは、介護と仕事の両立を模索する1家族の直面する課題を通し、家族が介護と仕事を両立するための支援制度の 課題について検討する。また、在宅介護を担う家族の様々な課題の理解を深めるために、テレビニュースやドキュメンタリー素材を活用する。

 

ケース名 「都道府県における訪問看護事業の推進」

ケース検討会概要

  • 日時: 2月9日(月) 10:00〜12:00
  • 場所: ルノアール日本橋高島屋前店
  • ケース担当者: 中島民恵子 (医療経済研究機構 研究員)

ケース概要

 在院日数の短縮化、介護療養病床の廃止など施設ケアから在宅ケアへの移行に向けて、訪問看護サービスは重要な役割を果たすと期待されている。しかし、訪問看護ステーションが全国5,000施設で頭打ちになるなど伸び悩んでいる状況である。労働条件の問題などから、訪問看護の担い手となる看護師は慢性的に不足し、人材不足を理由に半年以内に利用希望者を断った経験を持つ事業所は全事業所の40%等、需要に対して供給が不足していると指摘されている。本ケースでは、訪問看護事業所の整備等を推進する立場として、都道府県担当者に焦点をあて、A県における訪問看護の課題を整理した上で、どのような推進策を提案していくことが今後求められていくかについて検討する。

 

 

本年度の報告 詳細2:ミニシンポジウムの実施

 2008年12月15日、慶應義塾大学G-SEC 4Fセミナー室にて「守るべき地域医療とは何か」をテーマに、ミニ・シンポジウムを開催した。
 産婦人科・小児科の閉鎖、救急患者のたらい回し、自治体病院の休止などに代表されるように、現在わが国の地域医療は存続の危機に直面している。背景には、医師不足だけでなく、医師の育成や研修環境の変化、診療報酬制度の改革、医療機関のみならず自治体の財政状況の悪化など、様々な要因が密接に関係していると思われる。地域医療を立て直すには、これらの様々な要因を紐解き、解決すべき課題と原因を理解することが重要である。
今回のミニ・シンポジウムでは、異なる観点から地域医療の問題に取り組まれている2名の専門家をお招きし、地域医療の課題とその解決に向けてディスカッションを行った。シンポジウムの概要は次のようになる。

  • 日程:12月15日(月)15時〜18時 
  • テーマ:守るべき地域医療とは何か
  • ご講演者:
    • 伊関友伸先生 城西大学 准教授 元埼玉県庁職員
    • 堀真奈美先生 東海大学教養学部 准教授
    • 秋山美紀先生 慶應義塾大学総合政策学部 専任講師(HSRメンバー)
  • コーディネーター:印南一路先生 慶應義塾大学総合政策学部 教授
  • 場所:慶應義塾大学三田キャンパス G-SEC 4階 セミナー室

 議論の概要は以下のようになる。
 城西大学経営学部準教授伊関友伸氏は「地域医療の崩壊とその再生方策」のテーマで講演された。自治体病院の経営破綻の事例等を基に、崩壊の原因を、経営側のお役所体質と市民側の不安、無関心と人任せの態度にあることを指摘した。その上で、兵庫県柏原病院の小児科存続の危機にあたって、市民が医師の招へいや親への啓発活動に乗り出した「柏原病院の小児科を守る会」の活動を紹介し、情報提供と住民間の議論により地域医療の再生、ひいては民主主義の再生につながると主張した。
 東海大学教養学部準教授の堀真奈美氏は「イギリスから学ぶ地域医療のありかた」のテーマで講演された。はじめにイギリスの医療保障制度であるNHSの概要を説明し、その後、最近のNHS改革の内容(特に、コミュティケアや医療福祉の地域連携の推進に関して)から、日本でも参考になる点に関して指摘された。最後に、多様に使われている「医師不足」の現状と原因を整理し、医師を養成することだけでは解決策として不十分であること、守るべき地域医療について国民的合意形成が必要であること、将来的には医療サービスへのアクセス管理も必要であることを提案した。
慶應義塾大学総合政策学部専任講師でありHSRメンバーの秋山美紀 氏は、「地域医療を守る -住民がアクターになるためには-」のテーマで講演 した。 千葉県山武・東金地区のNPO「地域医療を育てる会」の取り組みや、宮城県古川地区の「緩和ケアコーディネータ養成講座」の事例を紹介しながら、地域内の異なる立場のアクターが相互の理解と信頼を醸成し協力体制を作ることが重要だと述べた。そのためには、例えば地域連携パス作り、医師教育への住民参加、連続講座やワークショップの開催など、同じテーブルについて議論する場作りが鍵になると論じた。
 後半は1時間のディスカッションを行った。コーディネーターは慶應義塾大学総合政策学部 教授の印南一路氏である。はじめに、3人のプレゼンテーターの発表内容から、議論のポイントになる点について整理がなされた。ディスカッションでは提示された論点を土台に、住民の医療への理解と参加を促す仕組みや、行政の果たすべき役割などについて、
フロアーの参加者も交えて、活発な議論がなされた。
 出席者は19名であった。NPO地域医療を育てる会からも理事と会員が参加し、大学教授、学部生、他大学院の学生など、様々な立場から議論が展開された。

 

今後の目標 〜次年度へ向けて

 本プロジェクトでは、今年度新規に4本のケースを作成し通算10本以上のケースを 作成、WEBアーカイブに公開してきた。今後は、これまでのケースの蓄積を活かし、さらなるケースの開発、蓄積と、ヘルスサービス分野における地方自治体の政策担当者の育成と自己涵養を可能とするショートコースカリキュラム(4,5回程度)の構築を計ることを目指したい。このような具体的なカリキュラムの構想はこれまではそれほど重視してこなかったが、より実践性を重んじるためにも、具体的なコース作成に向けて、さらなる蓄積を重ねてゆきたい。