2008年度森泰吉郎記念研究振興基金研究成果報告書

 

研究課題:スポーツファイナンス

政策・メディア研究科 博士課程3年 伊藤晴祥 haru0416@sfc.keio.ac.jp

 

研究の概要

 現在のスポーツビジネスにおいて興行価値の向上が求められている状況の中で、ファイナンス理論を利用して、その価値の源泉を追求し、価値向上のための政策提言を試みることが目的である。

 具体的には、1.ファイナンス理論を利用して、スポーツ選手の年俸、契約金の価値の合理的算出方法の追求、2.スポーツビジネスにおけるリスクマネジメント手法の構築、3.観客動員数向上のための政策提言4.スポーツの応用としてゴルフ場を取り上げて、ゴルフ会員権価格の合理的評価、近年の外資系ビジネスのM&Aの成果、日本におけるビジネスの有効性を実証し、日本のスポーツビジネスへの政策的インプリケーションを得ることが目的である。

 

研究報告

 1. サッカー選手の年俸評価

 当該研究は、社団法人Jリーグ関係者と共同で研究を進めている。(プロジェクトメンバー:小澤昭彦(Jリーグマネジャー)、竹澤信哉(立教大学)、山田憲司(コトヴェール))

 まず、選手評価において核となる評価要素を特定した。ファイナンスの観点からは、当該選手がいることにより、選手が所属するチームが、どの程度企業価値を向上できたかどうかにより選手評価を行うべきである。選手の貢献は、チームの勝率に貢献ができるかどうかであると考えられるために、個々の選手がどの程度勝率の改善に対して貢献しているか?を基準にして選手評価をまず行った。また、サッカーチームの価値は、興業価値の観点から考えられるべきであり、いかに観客にとって魅力のあるサッカーを提供できているかどうかという点にあるため、必ずしも勝率のみが興業価値を説明するファクターではない。そのために、そもそも勝率の改善が企業価値向上につながるかどうかについて検証を行った。

 

選手価値のイメージ

企業価値⇒勝率⇒選手の貢献度(シュート数、シュートブロック数など)

1. 1993年から2007年のJ1リーグにおける各チームの勝率と1試合当たり平均観客動員数の回帰分析

 

1 J1リーグにおける勝率と観客動員数の回帰分析(1993年~2007年)

 

1 J1リーグにおける勝率と観客動員数の回帰分析(1993年~2007年)

 

 1993年度以降のデータを利用して分析したところ、上述のように有意な関係性が見られた。さらに、決定係数がR2=33%であったことから、収益性の分散の33%が勝率により説明できることが理解され、選手は勝率の向上を通じて、収益性や企業価値の向上にも寄与していると考えることができる。期間を区切ったり、他のファクター(上位、下位チームへの分類、立地条件、入会からの年数)などを考慮したりしたところ、同様に観客動員数と勝率には有意な正の相関関係がみられた。

 現時点では、サッカーチームの勝率と選手の成績との関連性について検証を行っている。これまでに得られた結果としては、1. シュート数が多いチームの方が勝率が高い、2. クロスの本数はあまり有意ではない(クロスの精度が悪いせいか?)3. スルーパスが多いほうが、勝率が高い、4. タックル数が多いほうが勝率が低くなる(しかしながら、タックルをしない方がチームにいいというわけではなく、タックルをせざるを得ない状況に陥ってしまうことが勝率を下げる要因となってしまうと考えられる。)5. クリアの数が多いほうが勝率が低くなる。(解釈は同上である。)以上のように、これらを直接的に選手の貢献度とすることはなかなか難しいが、他の要素(監督の戦術、選手の運動量、パスの正確性など)をさらに考慮することにより、選手の貢献度測定をさらに精緻なものにしていきたい。

 そして、現時点では、松坂投手に関する研究報告(伊藤、内 2007, 伊藤2008)を行っているが、リアルオプションアプローチをベースにオーナーの効用関数および、リスク回避係数を仮定することによって価値算定をおこなった。選手の貢献度を測り、選手一人が企業にもたらすキャッシュインフローを測定できた場合には、同様のアプローチを適用する予定である。

 さらに何チームかのチームマネジャーを対象にして、選手評価のアンケートを行った。アンケートは回収、集計段階であるが、マネージャーの直感をより現実的な評価方法に変えるか、あるいは、その直感を補助するために、サッカー選手評価におけるファクターの整理などを今後も続けていきたい。

 

2.リスクマネジメント方法の構築

 証券化手法、および保険契約を利用したリスクマネジメント手法の構築について議論を進めている。サッカーチームに対象を絞った場合に、最も大きなリスクは選手の負傷のリスクである。試合に出る以上は、そのリスクを被り、主力選手ほどマークが厳しくなることなどによりそのリスクは高くなる。統計によれば、おおよそ1試合当たり、1人がなんらかの負傷(負傷の大小にかかわらず)していることになる。某トルコ人選手が十億円程度の契約をしていながら、負傷により数試合出場したのみで帰国してしまった事例などは記憶に新しい。

 さらに、サッカーは屋外スポーツであるために、天候などにより観客動員数が影響を受けることが考えられる。このようなリスクヘッジをするために、天候デリバティブなどの手法などが考えられる。

 以上のような、リスクをヘッジするために、シミュレーション、回帰分析などの統計的手法を利用して、選手の怪我のリスク、怪我からの回復の期間、選手の年俸、選手の価値などを考慮することより、証券化商品、および、保険契約の価値を算定した。証券化商品、保険契約ともに、プレミアムの設定方法によっては、完全に負傷のリスクをヘッジし、収益性を確保することができた。

 本方法に関しては、実務への応用を検討しており、関係各社(証券会社等)との交渉を進めている段階である。当該方法を実務へ応用する場合には、規模が小さい、1件当たり10億円程度であることや、証券化商品を考慮する場合に、選手のけがの状況によっては、借り受けたお金を完全に返却しない状況が発生するために、詐欺罪等に問われないような、明確な説明が求められるなど様々な問題点が考えられるが、このようなリスクをヘッジすることは、サッカー業界にとってよりチャレンジングな投資を可能にするものであると考えられるために、実用化に向けて積極的に研究活動を進めていきたい。

 

3. 観客動員数向上のための施策提言

 上述の分析に関連して、戦力均衡状態とリーグ全体の観客動員数及び各チームの観客動員数について分析を行った。当然、各チームの勝利数が増加すれば増加するほど、観客動員数は理論的には上昇するので、各チームには、観客動員数を向上させるインセンティブが働くが、他のチームから特に弱小チームから金銭トレードにより有力な選手などを獲得してしまうと、上位チームと下位チームの差が生じてしまうことになる。このような差ははたしてリーグ全体、および、各チームにいい影響を与えるのかどうかについて検証を行った。結果として、均衡状態が高ければ高いほど、リーグ全体のみでなく、各チームの収益性が上昇することが理解できた。緊迫した試合ほど、興業価値の高いゲームを提供でき、さらに、優勝争いが最終戦までもつれた方がより各チームに対して利益をもたらすという含蓄を得ることができた。巨人のような1チーム強いチームがいた方がリーグが盛り上がるという仮説を立てて検証を行ったが、いずれの分析においても有意な結果を得られることができず、やはり、均衡状態を保つことが重要であると考えられる。この考え方は、アメリカのNFLなどと共通の認識である。

 今後の課題としては、EUのチームはスーパースターを多く導入し中には自国選手が出場する機会がない場合もあるが絶大な人気を誇っているチームがある。他方、地元選手のみのチームの編成、スペインのクラブの中には、アスレチックビルバオの様に、トップリーグに所属しながら地元バスク地方出身者だけでチームを構成し地元の多くのファンを魅了しているという事例もあり、これらのうち、どちらが日本のクラブの戦略に合っているのかについても検証をしていきたい。

 

4.ゴルフ場倒産確率に関する研究

 ゴルフ場倒産に関する研究に関しては、2005年より行ってきたが、本年度は、倒産確率と外国企業の経営戦略に関する検証を行った。具体的には、伊藤(2005)をベースとしたロジスティック回帰分析による倒産確率算定モデルを作成し、日本でのゴルフ場シェアが第1位のローンスター(PGGIH)、第2のゴールドマンサックス(Accordia)20091月現在)を採用して、両者の理論的な倒産確率を計算した。倒産確率の算定には、ロジスティックモデル及びマートンモデルにより行った。ロジスティックモデルについては以下にモデル情報を提示してある。

2 ロジスティック回帰分析

 

 上記のように、伊藤(2005)と同様、財務指標(流動比率、無利子負債額(預託金等)、インタレストカバレッジ、売上高成長率、減価償却費)及び、ゴルフ場の指標、会場からの年数、森林コースダミー、インターチェンジからの距離が15キロ以下、最寄りの駅からの距離が20分以下の指標が採用された。上記の表のモデル2を利用して、両者の倒産確率を計算したところ、Accordia0.01%程度、PGGIH1%程度となった。さらにマートンモデルにより検証したところ、Accordia0.02%程度、PGGIH1%程度となり、どちらのモデルを利用してもAccordiaの方が高い倒産確率を示した。実際に両者が日本格付研究所から得ている格付けはBBBであるが、我々の計算結果は異なるものになった。

 以降の分析はまだ学会発表を行っていないが、両者の戦略の差異を分析するために、t検定、財務分析を行ったところ、3年間にわたる分析では、Accordia の方が、回転率(売上高/総資産)が高く、PGGIHの方が営業効率が高いという結果になった。(営業利益/売上総利益)これは、Accordiaが一律に低料金のサービスを提供しているのに対して、PGGIHはコースによっては高級志向であり、プレーフィーや年会費などを高く設定していることが影響していると考えられる。さらに、アンケート調査(GSTARTによる)(総合評価、価格が手頃である、施設が充実している、食事がおいしい、ゴルフ場が難しい、フェアウェイが広い、グリーンが難しい、コースが長い)および、会場からの年数、ICからの距離、駅からの距離を利用して、両者の差異を分析したところ、食事がおいしい、ICからの距離、最寄駅からの距離のみが両者に有意な差があるという結果が得られた。つまり、Accordiaの方が、値段が手ごろであり、ICからも近く、最寄駅からも近いという結果が得られた。ここにも価格戦略の違いが明確に表れており、Accordiaの方が、立地条件に対して厳格であると考えることができる。また、食事の差に有意差は得られなかったが、分散には差があり、Accordiaの方が食事に対する評価のばらつきが多いという結果が得られた。PGGIHはレストランの管理会社を導入しており、このような戦術の差も統計から明らかになった。今後も両者の戦略について分析をして、日本のゴルフ場にとってどのような戦略がふさわしいかについて検証を続けていきたい。

 

発表実績

1., 2., 3., のサッカーチームに関する研究に関しては、発展段階であり、結果がまとまり次第、出版、あるいは学会発表を通して報告をするつもりである。

 サッカーチームの評価理論の基礎となっている研究、松坂投手の評価に関する研究は、FMA Doctoral Student Consortium to be held in conjunction with the Asian Finance Association's (AsianFA) and Nippon Finance Association's (NFA) conference, 2008にて20087月に発表を行った。

4.ゴルフ場倒産確率に関する研究

 本研究は、2008 Western Economic Association にて竹澤信哉氏(立教大学)との共同研究として発表 “Default Analysis of Golf Courses in Japan” with Nobuya Takezawa (Western Economic Association International in Hawaii, 2008)

 

今後の研究

 今後の研究としては、上述のとおり、選手評価モデルを精緻なものにしていきたい。具体的には、計量的な変数のみではなく、質的評価変数をどのように盛り込んでいくかについて検討したい。また、監督、選手、それぞれのチームに対する貢献度を具体的に示したい。監督は戦略、コーチへの指示、選手のトレーニング、出場日程などの考慮など多くの意思決定権を持っており、監督の采配のよしあしが勝率に影響を与えていると考えられるが、監督の貢献度と選手の貢献度を数値化して配分することは合理的な、年俸、移籍金、契約金評価に必要不可欠な要素であり、これらの観点についてもさらに検証を続けていきたい。

 ゴルフ場倒産に関する研究は、さまざまな展開が考えられるが、以上のようにして計算された倒産確率には一定程度の信頼性があると考えられるので、まず、これらを利用したゴルフ場会員権の合理的評価モデルの構築を行いたい。アイデアは伊藤(2006)に示されているが、ゴルフ場会員権をオプションとみなし、さらに、行使したいとおもっても、その権利行使が滞りなく行われない可能性(たとえば、預託金返還がなされないなど)について考慮し、これらのデフォルト確率を考慮したうえで、理論的な会員権評価モデルの構築を行いたい。また、日本には、ゴルフ場が2000以上存在し、世界第2位のゴルフ大国であるが、ゴルフ場の経営戦略について検証された論文は少ない。ゴールドマンサックスや、ローンスターなど海外のゴルフ場が買収を進めていくことにより、規模を拡大し、収益性も既存のゴルフ場よりも高いことは事実であるが、小金井カントリークラブなど、日本の伝統的な、ゴルフ場の収益性が高いことも事実である。このような戦略分析を行うことにより、どのような経営戦略が優れているのか、少なくとも日本には適しているのかについて検証をしていきたい。

 

参考文献

Ito, Haruyoshi and Nobuya Takezawa, 2008, “Default Analysis of Golf Courses in Japan”, Western Economic Association International in Hawaii, 2008 proceedings

Ito, Haruyoshi, 2008, “Was the payment for Matsuzaka rational? Examination by Using Real Options Approach and Esscher Transformation” FMA Doctoral Student Consortium to be held in conjunction with the Asian Finance Association's (AsianFA) and Nippon Finance Association's (NFA) conference, 2008 proceedings

伊藤晴祥, 内誠一郎, 2007, 「松坂投手の移籍金は合理的であったか? ―DCF法、リアルオプションアプローチ、Esscher変換を利用した検証, 日本リアルオプション学会大会予稿集

Ito, Haruyoshi, Nobuya Takezawa and Soichiro Moridaira, “What Determines the Price of Golf Club Membership in Japan?”, International Conference of Asian Association for Sport Management, 2006 proceedings

伊藤晴祥, 2006, 「ロジスティック回帰分析によるゴルフ場のデフォルト分析」, 2005年度政策・メディア研究科修士論文

 

謝辞

 まず、本研究のきっかけを下さった、岡田武史日本代表監督、そして犬養基昭Jリーグ専務理事(研究会発足当時、現日本サッカー協会会長)には、深く感謝申し上げます。快く研究の機会を下さっただけではなく、我々の研究成果についての報告の機会、議論の場を提供していただき、また研究に対するアドバイスをいただけましたことにも感謝しております。小澤昭彦Jリーグマネジャー

には、ご多忙の中、毎月のように議論のお時間をいただきまして、データの提供、実務の観点からの研究への示唆など言葉に代え難いご厚誼を賜りました。さらに、山下則之技術委員長には、技術委員長の観点から、選手評価に関する示唆を多く頂戴しました。さらにデータの収集の際には、データ管理の部の方々に多大なお手数をおかけしました。この場をお借りして御礼を申し上げたいと思います。また、立教大学竹澤信哉教授にもスポーツファイナンスの第一人者として様々なアドバイスをいただき、叱咤激励をいただきました。感謝申し上げます。さらに、コトヴェール山田憲司氏には、岡田監督をご紹介いただき、また、ご多忙の中、実務者の観点から意見を頂戴しまして、多くの有意義な議論をすることができました。ありがとうございました。本研究は、森基金からの支援あって進めることができました。関係者の皆様に感謝の意を申し上げたいと思います。今後も皆様方からのご指導を賜りながら研究活動に邁進していきたいと思っております。