2008年度森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書】

 

n           研究課題名:口コミ情報を用いた中国語圏の消費実態の一考察-日系ケータイの検討

n           氏名:陳怡廷

n           所属:政策・メディア研究科博士課程3

 

n           報告内容:

この研究成果の詳細は、博士学位論文『WEB上のテキスト情報を用いた異なる社会の消費者行動に関する探索的研究』に掲載されています。この報告書は、研究内容を要約して述べます。

 

この研究は、ウェブサイト上に消費者が表出する情報を用いることにより、国際マーケティングにおける探索的な市場調査を効率的に行う方法を提示したものである。

 今日、市場調査における手法は、その多くが仮説検証的な手続きによるものであり、探索的段階での利用が現実的に困難な場合が少なくない。このことは、迅速な意思決定を妨げる主因のひとつとして認識されており、特に、保有する情報の少ない国外市場を対象とする国際マーケティングにおいては、その影響が大きい。

 本研究は、市場調査の探索的段階において、インターネット上のウェブサイトに表出されるテキスト情報を分析することによって、検証すべき仮説の導出をサポートし、確証的な段階への移行を効率的に行うため手法を提案したものであり、序章、および、7つの章からなる。

 

序章では、研究の背景、目的、対象プロダクトと対象市場の選定について述べている。国際マーケティングにおいて、企業が自らとは異なった文化に属する市場に参入する際、探索的な段階での情報収集が困難であることを指摘し、ウェブサイトに表出されるテキスト情報利用の可能性に着眼した。この種の情報を、マーケティング活動に利用する試みは、既にいくつかはなされているものの、国際マーケティングにおいて、探索的な状況にある市場についての仮説導出に有効であり、市場参入にかかる時間を短縮する方法の探求という視点には新規性が認められる。具体的には、中国と台湾を対象市場とし、買い替えの頻度が高く、かつ、自我関与度も高いゆえに、消費者間の情報交換が頻繁になされる携帯電話を対象プロダクトとして選定し、両国での市場占有率の低い日本製機種について検討を行うことにした。

 

 第1章では、本研究が分析対象とする消費者発信型メディア発展の背景と経緯、および、その種類と特徴を整理し、これらを扱った既存研究を検討することによって、本研究の提案する方法が備えるべき要素を同定している。比較的長い歴史を持ち、幅広い層に使われている電子掲示板を分析することの有効性を考察した上で、マクロな視点を用いた研究方法の必要性とそこで用いるべき概念および分析手順を明らかにしている。

 

 第2章では、前章における検討を受け、電子掲示板に関する分析のために本研究が提案する手法を提示している。中国語のテキスト解析のプロセスについて「意味のチャンキング」と「意味図式スクリプト」という日本語テキスト解析の概念を用い、具体事例を用いた解説を行っている。一般には膨大な量の情報を扱うことになるため、テキストマイニング手法を援用する必要があるが、異なる社会や国の言語を自動処理するには、文型の構成や文字表示の違いが障壁となる。本研究では、多言語に対応することを念頭に自動構文解析機能を検討し、テキストマイニング・ソフトウェアの利用方法を独自に考案している。

 

 第3章では、次章で検討する調査データの背景をなす情報として、中台両国における携帯電話産業の概況と消費行動の特徴、および、日本企業による製品の状況についての記述をしている。携帯電話システム、主たるキャリア、先行し市場での地位を獲得しているブランドに加え、日本を含む各国企業の市場戦略を整理している。中台両国を含むアジア地域では、携帯電話の成長期を迎えており競争が激化していること、また、消費傾向として、ブランドの選択行動、考慮される価格範囲、および、携帯電話機能の使用状況を明らかにした。中国ではメディアプレーアー機能に、台湾では通信機能が訴求点となっていること、両国とも3G携帯技術に対する期待が大きい点等を明らかにした。このため、次章においては、2Gから3Gへの移行に関連した口コミ情報を分析の中心として選定している。

 

 第4章では、中台両国における携帯電話向けコミュニティー・サイトからデータを収集し、第2章において提案した手続きによる解析を行なっている。データ収集の対象とした期間は、20059月からほぼ1年間、日本製18機種を対象とし、中国:5,786件、台湾:4,323件のデータを収集した。対象とした製品が多様であったため、1)低価格帯・シンプル機能、2)中価格帯・ミディアム機能、3)中高価格帯・ハイ機能のカテゴリーに分け、それぞれ、コーディング作業を行い、節点の内容と節点間の関連性を記述している。

 

 第5章では、第4章で得られた結果について、市場カテゴリーごとに、諸節点および互いの関連性に表出される要素を検討し内容を考察している。節点の構成と関連性により、1)機能、2)デザイン、3)ブランド、4)キャリアの4項目が見出された。機能では「通信」「プレイヤー」「ディスプレイ」「通話、着信音」「カメラ」「3Gデータ通信」等、デザインでは「製品ボディの模様や外装材の選択」「色の選択」等、ブランド関連では「故障、破損などのトラブル」「製品の製造国」「電磁波のSAR値」等、および、キャリアでは「受話音量や着信音量の変更」「ソフトの更新」「使用言語の対応」等が、今後のマーケティング戦略にもとづいて検証すべきポイントとして見出され、それぞれについて消費者の態度や行動傾向を付加的に記述・考察している。

 

 第6章では、前2章における分析結果と考察に基づいて総合的な討論を行っている。中台両市場について導出された仮説群を、その共通性と相違点に着目し、機能、デザイン、および、ブランドの点から比較を行った。調査前には、比較的情報の少なかった両国の携帯電話市場について、機能では、機能搭載のニーズと要求仕様、および、機能の使用習慣と理由、デザインでは、製品の色、および、製品ボディの模様と外装材の選択、ブランドでは、生産国に関するイメージや使用経験と品質評価の関わりについての仮説を導出でき、確証的な市場調査をどのような内容で行うべきであるかが明確になったことが確認された。さらには、見出された仮説のいくつかについては確証的な検討をあわせて行い、市場調査の探索的段階から確証的段階への迅速な移行が可能となることを確認している。

 

 第7章では、以上から得られた知見を総括し、ウェブテキスト情報による異文化間調査について見出された留意点が整理されている。これは補足的ではあるが、実践的に利用可能な知見として重要である。さらに、本研究で取り上げなかった地域や製品に対する適用を念頭に、本研究が提示した方法のさらなる展開に向けての課題と発展の可能性に言及し論文を結んでいる。

 

以上