「大都市二世の離家行動と家族規範の変容に関する研究」
政策・メディア研究科後期博士課程 丸山洋平
80849263 marucom@sfc.keio.ac.jp
当初の研究計画とは異なり、本年度の研究活動は大都市二世を含む1960〜70年代コーホートについて、全国の人口移動を婚姻属性から分析することに注力する結果となった。
1. 本研究の位置づけ
本研究は、報告者の修士研究の延長上にあるものであり、移動者の家族属性から人口移動を説明することを試みるものである。
1.1 修士研究の内容
我が国は1960〜70年代に非大都市圏から大都市圏への転入超過が急速に縮小する人口移動転換を経験した。これを人口学の中心理論である人口転換理論から説明しようとした仮説に伊藤(1984)1)の提唱した潜在的他出者仮説がある。これは、直系家族規範を前提として、後継ぎとなる長男と層ではない次三男には移動傾向に違いがあると考えて、きょうだい内地位という家族属性に着目し、人口転換によるきょうだい数の減少が移動ポテンシャルを低下させ、人口移動転換を引き起こしたと説明するものである。出生率の低下から人口移動の変化を説明した点で画期的な仮説であるが、その有効性が十分に検討されてはこなかった。
図1:非大都市圏から三大都市圏2)への転入超過の推移
報告者は修士課程にて、この仮説の有効性を検討した。その結果、きょうだい数の多い1940年代コーホートでは仮説が有効であり、1970年前後の人口移動転換の多くを説明できることが分かったが、同時に人口転換後できょうだい数の少なくなる1960年代コーホートでは、仮説の有効性がほぼ失われているということを明らかにした。この研究成果は丸山他(2008)3)、丸山(2008)4)として公表されており、昨年の人口学会大会にて親の移動を考慮した潜在的他出者仮説の検証結果について報告している(報告資料)。
1.2 修士研究から博士研究へのつながり
潜在的他出者仮説では、1960年代以降に生まれた新しい世代の人口移動を説明できなかったが、筆者は人口移動において移動者の家族属性が重要であるという視点は、こうした新しいコーホートにも適応できる可能性があると考えている。伊藤(1984)は家族属性の中でも「きょうだい内地位」に着目していたが、筆者は婚姻属性から人口移動を説明することを試みる。
1960〜70年代コーホートは、1990年代以降に移動率の高い20〜30歳代を経験し、人口移動の中心となる。1990年代後半以降は東京圏の転入超過の拡大が確認されるようになっている。1960〜70年代コーホートは未婚率の急激な上昇を牽引し、少子化を引き起こしているという特徴がある。また、東京圏のコーホート・シェア5)の変化をみると、新しい世代ほどUターンによるシェアの減少が小さくなっており、1970年代コーホートでは20歳代後半以降に人口が再集中するという大きな変化が生まれている(図2)。未婚者は有配偶者よりも移動しやすいため、この変化は未婚者の増加によるものと考えられる。これらを踏まえ、本研究は、1990年代後半以降の人口移動を移動者の家族属性、特に婚姻属性、から説明する仮説を構築し、その有効性を実証することを試みるものである。
これを少し大きな枠組みで捉えると、少子化、すなわち人口の置き換え水準を下回り続ける出生率の低下は、Van de Kaa(1987)6)によって第二の人口転換と呼ばれている、図2に見られる近年の人口移動の大きな変化を第二の人口移動転換と呼べば、本研究は第二の人口転換との関係を明らかにする研究ともいえる。
2. 研究成果
2.1 分析方法
2.1.1 婚姻属性の設定
国立社会保障・人口問題研究所の行った第5回人口移動調査(2001)7)の個表データを独自に集計する。ここで、分析の軸となる婚姻属性を「未婚」と「非未婚」の2つに分類する。未婚は初婚を経験することで有配偶となり、一度有配偶になったものはその後のライフステージにおいて、有配偶・死別・離別のいずれかに属することになる。有配偶・死別・離別をまとめて非未婚とすることで、未婚から非未婚への変化は一度きりかつ一方向のものとなり、婚姻属性による人口移動傾向の違いを把握することが容易となる。有配偶・死別・離別の3分類間でも移動傾向に違いがあると考えられるため、非未婚の移動傾向の意味するものが実態を持たない可能性も考えられるが、本研究が注目する20〜40歳代の非未婚のほとんどは有配偶であるため、こうした指標の脆弱性はかなりの程度回避できていると判断する。つまり、婚姻属性を厳密に分類するために未婚と非未婚としているが、実質は未婚と有配偶の移動傾向の差異を把握する分析であると考えて差し支えない。
2.1.2 婚姻属性による過去5年間の移動の分類
分析では、人口移動調査の「現住所」と「5年前の居住地」に着目する。この2項目が異なる場合、過去5年間の内に少なくとも1回の移動があったということである。その移動が成された時点での婚姻属性を把握することで、未婚と非未婚の移動率の差異を算出する。なお、第5回人口移動調査は2001年7月1日に行われており、過去5年間の移動は1996年7月1日から2001年7月1日の間の移動を分析することになる。しかし、本研究の今後の方針として国勢調査の人口データとの統合を考えているため、この5年間の移動を1995年10月1日から2000年10月1日の間の移動の代理変数として扱う。2つの期間は9ヶ月のずれがあるが、年齢別の移動傾向に差異が生じるほどの違いではないと判断する。報告書内の表記も1995年から2000年の移動で統一する。
1995年から2000年の移動を表1のように分類する。総人口移動数は@〜Cに分類される(年齢、性別、居住地、婚姻属性、初婚時期等の不詳を除いているため、実際の総人口移動数は@〜Cの合計値よりも多い)。
表1:婚姻属性による過去5年間の移動の分類
@2000年に未婚である者の移動
1995年でも未婚であり、移動時点の婚姻属性も未婚である。
A2000年に非未婚である者の内、初婚が1995年以前の者の移動
1995年で既に非未婚であり、移動時点の婚姻属性も非未婚である。
B2000年に非未婚である者の内、初婚が1995〜2000年でかつ初婚直後の居住地が現住所である者の移動
1995年時点では未婚であり、過去5年間に初婚を向かえて非未婚となっている。初婚後の居住地が現住所であるということは、初婚後に移動していないということであり、現住所への移動は未婚時になされている。
C2000年に非未婚である者の内、初婚が1995〜2000年でかつ初婚直後の居住地が現住所ではない者の移動
Bとは逆に初婚後に移動しており、移動時点の婚姻属性は非未婚である。
こうした分類を行った後、@とBの合計を「未婚の移動」、AとCの合計を「非未婚の移動」とする。
2.2 分析結果
5年前の居住地は「現在と同じ住所」、「現在と同じく市町村内」、「現在と同じ都道府県の他の市区町村」、「他の都道府県」、「外国」に分類されており、それぞれを年齢別に分析したために分析量が膨大になってしまった。そこで本報告書では、本研究の目的である東京圏の人口移動の分析につながると考えられる、都道府県間の移動について報告する。これは5年前の居住地が「他の都道府県」である者の移動である。
総人口と20〜40歳代の移動率を性別、婚姻族性別に表したのが図3である。男女ともに20〜30歳代の移動率は非未婚>未婚であり、未婚の方が非未婚よりも移動しやすいという予想とは反する結果が得られた。ただし、総数(未婚と非未婚の合計)の移動率は、20〜40歳代では未婚の移動率の影響を強く受けており、非未婚の移動は全体としては少ない県数に留まっている。
図3:都道府県間移動(1995→2000)
図3で男の移動率を見ると、20〜24歳では未婚>非未婚だが、25〜29歳では非未婚>未婚となっている。仮にこの傾向が東京圏の人口移動にも当てはまるとするならば、20〜24歳で未婚のものが東京圏へ大量に流入し、25〜29歳でも未婚であるものが多く、移動率の高くなる非未婚者が少ないため、全体の移動率が下がり、東京圏に留まっていると考えられる。これは近年の東京圏の転出数の縮小につながっている。女の移動率は20歳代で非未婚が未婚よりも10ポイントほど高くなっており、東京圏に留まる傾向を説明しうる。この仮説を検証するには、東京圏と他地域間の移動について分析することが必要である。
2.3 今後の展望
今後は圏域間移動に着目し、人口移動調査の個表データを再集計して分析を進める。特に、東京圏と他地域間の移動にも、図3のような特徴が見られるかという点について十分な検討を行いたい。未婚の移動が全体に与える影響を明らかにし、少子化時代の人口移動について考察を進める。
<資料:未婚と非未婚の移動件数>
・ 全年齢
・ 20〜24歳
・ 25〜29歳
・ 30〜34歳
・ 35〜39歳
・ 40〜44歳
・ 45〜49歳
1)伊藤達也,1984,「年齢構造の変化と家族制度からみた戦後の人口移動の推移」,『人口問題研究』,第172号,10月,pp.24-38
2)東京圏:埼玉、千葉、東京、神奈川。中京圏:岐阜、愛知、三重、阪神圏:京都、大阪、兵庫、奈良
3)丸山洋平、大江守之,2008,「潜在的他出者仮説の再検討 ―地域的差異とコーホート間差異に着目して―」、『人口学研究』,古今書院,第42号,pp.1-19
4)丸山洋平,2008,「戦後日本人口移動転換 ―「潜在的他出者」仮説の再検討―」,慶應義塾大学湘南藤沢学会
5)コーホートごとの全国人口に占めるある地域の人口の割合。死亡率が全国一律と仮定した場合、シェアの変化は移動の影響を表す。
6)Van de Kaa, Dirk J., 1987, “
7)国立社会保障・人口問題研究所,2001,「第5回人口移動調査」