2008年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究報告書

リン酸化プロテオミクスによる乳癌細胞のシグナル伝達ネットワーク解析

政策・メディア研究科  博士2年  今見 考志

要旨

 細胞の増殖・分化・アポトーシス等の基本的な生命現象は、細胞内シグナル伝達によって時間的、空間的に適切に制御されており、癌や糖尿病をはじめとする種々の疾病はシグナル伝達系の異常によって引き起こされることが知られている。従ってシグナル伝達機構を理解することは基礎となる生命現象や疾病の原因を理解する上で重要である。
 シグナル伝達は細胞膜受容体に増殖因子やホルモン等のリガンドが結合することで開始される。受容体の細胞内ドメインのリン酸化から始まり、細胞質内のシグナル分子(タンパク質)から最終的には核内転写因子までの一連の順序立ったリン酸化反応によってダイナミックに制御されている。従って、どのようなタンパク質がいつどれぐらいリン酸化されるかといった“リン酸化シグナルのダイナミクス”がわかればシグナル伝達機構を理解する上で重要な手がかりとなる。リン酸化反応を検出する手法として、リン酸化特異的抗体を用いたイムノブロッティング法や機能性分子を用いたイメージング手法が挙げられるが、網羅性、抗体・プルーブの種類において限界があり、一度に複数のリン酸化タンパク質を検出することは困難である。一般的に、シグナル伝達は単一経路のみならず複数経路がクロストークを介したネットワークを形成しており非常に複雑である。従ってネットワークレベルでのシグナル伝達機構の理解は従来の手法では困難である。さらにタンパク質レベルではなくリン酸化サイトレベルで活性・機能が制御されているため、リン酸化サイト毎に定量する必要がある。
 一方、近年の質量分析技術と安定同位体標識法に基づく定量法の進歩に伴い、一度に複数(数百〜千)のタンパク質のリン酸化サイトレベルでの定量が可能になり、ネットワークレベルでのシグナル伝達研究が急速に加速している。しかし、リン酸化プロテオミクスの基盤となる分析技術に関しては未だ発展途上である14。特に、タンパク質がいつどれくらいリン酸化を受けるのかを正確に定量する手法が依然確立していない。そこで本研究では細胞種・培養条件による制限を受けない定量法に焦点をあて開発を行った。さらに確立した技術を乳癌細胞の増殖・増殖阻害を司るシグナル伝達ネットワーク解析に応用した。

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