デジタル放送システムにおけるIP伝送性能の検証

政策・メディア研究科 博士課程
片岡 広太郎

はじめに

本研究では、デジタル放送システムを伝送路として構築したIP ネットワークにおいて、 デジタル放送の受信状況がIP伝送性能やTCP などの双方向通信品質に及ぼす影響を検証するうえで 必要となる要素技術について、次に示す3つの視点から検討した。

リンクの受信状況

リンクの受信状況とは、受信する放送波の電界強度やビット誤り率などが挙げられる。 デジタル放送のチューナデバイスがこれらのリンクの受信状況を出力できるようになることを念頭に、 本研究では、Eb/N0をパラメータとして用いて数秒毎にタイムスタンプとともにデータを取得するシステムを 衛星モデムを用いて設計・実装した。

本手法では、衛星モデムをPCから遠隔制御して受信キャリアのEb/N0を取得し、 取得したデータはタイムスタンプとともにデータベースに蓄積され、任意の期間のサマリ出力や可視化が可能である。 本システムはCactiのネットワークモニタリングシステムにおいて独自のSNMPエージェント呼び出すことで実現した。 図1、図2はモニタリングしたデータを3時間、および1週間といった粒度で可視化した結果であり、本手法をデジタル放送システムの受信デバイスに適用することで、リンクの受信状況のモニタリングは容易になると期待できる。

受信リンクにおけるネットワーク層の到達性

デジタル放送システムの受信リンクでは固定長のMPEG-2 TSが伝送プロトコルとして用いられているため、 可変長データであるIPパケットの到達性は連続的なリンクの受信状況に依存して変動する。 本研究では、TCPDUMPによる出力ファイルから、パケットのタイムスタンプと入力パケット長を取り出し、 一方向のパケットの入力間隔や単位時間当たりの帯域消費を解析するプログラムを作成した。

BDL(Bi-directional Link: 地上系ネットワーク)の通信性能

BDL(Bi-directional Link)は、デジタル放送システムを擬似的な双方向通信回線として 使用するためのアップリンクとなる回線であり、WiFiやADSL、携帯通信端末などを使用した ネットワーク接続である。BDLは、デジタル放送システムで構築したIPネットワークで アドレス解決やTCPなどの双方向通信を行う際に必要であり、 遅延やパケットロスは端末がおこなう通信の品質に大きく影響する。

本研究では、移動通信端末としてiPhone 3Gを使用し、 端末が移動した状態での通信品質をパケットロス率と遅延によって検証した。 図3、図4は、鉄道で移動中のiPhone 3Gと SFCに設置されたサーバマシンとの間で3Gパケット通信ネットワークを介して ICMP Echo Request、およびEcho Replyをやり取りした際のRTTを示す。
図3: 相鉄本線 横浜方面 図4: 相鉄本線 海老名方面

RTTは段階的に平均70ms程度が良好な通信状態の遅延であり、悪化すると数百〜数千msに悪化することがわかる。 3Gパケット通信ネットワークの混雑状況や、通信エリアのハンドオーバによってこのような遅延が生じていると考えられる。 その一方で、図中にRTTが描画されない部分はパケットロスを示し、本検証においては図や取得したからデータから パケットロス率は非常に低いということが確認できた。

BDLの遅延はジッタが大きく、数千msと非常に大きくなる場合があることから、 TCPなどの確認応答を必要とする通信の性能は大きく悪化することが予想でき、 高遅延ネットワークで用いられているようなACKの代替応答が有効に機能すると期待できる。 また、ストリーミングなどのリアルタイム通信ではジッタに対応するために、 アプリケーション上である程度大きなバッファを持たせることなども考えられる。

まとめ

本研究では、デジタル放送のチューナデバイスでのシステム開発を念頭に、 デジタル放送の受信状況がIP伝送性能やTCP などの双方向通信品質に及ぼす影響を検証するうえで 必要となる要素技術についておのおの検討した。 各要素技術は、現在ではデジタル放送システムに実装されておらず、 他の伝送システム上での試作にとどまった。 また、これらのシステムではパケットのシーケンス番号やタイムスタンプなど、 時間をパラメータとして一元的に管理しているが、 実際にこれらのシステムを連携させ、データの関連性をより容易に分析できるような 工夫も必要であり、今後の課題である。