平成20年度 森基金 研究者育成費 報告書

2009227

 

研究課題名:「途上国の高齢者グループ活動:「紅徳」を事例として」

研究代表者:渡辺大輔(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程)

 

本年度の活動報告 〜概要

本年度の研究活動は、若干の資金不足と現地機関との調整の不備があり、対象としたベトナムでの調査は行うことができなかった。そこで調査活動として、これまで行ってきた高齢者のグループ活動の国内事例の再調査と、途上国を含めての高齢者グループ活動の先行研究のレビューを行った。また、現代社会において退職という経験が持つ意味がいかなるものであるかについて、本年度の調査だけでなく、これまで蓄積してきた知見を含め、国際発表(2回)と論文執筆(共著論文1本、学位申請論文)を通して広く社会に発信する作業を行った(詳細は「本年度の業績」を参照のこと)。

 

ここでは、国内事例の詳細な分析を行ったことによって、次年度以降の調査において検証するべき仮説を得たことを報告する。本年度は、これまで2年以上にわたって調査を行ってきた退職者を中心としたグループ活動の調査を行い、またこの事例について学会発表と論文執筆を行った。この調査では、エスノグラフィーを記述するための参与観察と半構造型のインタビュー調査を本年も継続して行った。この調査の分析、記述を通して、退職後を生きるという経験が、企業生活を中心とした過去との交渉や仲間しての他者との関わりとの中で生成され続ける営みであることを示した。その上で、竹炭くらぶでの実践は、退職者個々人が自立的な主体として退職後の再編を自己完結的に行うのではなく、互いのペースを尊重し、互いを配慮しあう仲間として他者とのしがらみの中で生活の<ルーティン>の共同的分節を行う実践であることを示し、そのメカニズムを明らかにした。

この当事者が意図せずに生活の<ルーティン>を生成・共有する実践であるという点が、本研究が提起した新しい視点である。これは、個人に準拠し、その生活を個人が自らの責任と資源の利用において構築するという発想へのラディカルな批判を提起するものである。このような個への準拠に還元することのできない「しがらみ」の関係とその実践の意味を明らかにした。

 

次年度以降の調査、研究に向けて

 本年度は、途上国での実例を調査、研究することが適わなかった。そこで、次年度は国内事例に関する執筆を終えたうえで、この知見を現在高齢化の途上にある途上国において適応することがどこまで可能かという点を検証することにある。とくに、個人化がそこまで進んでおらず、また産業転換も人口レベルでみるとまだまだ第1次産業従事者が多いという社会における、高齢者の協働の原理と、その生活の<ルーティン>の構築、それを支える基盤の所在について考察し、日本の事例との比較を試みたい。

 

本年度の業績

  Watanabe, Daisuke 2009 “Creating a Community: Ageing in Urban Japan,” in Umegaki, Michio, Lynn Thiesmeyer, and Atsushi Watabe eds., Human Insecurity in East Asia, New York: United Nations University Press. pp.211-231.printing)(査読あり)<共著>

  渡辺大輔 2009 「高齢化とデザインの現在――IFA 9th Global Conference on Ageing 報告」『長寿社会グローバル・インフォメーションジャーナル』10:20-21.

  Gon, Eiji and Daisuke Watanabe 2008 “Constructing Old Age and Two Emancipations: A Critical Review of Post-war Japanese Social Gerontology”, IFAs 9th Global Conference on Ageing, Montréal, Canada, 2008.9.4-7. (査読あり)

  Watanabe, Daisuke 2008 “Group Activity of Older People and Ambiguity of Work Experiences: The Case Study of Three Retirees in One Bamboo Charcoal Making Club in Japan”, The 6th International Symposium on Cultural Gerontology, Lleida, Spain. 2008.10.16-18. (査読あり)

 

上記に加え、学位申請論文となる「退職者サークルのエスノグラフィー」を執筆し、審査委員会に提出した(学位審査は次年度を予定)。