自律的キャリア開発に基づいた若手社員のリアリティ・ショックの再検討

 

小山健太

(政策・メディア研究科 後期博士課程 1年)

 

 

<概要>リアリティ・ショックとは、若手社員が入社前の期待と入社後の現実のギャップで受ける衝撃のことである。従来の研究では、リアリティ・ショックへの対応として、安定的な組織を前提とし、組織側からのアプローチのみに焦点があてられていた。しかし、現在の変化の激しいビジネス環境を考えると、将来に対して不確実性が高く、個人が主体的にキャリアを開発していくことが求められる。本論では、リアリティ・ショックに対する、個人側からのアプローチについて、既存研究をレビューし、実証研究に向けた仮説を導出した。なお、本報告書は、人材育成学会第6回年次大会での発表論文をもとに、加筆している。

 

 

1.背景

 

リアリティ・ショック(reality shock)とは、Schein(1978)によれば、Hughes(1958)により名づけられ、新卒社員が就職後に受ける心理的な衝撃のことを指す。具体的には、就職前に抱いていた自分の期待・夢と、就職後に仕事・組織の現実に直面して感じるギャップのことである。

これまで、リアリティ・ショックへの対応は、組織側からのアプローチのみに着目されていた。しかし、昨今登場してきている自律的なキャリア開発の視点からは、むしろ個人が主体的に、リアリティ・ショックへの対応していくことが求められる。

そこで、本論では、リアリティ・ショックの対応について、個人の主体的なキャリア開発の視点から検討し、仮説を導出することを目的とする。

 

 

2.リアリティ・ショック及びキャリアに対する視点

 

リアリティ・ショックは、今から数十年も前に認識されていた現象であるが、現在でも存在する。例えば、労働政策研究・研修機構(2007)の調査でもリアリティ・ショックについて報告されている。たとえば、「入社後のミスマッチ。入社することが目的となってしまっており、実際に働いてみて『合わなかった』『こんなはずではなかった』と言う傾向がある」という企業側の認識が紹介されている。

リアリティ・ショックへの対策として、入社前のRJP、及び入社後の組織社会化が有名である。RJPとは、Realistic Job Preview(現実主義的な仕事情報の事前提供)のことである。入社前の時点から、現実の良い面や辛い面もふまえた仕事の様を、できる限り正確に伝えることである。RJPに取り組むことで、(1)入社後の過剰な期待は抑制され、(2)リアリティ・ショックは緩和され、(3)入社後速やかに自分の役割を自覚した。また、(4)リアリズムを追求したからといって、採用実績にマイナスの影響はないという調査結果が報告されている(金井,2002)。

一方、組織社会化は、「個人が組織内の役割を引き受けるのに必要な社会的知識や技術を獲得するプロセス」と定義されている(Van Maanen & Schein, 1979)。Schein1978)では、社会化の諸課題を、(1)人間組織の現実を受け入れる、(2)変化への抵抗に対処する、(3)働き方を学ぶ(組織および職務定義の過多と過少に対処する、(4)上司に対処し報酬システムの仕組みを解明する、(5)組織における自分の位置を定めアイデンティティを開発する、とまとめている。そのために、組織側ができることとして、業績評価、職務の割り当て、昇進などを例示している。

しかし、昨今の規制緩和、IT技術の進歩、頻繁な企業合併などの諸要因によって、組織の安定性は低くなっている。また一方で、転職市場が拡大しており、個人の側も1社で定年まで働き続けるという意識は低下している傾向がある。労働政策研究・研修機構(2007)の35歳未満の正社員に対する調査では、転職意向をもっている割合は71%である。

こうした状況をふまえると、安定した組織を前提とした、キャリア開発の議論は現状に合わないと言わざるを得ない。RJPに関しては、入社前に自社の事実をできる限り伝えたとしても、入社後にまったく予測不可能だった事態が生じる可能性が大いにある。複雑性が高い環境においては、RJPだけでは十分な対策だとはいえない。また、組織社会化の視点についても、個人が受け身的に、組織に適応していては、職務内容が変わった時に、その変化に対応できなくなる。

近年では、自律的なキャリア開発という概念が提唱されている。Wateremanら(1994)によると、「社員がひとつの会社でキャリアを積んでいく時代は終った」とされ、「自分のキャリアをマネージするのは、社員の責任である。社員が自分のスキルを評価し開発するための手段と開かれた環境、そして機会を与えることは、会社の責任である」と指摘している。また、花田ら(2003)は、日常的継続的自己啓発と学習に対する個人の能動的なコミットメントを前提とした「キャリア自律」という考え方では、個人の成長と環境変化を統合していくことが重要であると指摘している。

また、Hall2002)は、キャリア・アダプタビリティという概念を提唱し、変化する組織から求められる役割にその都度対応できる力と、自己のアイデンティティを開発していく力の両者を統合していていく重要性を指摘している。また、キャリア開発に向けた学習は、研修ではなく、日常の仕事の中で学ぶ要素が多いという。

これらの論点をまとめると、組織環境の変化が生じても耐えうるためには、個人が主体的に自らのキャリアを開発していくことが重要といえる。また、組織側は序列や報酬、ローテーションといった組織主導のキャリア開発だけでなく、個人の主体的な取り組みに対してサポートしていうことが、これからは求められる。

しかし、現実的には、個人の側の自律的なキャリア開発は、自己中心的なキャリア開発に陥ってしまう傾向がある。労務行政研究所が行った調査によると、企業が抱いている若年者像として、(1)我慢ができない、粘り強さがない、(2)あいさつができない、(3)コミュニケーションをとるのが苦手、(4)責任感がない、という結果が出ている。その一方で、「興味のあること、得意なことには熱心に取り組む」という点が指摘されており、自分の関心が及ばないことには努力をしない傾向が見受けられる。

そこで、新たに求められる論点としては、「自分のキャリア開発への主体的コミットメント」と「組織・職務へのコミットメント」を両方ともに高くもつ人材を組織の中で増やしていくことである。この視点が、変化の激しい現在のビジネス環境において、また転職市場が拡大している現在、組織にとっても個人にとっても、生き残っていくための戦略になると考えられる。

こうした論点をまとめるために、縦軸を「個人の側のキャリア開発への主体的コミットメントの度合い」、横軸を「組織・職務へのコミットメント」をおくと、4つのタイプに整理することができる。つまり、「自律」:両者ともに高く統合されている。「会社人間」:組織・職務へのコミットメントは高いが、自分のキャリア開発への主体的なコミットメントは低い。安定的な組織を前提としたキャリア開発では、この方法で有効的であったと言える。「自己中心」:自分のキャリア開発へは積極的だが、組織・職務へのコミットメントは低い。「モラールダウン」:両者ともに低く、離職するか、組織に依存的に所属している可能性がある。

リアリティ・ショックへの対応について、自律的キャリア開発の視点から検討してみると、組織・職務へのコミットメントと、個人の主体的なキャリア開発の両方を高めるようなアプローチが必要になる。RJPや組織社会化は、個人の主体的な取り組みの視点が含まれていない、組織側からのアプローチであると言える。リアリティ・ショックに対して、組織側からのアプローチは必要である。しかし、自律的なキャリア開発の視点からリアリティ・ショックの問題の根源は、個人側の認識にあるため、組織側からのアプローチだけでは、十分に解決が図れない。

そこで、次項では、リアリティ・ショックへの対応について、個人側からのアプローチを検討し、仮説を導出する。

 

 

3.仮説モデルの導出

 

個人が危機を乗り切ることに焦点をあてた古典的な研究は、Erikson1950)のライフサイクル論である。Eriksonは、乳幼児期や思春期だけでなく成人期以降も、人間は生涯にわたって発達していくと考えた。その発達のプロセスは階段状で、心理社会的危機を1つ1つ経験することで成長していく。したがって、Eriksonの視点では、危機の存在自体は問題ではなく、むしろ発達のために不可欠な機会であると認識している。

初期キャリアにおけるリアリティ・ショックへの対応を個人側からのアプローチで考えるとき、このEriksonの視点が参考になる。つまり、リアリティ・ショックの存在自体が問題なのではなく、個人がリアリティ・ショックを成長の機会として捉え、自分のキャリア開発に役立てるという視点を持つことができる。

また、同様に個人の発達に視点をあてて、かつ「自己中心」に陥らない論点を提供しているのが、岡本(2007)である。岡本は、成人期のアイデンティティ発達をとらえる指標として「個としてのアイデンティティ」と「関係性にもとづくアイデンティティ」の両方の視点が重要であると指摘している。「個としてのアイデンティティ」には従来から注目が置かれていたが、「関係性にもとづくアイデンティティ」は比較的新しい視点である。

「個としてのアイデンティティ」の中心テーマは「自分は何者であるか/自分は何になるのか」であり、特徴としては(1)分離―固体化の発達、(2)他者の反応や外的統制によらない自律的行動、(3)他者は自己と同等の不可侵の権利をもった存在である。

一方、「関係性にもとづくアイデンティティ」の中心テーマは「自分はだれのために存在するのか/自分は他者の何に役に立つのか」であり、特徴は(1)愛着と共感の発達、(2)他者の欲求・願望を感じ取り、その満足をめざす反応的行動、(2)自己と他者は互いの具体的な関係の中に埋没し、拘束され、責任を負うとされる。

そして、岡本は、両者の関係性を(1)他者の成長や自己実現への援助ができるためには、個としてアイデンティティ達成が前提であり、常に個としてのアイデンティティも成長・発達し続けていることが重要と指摘している。(2)関係性にもとづくアイデンティティの達成により、自分の生活や人生の様々な局面に対応できる力、危機対応力、自我の柔軟性・しなやかさが獲得されるという。

この岡本の視点を、リアリティ・ショックへの個人側からのアプローチについて考えてみよう。まず、「個として」の視点からは、「自分のキャリア開発のために、自分が入社した組織や担当している職務から何を学びとるのか」ということになる。また、「関係性にもとづく」視点からは、岡本の「他者」を組織と読み替えると、「自分は、この組織で役立てるように、どのように成長するのか」という視点になる。そのためには、組織ミッション及びそれに直結している自分の仕事の役割を、自ら積極的に理解するように努める必要がある。ここまでで、以下の仮説を導き出せる。

 

仮説1:組織・担当する仕事がどのような状況であっても、自分の将来的なキャリア開発につながるように主体的に考え行動することが、リアリティ・ショックの軽減に寄与する。

 

仮説2:組織のために役立てるように、どのように自らのキャリアを開発させるかを主体的に認識することが、リアリティ・ショックの軽減に寄与する。

 

しかし、ここで欠けている視点は、個人が自己のキャリア開発を、自分だけで行うことはできないという点である。現時点で自分ができない限界を自分で認識し、他者の助けを得て、自分の能力を広げていくことが不可欠になる。この点は、「関係性にもとづくアイデンティティ」として岡本が指摘している特徴の「裏面」だと言える。つまり、他者から支援されることによって、自己のキャリア開発につなげるということである。この視点から、3番目の仮説を定めることができる。

 

仮説3:他者の助けを得て、自分の能力を広げることで、主体的なキャリア開発を行うことが、リアリティ・ショックの軽減に寄与する。

 

 

 

4.まとめと今後の課題

 

本論は、リアリティ・ショックに対する、個人側のアプローチを検討し、仮説モデルを導き出すことに目的があった。既存の研究をレビューした結果、3つの仮説を導き出した。今後は、この仮説にもとづいて実際に企業で働く従業員に調査を行い、実証研究を行っていきたい。

 

 

参考文献

Erikson, Erik H.・小此木啓吾(1982)『自我同一性 : アイデンティティとライフ・サイクル』, 誠信書房.

Hall, Douglas T.,2002)『Careers in and Out of Organizations, Sage

Schein, Edgar H.・二村敏子, 三善勝代(1991)『キャリア・ダイナミクス』, 白桃書房.(Schein, Edgar H.1978)『Career Dynamics : Matching Individual and Organizational Needs, Addison-Wesley Pub. Co..)

Van Maanen, J.Schein, Edgar H.1979)「Toward a Theory of Organizational Socialization」 『In Staw, B.M. (Eds),Research in Organizational Behavior 1 209-264

Waterman, R. H.Waterman, J. A.Collard, B. A.1994)「Toward a Career Resilient Workforce」 『Harvard Business Review (July-August): 87-95

岡本 祐子(2007)『アイデンティティ生涯発達論の展開』, ミネルヴァ書房.

独立行政法人労働政策研究・研修機構(2007)「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」 

花田光世(2003)「キャリア自律の新展開--能動性を重視したストレッチング論とは (特集 キャリアをつくる)」『一橋ビジネスレビュー 2003年夏号』 51 (1): 6-23

金井寿宏(2002) 『働くひとのためのキャリア・デザイン』, PHP研究所.