2008年度森泰吉郎記念研究振興基金
研究助成金 報告書

丹沢地域のツキノワグマニアリアルタイム衛星追跡実験

土光智子

政策・メディア研究科 博士課程2年


研究チームメンバー

  土光智子(政策・メディア研究科 博士課程2年)

  福井弘道(総合政策学部 教授)

  陳文波(政策・メディア研究科 助教)

(敬称略)


1. 研究概要

富士丹沢地域では、森林の人工的改変や道路の建設などによりツキノワグマの生息地の分断が懸念されている。博士論文の研究全体像としては、富士丹沢地域におけるツキノワグマのためのエコロジカルネットワークの策定と評価を行うことを目標とする。エコロジカルネットワークのコンセプトは、分断された生息地の間に移動経路として緑地帯を設置することで孤立した個体群の移動と遺伝子の交流を促進し、将来の絶滅リスクを低減させるというものである。2007年度は、GPSで取得した位置情報を定期的に衛星に送信するGPS付の衛星システムを共同開発してきた。2008年度は、ツキノワグマの生息地情報が不足し、且つ、準絶滅個体群にも指定されている、丹沢地域において、最新型の衛星追跡装置を用いたツキノワグマ追跡フィールド実験を行う計画であった。2009年は、これらのデータをもとに、移動の障壁となっている原因の特定、移動経路の定量的推定方法開発、エコロジカルネットワークの設置位置の最適化、またエコロジカルネットワークの定量的評価を行う予定である。


2. 研究目的と進捗状況

2008年度は、ツキノワグマの生息地情報が不足し、且つ、準絶滅個体群にも指定されている、丹沢地域において、最新型の衛星追跡装置を用いたツキノワグマ追跡フィールド実験を実施することにより、ツキノワグマの捕獲と、本システムのツキノワグマの首輪への装着をフィールド実験として実施し、年間でクマが冬眠する時期以外の7ヶ月間、定期的に位置情報を取得することを目標とした。以下に本年度の研究成果を報告する。

<研究成果1:ツキノワグマの生体捕獲方法の確立>
ツキノワグマは、学術捕獲用にドラム缶2連式檻を2台用いて捕獲した。捕獲檻は、近年のツキノワグマの目撃及び痕跡情報を考慮した結果、神奈川県清川村宮ヶ瀬湖近辺の広葉樹林帯に設置した。田中式熊捕獲檻は鉄格子を噛んで歯を損傷したり、ときには下顎を列断したりする事故が起きる可能性がある。一方、歯がかからない構造のドラム缶2連式檻は、生体捕獲調査に適している。神奈川県から鳥獣捕獲許可書が発行された後、捕獲檻を2008年7月13日に設置し、猟期開始日である2008年11月15日までに1頭捕獲することを目標とした。檻の中には、蜂蜜を誘餌として準備した。檻には、捕獲通報発信機を取り付けた。通報システムが作動すれば、早急に現場へ直行した。通報がない場合、定期的に最低週1回は目視確認を行った。2008年10月7日、ツキノワグマ1頭が檻に入っていることが確認された。2008年10月8日、ツキノワグマの放獣作業を実施した。まず、ドミトールと塩酸ケタミン混合麻酔による吹き矢注入によりツキノワグマを不動化したのち、ツキノワグマの体の各部を外部計測し、捕獲場所、日時、性別とともに記録し、ツキノワグマ捕獲調書を作成した。捕獲個体は、メスで1歳半、全長約86cm、体重14.5kgであった(「モモ」と命名)。クマの毛と血液をDNA分析のためのサンプルとして採取した(神奈川県自然環境保全センターへ試料提供)。個体識別のための生体認証チップを耳に埋め込んだ。GPS付衛星首輪を装着する予定であったが、捕獲個体の体重が首輪の重量比に対して不十分であったため、断念した。輸液した後、クマが覚醒するまで放置して、捕獲した場所で自然に放獣した。一方で、捕獲檻の見回りと並行して、ツキノワグマのフィールド痕跡を記録した。

<研究成果2:GPS付衛星首輪の精度検証実験>
開発したGPS付衛星首輪は、発信機から気象衛星NOAAに搭載された受信機を介して、6時間に一度、GPSによるツキノワグマの位置情報、測位時間、行動、高度と気温の情報が、サーバーに送信される。ユーザーは、サーバーに蓄積されたこれらの情報を定期的にダウンロードすることが出来る。この移動データをもとに、現地の踏査調査を行い、植物のフェノロジーを考慮したニアリアルタイムのツキノワグマの追跡実験を行う予定であったが、捕獲した個体の大きさが小さすぎたため、ツキノワグマへの装着はできなかった。しかし、ツキノワグマ捕獲事業と並行して、GPS付衛星首輪の精度を検証する屋外実験を実施した結果、GPS付衛星首輪が、ツキノワグマやカモシカ、シカ、ニホンザルなどの陸域哺乳類の追跡装置として有用であることを裏付けるものとなった。

<結論>
本研究では、ツキノワグマの生体捕獲と不動化・放獣の手法を確立することができた。また、本手法は、ツキノワグマの生息密度の低い丹沢地域個体群においても適用可能であることが実証された。今回捕獲した個体は幼獣であり、首輪を装着することは出来なかったが、今後の展望として、本衛星追跡システムを用いたニアリアルタイムのツキノワグマ移動モニタリングシステムを導入したい。

図1 研究対象地域(左:富士丹沢地域、右:丹沢の宮ヶ瀬湖)


図2 ツキノワグマの痕跡調査(左から、クマ棚、爪あと、糞、体毛、足跡)


図3 ツキノワグマの捕獲準備状況(左・中央:檻の設置、右:通報機)


図4 ツキノワグマの捕獲・放獣作業の様子

図5 ツキノワグマの位置データ取得方法

図6 ツキノワグマの首に装備する追跡装置


3. 学会報告

本研究の成果として,本年度は以下の研究発表を行った。うち、慶應義塾大学湘南藤沢学会・第6回研究発表大会では、優秀論文賞を受賞する機会があった

(1) 国内学会発表(筆頭者発表4編)

1. 土光智子 (2008) 「エコロジカルネットワーク必要性アセスメントのための生息地域空間的分布モデリング」、地域自然情報ネットワーク事務局、地域自然情報研究会、環境情報学習センター(エコギャラリー新宿)、東京、2008年10月18日(口頭発表)※講演依頼有

2. Doko T. (2008) Performance of GPS using satellite-tracking system for collared animals, 日本バイオロギング研究会第4回シンポジウム、長崎大学医学部・良順会館、長崎、2008年11月15日-16日(口頭発表)※査読付.研究奨励金獲得
3. 土光智子 (2008)「GPS衛星動物追跡システムの精度検証」、慶應義塾大学湘南藤沢学会・第6回研究発表大会、六本木アカデミーヒルズ40、東京、2008年11月21日(口頭発表)※査読付.優秀論文賞受賞.研究奨励金獲得

4. 土光智子 (2008) 「ツキノワグマの生体捕獲調査方法と衛星追跡システム」、環境情報科学センター、“第22回環境研究発表会”、日本大学会館、東京、2008年11月25日(ポスター発表)

(2) 国際学会発表(筆頭者発表2編)

1. Doko T., A. Kooiman, and A.G.Toxopeus, MODELING OF SPECIES GEOGRAPHIC DISTRIBUTION FOR ASSESSING PRESENT NEEDS FOR THE ECOLOGICAL NETWORKS, The XXI Congress The International Society for Photogrammetry and Remote Sensing, Beijing, China, 3-11 July. (ポスター発表)(Abstract was accepted by peer-review.)

2. Doko T., and Chen W., (2008). 3D visualization of Asiatic black bear’s habitat. Twenty-eighth Annual ESRI International User Conference, San Diego Convention Center, San Diego, California, ESRI, 4-8 August. (ポスター発表)


4. 出版物

1. Doko T., A. Kooiman, and A.G.Toxopeus, MODELING OF SPECIES GEOGRAPHIC DISTRIBUTION FOR ASSESSING PRESENT NEEDS FOR THE ECOLOGICAL NETWORKS, The International Archives of the Photogrammetry, Remote Sensing and Spatial Information Sciences, Vol. 37, Part B4, Beijing, pp.267-276, 2008.(抄録査読付.印刷済)

2. 土光智子 (2008)「ニホンカモシカの生息地域予測モデルと地理的分布」, 環境情報科学, Vol.36(4), 124-125 (事務局長賞を受賞.印刷済)

3. Doko T. (2008). Modeling Asiatic black bear’s geographic distribution. 2008 ESRI Map Book, Vol. 23(ESRI Map Bookに採択.印刷済)

4. 土光智子「ツキノワグマの生体捕獲調査方法と衛星追跡システム」, 環境情報科学, Vol.37(4), 124-125, 2008.(採録決定.印刷済)

5. Doko T. (2008) Performance of GPS using satellite-tracking system for collared animals, 日本バイオロギング研究会第4回シンポジウム講演要旨集「環境変動と大型海産魚類の応答〜バイオロギングの貢献と課題〜」,Vol.4, pp. 17-18, 2008.(印刷済)
(発表審査有.研究奨励金獲得)

6. Doko T. (2008) TESTING ACCURACY OF GPS USING SATELLITE-TRACKING SYSTEM FOR COLLARED ANIMALS, 慶應義塾大学湘南藤沢学会・第6回研究発表大会抄録集(2008年度)、Vol.6, pp. 21-24, 2008.(印刷済)
(発表審査有.優秀論文賞受賞.研究奨励金獲得)

5. 今後の展開

2008年度の成果を引継ぎ、2009年度もツキノワグマ捕獲事業を継続する。学会発表は、5月にイタリアのStresaにて開催されるThe 33rd International Symposium on Remote Sensing of Environment(ISRSE)にて発表を予定している(abstract査読通過)。

T. Doko, Web-based GIS development as a policy making support system for conserving biodiversity: Case study in Fuji-Tanzawa region, Japan, The 33rd International Symposium on Remote Sensing of Environment(ISRSE) Congress, Stresa, 4-8 May 2009.


6. 参考文献

Jongman, R.H.G., Nature conservation planning in Europe: developing ecological networks. Landscape and Urban Planning, 1995. 32(3): p. 169-183.

環境省自然環境局生物多様性センター, 6回自然環境保全基礎調査 種の多様性調査 哺乳類分布調査報告書, 2004. p. 232.

Guisan, A. and N.E. Zimmermann, Predictive habitat distribution models in ecology. Ecological Modelling, 2000. 135: p. 147-186.

「特集 海にもぐる動物の行動をさぐる」岩波書店 科学 vol.73.No.1 Jan. 2003

Bio-logging Science, National Institute of Polar Research, Tokyo 2004


 7. おわりに

本研究は、2008年度森泰吉郎記念研究振興基金(研究助成金)の補助、2008年度 森泰吉郎記念研究振興基金による国外学会発表経費補助、平成20年度博士課程学生研究支援プログラムを受けた。ここにその感謝の意を改めて表明したい。

更に詳しい研究内容を知りたい場合は、土光智子のウェブサイトをご覧下さい。


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