研究成果報告書



原初の建材である火山灰からつくる原初的建築


                                慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

                                               石澤英之



 「火山灰から建築のはじまりを考える」

この根拠なき漠然とした思いが本論考の出発点である。


 いまという時代は、絶対的な根拠とか、そうしたものがほとんど欠落した時代である。建築についても同様で、百花繚乱のポストモダニズム建築の氾濫のなかでは、普遍的な価値観は完全に消失してしまっている。建築のはじまりを考え、描き出すことに、根拠のない時代において建築をつくることの意義を見つけ出したい。


 本論考では、建築のはじまりを、素材のはじまりにまでさかのぼり、火山灰に注目した。火山灰はマグマから直接生成される文字通りに原初の素材である。具体的には、鹿児島県と宮崎県に堆積する火山灰のシラスを扱う。ながらく負の遺産とされてきたものだ。いま、この火山灰からは、左官壁やガラス、コンクリートなど実に様々な利用法が開発されつつある。火山灰を原初の建材と定義し、火山灰シラスや建築の特徴や原初性、可能性を記述していき、建築の生成の原理を探った。フィールドワークや材料調査を行い、原初性として、素材、空間、スケールの3つの図式を抽出した。それらはいずれも、根源的な材料火山灰をつかうことでできる、「つながる」という建築像がイメージされるものであった。さらに、現代建築への応用として、現代建築の3大素材であるコンクリート、ガラス、鉄について、火山灰を混合あるいは塗布することで、現代においても十分建材としてつかえるという可能性を発見した。それらの建材は火山灰がもっている白さや、やわらかさ、安定性が付加されたものになる。そして、コンクリート、ガラス、鉄もすべてとつながっていき、非常に多義的でおおらかな空間へ向かう。よく考えると、火山活動は火山のまわりの大地をつくるばかりでなく、遠隔地にも火山灰やエアロゾルをもたらして環境に大きな影響をあたえる。火山活動は大地、大気、海洋、生命の成立、変遷と深い関わりをもってきた地球の根源的な現象である。その火山活動で噴出される火山灰。その根源的な素材がもし一義的なものであったら、いまの地球のように山があり、川があり、森があり、たくさんの動植物に恵まれる大地にはなっていなかったはずだ。その根源的素材がある特異的な環境におかれることで、その素材それぞれが、次の新しい素材へと分化していく。複雑な環境のなかで自ら条件を設定して自ら解いているのである。原初の建材火山灰はあらゆるものに、素材が分化する以前の状態でどうにでも解釈できる、どうにでも分化していくことができる多義的な素材なのである。だから、当然、その多義的な素材、建材でつくる建築も多義的で広がりのあるものになるだろう。モダニズム建築の延長として、コンクリート、ガラス、鉄の建築は吸収的でやわらかく自然の豊かさが内包された建材、空間に向かう。モダニズム建築に新しい意味合いをもたし、次の新しい建築の生成へ向かう。単なる均質性の反動としての形体の差異に走るポストモダニズム建築の氾濫の中で、素材感の豊かさのある空間へ向かうだろう。原初の建材でつくられる建築はどこにいっても素材的に境界がなくなりスケールフリーのすべてがつながっていく場を生成する。それはロージェが示した図式にもあらわれているように人工物のようで自然のような建築である。土着的で普遍的。複雑的で均質的。そのような両義的な建築。内と外、建築と自然、住宅と都市、ものと空間のような単純な二元論的な手法におちいらず、自然の多様さを多様なまま受け入れ、吸収してしまうおおらかで多義的な建築へ向かう。


 この論考で行いたいことは、根拠のない時代において、時代とかかわりながらも時代に流されない建築の枠組みのようなものを、できるかぎり示すことである。原初の建材、火山灰について記述していくうちに、その枠組みのようなものが、ぼやけながらも見えてきたような気がしている。