文学による社会的現実の主題化 −アニー・エルノーの場合

 

政策・メディア研究科 修士課程二年

大西圭祐

 

現代フランスの女性作家アニー・エルノー(Annie Ernaux 1940-) は、約三十年に及ぶ執筆活動を通じて、フランス社会の「現実」を主題化しようと試みてきた。つまり、フランス社会に依然として存在する文化的な階層差、労働者階層の人々の「老い」、パリ郊外の決して「華やか」ではない風景等を、文学によって認識し、理解し、証言しようとしてきたのである。エルノーは、フランス社会の「現実」のいかなる面に焦点をあて、記述してきたのか。この問いを検討するために、筆者は、エルノーが主題化を試みた社会的現実が、実際にはどのようなものであったかを調査するための調査旅行を企画した。

 

200898日から2008918日まで、筆者はフランスに滞在した。フランス滞在中、イヴトー、リルボンヌ、ルーアン、セルジーを視察し、写真資料を収集した。イヴトーは、エルノーが幼少期から思春期、青年期に渡って過ごした、ノルマンディー北部の小さな地方都市である。(イヴトーにて、筆者はエルノーの家族が住んでいた家のあった場所を訪れることができた。また、エルノーの家族がかつて生活を営んでいた通りに住む人々と、イヴトーの街について情報交換をすることができた。)リルボンヌは、エルノーが生まれた町であり、ルーアンは、エルノーが大学時代を過ごした都市である。またセルジーは、現在エルノーが住んでいるニュータウンである。

 

今回のフィールドワークで筆者が訪れた場所は、ルーアンを除いては、華やかな雰囲気を持つ場所ではなかった。そして筆者は、エルノーの著作は、こういった場所が持つ、決して華やかではない、ある種殺伐とした雰囲気を、十分に表現しえているという印象を持った。またエルノーは、書くことによって、自分が生きた「現実」を認識するという作業を、真摯に行っている作家であるという思いを強くした。エルノーが、自分の生きた「現実」を認識しようとするのは、おそらく彼女が、書くことによる「真実」の探求という試みを重要なものだと考えているからだろう。筆者は2009年度春学期提出予定の修士論文において、今回のフィールドワークの成果を活かしながら、エルノーの二つの文学的企て、書くことによる「真実」の探求と「救済」の試みの全体像を、彼女の著作を年代順に追いながら明らかにしたいと考えている。