2008年度 森基金研究活動報告書
政策メディア研究科修士課程2年
PSプログラム 飯盛研究室・國領研究室所属
80725136 西田みづ恵
「地域における問題発見・解決型人材育成モデルの育成」
1.研究概要
本研究は、アクションリサーチを通じて、地域の課題を発見し解決できる人材を育成するための具体的方策を探究するものである。具体的には、地域の高校生に対するケースメソッド授業(高校生ケースメソッド)において、地域を題材としたケース教材の可能性について言及する。
ケースメソッドとは、「参加者個々人が訓練主題の埋め込まれたケース教材を用い、ディスカッシ
ョンを通して、ディスカッションリーダーが学びゴールへと誘導し、自分自身と
参加者とディスカッションリーダーの協働的行為で到達可能にする授業方法」(木・竹内,2006)である。 すなわち、実例を題材としたケース教材をもとに、参加者全員で協働的に話し合いを進めるディスカッションの方法のことである。
この方法を高校生向けに実践した例は、おそらく私が立ち上げプロジェクトチームが初めてである。そのため、アクションリサーチを用い、実際に取材をして教材を開発し、授業を組み立て、実践し、調査、分析を行うことにより、高校生ケースメソッドモデルの構築を目指し、その中で意義と可能性を見出す探索型の研究を行った。調査方法は、文献調査、インタビュー、アンケートを用い、分析方法には、佐藤郁哉(2008)の質的データ分析法を用いた。
その結果、「高校生ケースメソッド」において、高校生が所属する地域のケース教材を用いることが要因となり、高校生の地域への意識が変化し、行為が起こるのではないか。という仮説を導出した。
本研究の実務的貢献は、地域で主体的に活動する人材をどのように育成するのか具体的方策を示唆できることである。理論的貢献は、従来まで概念的な研究がほとんどであったケースメソッドの先行研究に対し、実践し、データを分析するという帰納的なスタイルをとることで、従来の研究の妥当性を議論できることである。そして、SFCが標榜している総合政策学に少しでも貢献できれば幸いである。
2.研究背景
2.1. 社会的背景と問題意識
バブル崩壊以降、地域では、自治体や企業の力では解決が難しい問題を抱え、その問題を解決するための手段として人材育成のあり方が求められている。例えば、「高校生ケースメソッド」の実践依頼をいただいた高知県西部では、 働く場が少なく、市民が「コミュニティ・ビジネス」を起こしていかなければならないという課題を抱えている。 また、西田(2008)が『「元気村」こう創る』(日本経済新聞社)の原稿執筆のために取材をさせていただいた岩手県川井村では、高齢者の安否確認のためのシステムを開発、運用し、介護や福祉においても 市民が主体的に活動することが課題となっている。
そのような中、文部科学省(2007)は、家庭や地域における教育力の低下を指摘し、中央教育審議会(2008)は、「生きる力」の課題の一つに、その地域の教育力の低下を考慮した政策の必要性を挙げている。 また、経済産業省のキャリア教育においても、次世代の地域産業の担い手確保が重要課題とされている。このように、地域における人材育成の重要性に対する認識が広まっている。
しかし、市民主体の問題解決の成功事例はわずかであり、今後、どのように人材育成を行えばよいのか、その具体的な方策は見いだせていないのが現状である。 特に、社会に出たり、地域を離れたりすることの多い高校生に対する取り組みが少ない。経済産業作用のキャリア教育を担当したコーディネーターの実施校数の合計では、 小学校148校、中学校126校に対し、高校は42校のみである。
2.2.プロジェクトの始まり
このような社会的背景と問題意識の中、2005年、筆者は大学3年生の時、地域の若年層に対する人材育成プロジェクトと出会い、リーダーになる機会をいただいた。それは、経済産業省の「平成17年度地域自律・民間活用型キャリア教育プロジェクト」において、従来ビジネススクールで行われてきた「ケースメソッド」をもとに、高校生対象の「ケースメソッド」を開発するというプロジェクトである。 ケースメソッドとは、「参加者個々人が訓練主題の埋め込まれたケース教材を用い、ディスカッションを通して、ディスカッションリーダーが学びゴールへと誘導し、自分自身と参加者とディスカッションリーダーの協働的行為で到達可能にする授業方法」(木・竹内,2006)である。私たちの仮説は、このケースメソッドが地域活性化の人材育成の具体的な方策の一つとなるのではないかということである。
プロジェクトを開始し、題材の現場へ行き関係者へインタビューを行い、ケース教材の作成に取り掛かった。そして、1962年、日本にビジネススクールのケースメソッドを導入した、慶應ビジネススクール(KBS)のケースメソッド教授法の授業に参加し、ケースメソッドを学び、授業方法を工夫し、「高校生ケースメソッド」のモデルを作成した。その際、高知県の地域の方々や高校にご理解いただき、作成したケース教材を運用させてもらったり、プロジェクト内で試運転したりしながら開発を進めた。
2.3. 高校生ケースメソッド
次に、従来のケースメソッドから工夫して、VITA+が開発してきた高校生対象のケースメソッド「高校生ケースメソッド」について具体的に図や写真を用いながら説明する。
2.3.1.従来のケースメソッドと「高校生ケースメソッド」の流れ
●従来のケースメソッドの流れ
●高校生ケースメソッドの流れ
2.3.2.「高校生ケースメソッド」の進め方
@ケース教材の熟読
具体的には、以下のケース教材を開発した。主に、高校生が所属する都道府県内で起こっている町づくりを題材としたケース教材である。まず、この中の登場人物だったらどう思うか、どう考えるか、また登場人物たちや地域が抱えている問題は何であり、どうすれば解決できるのかを考えながら、ケース教材を熟読してもらう。
●高知県
・「紅葉前に枝打ちされた土道路のプラタナスの木」
・「町と人、人と人をつなぐ道の駅ビオスおおがたの挑戦」
・「20 年目をむかえるTシャツアート展のこれから」
・「NPO法人砂浜美術館」
・「美しき『陸の孤島』で走り続ける森田支配人の挑戦」
●佐賀県
・「鰹ワ美堂本店社長、蒲地桃子の悩み」
・「水町さんの夢と思いが地域を巻き込む」 ・「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」
・「佐賀市の商店街」
●和歌山県
・「世界文化遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』で活躍する語り部」
・「和歌山県初の市民共同発電に取り組む山本さんの挑戦」
・「和歌山市の商店街『ぶらくり丁』のこれから」
Aアイスブレイク
参加者の状況や目的に応じて、どのようなアイスブレイクを用いるのかは異なる。
Bケースのおさらい
ケースの熟読は各個人の作業となるため、読解の程度で差が生じる。ケースメソッドは、事例をもとにディスカッションをするため、事実を把握していなければ、議論に参加することができない。そのため、どの程度理解できているかを探りながら、パワーポイントを用いて事実を確認しながら、ここで、全員のスタート地点を揃える。しかし、この時間が長すぎると、事前に熟読していきている高校生のやる気を損なう危険もあるため、注意が必要である。そのため、クイズ形式にして確認をしていくなどの工夫も行った。
Cクラス・ディスカッション
ここが、ケースメソッドの第一の山場である。主人公や関係者がどのような立場にあり、どのような感情を抱いているのかを考え、自分がその人の立場だったらどうするのかなどを話し合っていくことで疑似体験をしてもらう。また、参加者の意見を聞くことで、様々な意見があること、答えは一つではないことに気づいてもらい、その中で自分はどうするのかを考える訓練の場でもある。大切なことは、ディスカッションをリードする、ディスカッションリーダー(ケースリーダー)は議論の舵取りをするだけで、参加者の意見を評価したり、講義をしたりしてはいけない。
Dグループディスカッション
4,5名のグループを作り、最後の発表に向けて、主人公や関係者、題材となっている地域が抱えている課題を解決するためには、どのようにしたら良いのか話し合う。
Eグループ発表
最後に、話し合ったことを1グループ5分程度発表する。
2.3.3. 教室の配置
「ケースメソッド」の座り方のポイントは、参加者全員が、参加者の顔を見ることができるようにすることである。協働的に話し合いを進めていくために、重要なことである。
2.3.4. 「高校生ケースメソッド」の準備
カメラやレコーダーなどの記録媒体は、研究のデータをとるためである。ケースメソッドの実践自体に欠かせないものは、ケース教材、ティーチングノート、ホワイトボード、名札である。
<高校側に依頼する準備内容> |
<VITA+側の準備内容> |
・プロジェクター ・スクリーン ・延長コード ・机、椅子 ・ホワイトボード ・マーカー、赤、黒、青 ・広用紙(30枚) ・広用紙で使うマーカー ・名簿 |
・教材 *事前に郵送する。カラー両面印刷 ・ティーチングノート ・名札 ・カメラ ・レコーダー ・三脚 ・ビデオカメラ ・スピーカー ・アイスブレイクのBGM ※準備すること ・参加者の名前を覚える ・ティーチングノートの作成 ・プロジェクターに映すパワーポイント資料の作成 |
3. 予備調査
2006年1月、2月に1回ずつ佐賀県の高校生、先生方、地域の方々のご協力をいただき、実践を試みた。さらに、11月には、和歌山県の高校生と先生方のご協力のもと、別の教材でも実践を試みた。以下、2006年度に実践した予備調査の概要とその結果である。高校生の感想は、以下の6つに大別することができた。
4.理論研究
4.1. ケースメソッドの歴史
村本(1982)によると、1908年、ハーバード大学の経営大学院(ハーバード・ビジネス・スクール、以下、HBS)が創設されたとき、初代学部長ゲイが、経営者の養成のため、ハーバードの法科大学院(ハーバードロースクール)において使用されていたケースメソッドの採用を宣言したことに端を発する。つまり、判例研究を用いる模擬裁判などの討論授業から、ビジネススクールに必要な経営事例(ケース)を討議する形式の授業へと導入が試みられたのである。Ewing(1990)によると、実際にHBSの教室で最初にケースが使用されたのは、1912年である。少人数の教授たちの努力によって、ケースメソッドは次第に評価され、多くの事例が集められた。そして、1942年、ケースメソッドがHBSの教育の根幹となる方式であることが、対外的に発表された。その後も試行錯誤を重ね、世界へ広まり、経営教育のためのケースメソッドが日本に入ってきたのは、慶應のビジネススクール(以下、KBS)への導入された1962年である。ここでは、ケースメソッドは、経営能力に必要な実践力である統合力、洞察力、戦略力などを高めるために活用されている。ゲイ学部長の宣言から約100年経った今日では、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの國領二郎研究室、飯盛義徳研究室の他、一橋大学、広島大学教育学部、武蔵大学経済学部、福井大学工学部などで様々な形で展開されている。
一方、経営教育のためではなく、人間関係教育のために、KBSよりも早くに、日本にケースメソッドが入ってきていることが先行研究の中で明らかになった。1958年、日本赤十字社のスタッフ佐藤三郎氏が、1959年には切明慧氏が、ハーバード大学人間関係研究グループの一員であるリントン氏の指導するインドの世界青年会議主催の研修会でケースメソッドを修得し、日本へ持ち帰り、「事例法」と訳して日本赤十字社のメンバーに紹介している。そして、1960年、日本赤十字社の訓練において、初めて高校生対象に事例法が採用された。翌年、1961年から、学校に集まる親の集団PTAを相手に研究が始まった。慎重な計画と厳密な評価を重ね、その都度修正しながら、1963年に、JRC方式(青少年赤十字方式)が定型化している。本来、ケースメソッドは組織体の経営者の訓練であり、成人を対象としたものであった。事例法においても、初回の高校生対象以降は、PTAに適用されていた。しかし、それは、そこで洗練された技術をやがては生徒の教育の場に使用するための前段階であった。教育学者である佐藤氏が組織した全国事例法研究会の事例法の研究は、はじめ学校の教師、PTAという子どもを指導する責任の立場にある成人の再教育への適用から出発したが、そこから拡大し、児童生徒を対象として、小中校のホームルーム、生徒指導、道徳時間の指導、また課外活動における高校生リーダーシップトレーニングセンターなどにも適用できる教育技術として使いうるという仮説のもと何年かの経験と理論化の過程を経て定型化されてきた。
一方、佐藤ら(1964)によると、赤十字社の看護課主催の事例法の研修の修了者が、日本赤十字社以外の看護団体に呼びかけ、看護における人間関係訓練としても展開した。1961年には中国地方看護学院講習会で、1962年には岡山県看護学院支部研修会、看護協会長野支部で採用された。しかし、1978年の吉増の文献以降、事例法の研究や事例は見当たらない。もちろん、筆者の探し方によるものか、力量不足であるともいえる。だが、実際に、現在、高校において「高校生ケースメソッド」を実践している中で、事例法という言葉を耳にしたことがない。本研究は、「事例法」の歴史や展開を追求することが論点ではない、また、事例法がどのような目的で用いられ、どのような特徴があるのかは本研究の文献調査で理解できたため、1978年以降の事例法については今後の研究に託したい。
以上、ケースメソッドに関連する歴史についてみてきたが、佐藤(1969)によると、ケースメソッドは、ハーバード大学において、およそ3回にわたって大きく修正されている。初期には問題法として、中期には人間関係訓練として、70年代には人間関係の面をさらに深めた感受性訓練を加味したものとして三転しているということである。
4.2.2 ケースメソッドの定義
ケースメソッドの定義には、様々な種類のものがあり、その捉え方も色々である。
McNair ed(1954)は、「ケースメソッドなるものを理解するための唯一の方法は、実際のクラス討議で行われることを見てみることであり、数多くの人間がいればそれだけ多くのタイプのケースメソッドが存在する」と説明し、HBSにみられる共通点は、経験の重視、一般論より個別論の重視、「学生が経験すること」の重視の3つであると述べている。佐藤(1969)は、「事例に示された実際にあった人間関係場面の出来事について、事例教師の指導のもとに話し合い活動をしながら、参加者に対して人間関係についての理解や人間に対する感受性を学習させる指導技術、ないし指導方法」である。基本的要素は、ケース、インストラクター、学生の3つ(村本,1982)。ケース教材、受講者相互の討論、「個人予習、グループ討議、クラス討議」の3ステップ、そして講師の役割という4つが必要である(高木,2001)。
そこで、本研究では、従来のケースメソッドを過不足なくまとめていると判断できる、
木・竹内2006の定義を用いる。「参加者個々人が訓練主題の埋め込まれたケース教材を用い、ディスカッションを通して、ディスカッションリーダーが学びゴールへと誘導し、自分自身と参加者とディスカッションリーダーの協働的行為で到達可能にする授業方法」(木・竹内,2006)である。
4.2.3. ケースメソッドの目的
ケースメソッドは上述した経営教育や道徳教育だけではなく、さまざまな場面や目的で活用されている。共通していることは、実践における何らかの問題を解決するための思考能力を鍛えることを目的としていることである。参考までに、以下、数事例紹介する。
●経営教育
・McNair et al. (1954) は、迷路を乗り越えて自分の進むべき道を考え行動を決定、合理化する能力、つまり行動能力の育成であり、特に「経営の直観」や「洞察力」、「判断力」を身につけることができる。
・Ewing(1990)によると、経営というものが知識の蓄えだけではなく、複雑な問題にどうアプローチし、対処するかという実務の訓練としてケースメソッドが適している。
・高木・竹内(2006)は、ケースメソッド教育のそもそもの狙いは、仕事ベースの組織で必要となる統合力の育成にある。
●経営教育以外
・竹鼻ら(2007)は、養護教諭の健康相談活動の力量形成のため。
・櫻井、浅野、川口(2007)は、看護技術における問題解決能力や意志決定能力において基盤となる批判的思考能力の獲得のため。
・安藤(2008)は、教師が普通の子供たちに教えたり、対応したりする過程で出会う問題に対する解決策を探る方法として。
・佐藤(1969)は、小学校の道徳の時間における人間関係訓練のため。
5.本調査
5.1. 予備調査と理論研究の課題
先述した2006年度の予備調査と理論研究は、ケースメソッドの意義を十分に見出すことができていない。なぜなら、木(2001)は、ケースメソッドは繰り返すことにより効果が上がると説明しているのに対し、私たちの予備調査では1回のみの実践であり、繰り返し受けてもらうことができていない。また、理論研究においては、概念的な研究がほとんどであり、実態を明らかにしようとしている研究は稀である。その研究も、感想文を提示するのみで分析まで至っていない。さらに、これらは大人を対象とした研究であり、高校生を対象にした「ケースメソッド」の研究は現在見当たらない。 佐藤(1964)の文献から、1960年に高校生へ1回だけ実践してみたという記述は見つかるが、 内容や成果についての記述は見つからず、それ以降、高校生に対して行われたという事例も見当たらない。
5.2. 本調査の概要
本調査では上述した課題をふまえ、3つの点を考慮し、設計した。
@実際に高校生ケースメソッドを実践し、調査対象事例をつくる。
A繰り返し参加した上でのデータをとる。
Bインタビューとアンケート結果からデータを抽出し、分析を行うという帰納的な研究スタイルにする。
実際には、以下のように3回連続で実施することができたため、この3回を1セットとして調査、分析を行った。
5.3. 調査方法
まず、上記の3回の授業の後のアンケートにより、高校生の感想を聞いた。その3週間後に、ケースメソッドによる変化を聞くため、インタビューを一人約30分ずつ、合計39名に行った。その結果、2種類のデータを採ることができた。一つは、〜だと思った、感じた、考えたという意識を述べているデータであり、もう一つは、実際にこういうことをしましたという行為を述べているデータである。そのうち、分析においては、まず行為を述べているデータを分析し、その後、意識を述べているデータを用いた。 その理由インタビューにおいて、インタビュアーである筆者と信頼関係ができている高校生とそこまでできていない高校生がいたり、自分の意見に自信がなく、筆者の質問の口調の違いにより、途中で考えを変えてしまう高校生がいたりするため、意識を述べているデータは、インタビューという質問調査方法による影響を受け、信頼性が低いと判断したからである。それに対し、行為を述べているデータは、客観的に観察可能なものであるため、信頼性が高い。そこで、まず、行為を述べているデータを抽出し、その後、分析を進めるにあたり、妥当性の高い意識データを補完的に用いることにした。分析方法は、佐藤2008の質的データ分析法を用いた。
5.4. 分析方法
質的データ分析法とは、佐藤郁哉氏(2008)が、質的研究において、物事や出来事について、ただ事象を説明するだけはなく、「なぜそうなっているのか」という問いを出すために用いている方法である。 具体的には、「定性的コーディング」と「事例―コードマトリックス」により、概念モデルの構築を目指すものである。
5.4.1. 定性的コーディング
定性的コーディングとは、 文字テキスト資料の一部である文書セグメントに、単語や短文の形式のコードを割り振ることによって、 データを縮約しながら、豊かな意味が含まれている質的データを扱いやすくする方法である。 それと同時に、いつでも元の文字資料の文脈に立ち戻って参照することもできるようになっている。 また、コーディングを往復させることで妥当性を高めるところが特徴であり、 定量的コーディングと異なるところである。 例えば、定量的コーディングの場合には、男性に「1」、女性に「2」というコードをつける一方向に対し、 定性的コーディングの場合には、Aという文書セグメントに、A´というコードを付けた後、 そのA´というコードが、Aという文書セグメントを示すものになっているかどうかの確認を行う。そして、もし、適していなければ、適しているコードがつけられるまで、それを繰り返すという方法になっている。
その結果、本調査のデータから4つのコード、つまり行為による変化が起こったことがわかった。 それは、「発言するようになった」、「会話をするようになった」、「さまざまな視点で考えを書くようになった」、「物の貸し借りをした」である。
5.4.2. 事例―コード・マトリックス
次に、なぜそのような事象がおこったのかを説明するために、何らかの概念モデルの構築が必要となる。 その際に重要な手掛かりを提供してくれるのが、
事例を縦軸、コードを横軸にして、文書セグメントを位置付ける 事例―コード・マトリックスである。 事例―コード・マトリックスは、質的研究が陥りがちな、事例の特殊性にとらわれて一般的なパターンを見失ってしまう傾向や、少数の事例にもとづく過度の一般化を避ける上で有効な手立てとなると考えられている。
本研究においては、39事例中、行為による変化が起こった事例が8事例あった。イは、インタビューにおける文書セグメントであり、アはアンケートにおける文書セグメントである。これが全て埋まると概念コードが一般化され、概念モデルが構築される。しかし、本研究においてはこのように全てが埋まらなかった。 理由の一つは、調査が探索的で、的を絞ったインタビューやアンケートができていないことにあると考える。 そのため、限界はあるが、本研究は一般的な概念モデルの構築に向けた、探索的な研究である。 そこで、この分析結果から、今後の研究で一般化を目指す際に参考となる仮説を導出することを目指した。
6.結論(仮説の導出)
なぜ、このような行為が現れたのかその仮説を導出するにあたり、行為を述べたデータだけでは規則性が見えてこなかった。そこで、意識を述べていたデータもこの事例コード・マトリックスに当てはめた。その結果、最も妥当性の高い、つまり、このマトリックスに一番多く埋まったコードが、「地域に対する意識の変化」であった。
さらに、なぜ、地域に対する意識の変化が現れたのか、その要因を分析したところ、2つの要素が導出された。 1つは、ケース教材の内容である。 本研究のケース教材には、自分の地域(都道府県)の活動を題材としたケース(自地域のケース)と自分の地域外の活動を題材とした、多地域のケースがある。 行為による変化があった8事例中7事例が、自地域のケースを用いた「高校生ケースメソッド」の参加者であった。
つまり、つまり、結論は、「高校生ケースメソッド」において、発言・会話・多角的記述・貸し借りという行為が起こったのは、自地域のケースでディスカッションを行ったことが要因であり、それにより、地域に対する意識の変化が起こったからであるという仮説である。
7.議論(可能性と限界)
7.1. 可能性
本研究は、文部科学省の「生きる力」の課題である、家庭や地域の教育力の低下を考慮した方策となる可能性がある。例えば、高校外の人材が、高校生の人材育成のために貢献し、協働して地域の人材を育成することで、先生方の負担を軽くすることが考えられる。
経済産業省のキャリア教育で重視されている、地域の産業や職業に対する関心や知識を持ってもらうことにより、次世代の地域産業の担い手を育成する可能性もある。
7.2. 限界
しかし、限界もある。 ケースリーダー、教材、生徒、地域など他にもさまざまな要因があり、 現場の環境や現場の方の思いがある中、可能なかぎり統制を行ったが、 変数を十分に統制した研究設計ができていない。 また、繰り返し実践したが、3回にとどまっている。 調査方法については、インタビューやアンケートで十分に意見を聞くことができていないなどの個人差がある。
さらに、他の教育方法との比較ができていないため、本当に意義を確立するために、他の教育方法との比較により広がりのある研究が必要である。今後の実践に向けて、ケースリーダーの育成体制などが整っていない。
8. 最後に
このような限界はあるものの、3年間で24回の「高校生ケースメソッド」を実践してきた。また、高知県のシンポジウム、神奈川県や石川県、北海道の大学で、「高校生ケースメソッド」についての講演依頼をいただいてきた。その結果、私たちの実践がきっかけで、香川県や福井県で「高校生ケースメソッド」を実践する人が生まれてきている。
まだ、始まったばかりの実践であるが、今、広がっているため、これからさらに研究を進めていく意義があり、本研究の仮説が今後の研究のきっかけになると考えている。
9.参考文献
・安藤輝次(2008)「学校ケースメソッドの理論」『教育実践総合センター研究紀要』、奈良教育大学教育学部附属教育実践総合センター、pp 75-84。
・中央教育審議会答申(2008)「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)」文部科学省。
・Ewing,David W.
(1990)"Inside the Harvard Business School: Strategies and Lessons of
Americas Leading School of Business "Times Books(茂木賢三郎訳『ハーバードビジネススクールの経営教育』TBSブリタニカ、1993).
・飯盛義徳(2006)「第8章信頼形成と資源共有によるプラットフォーム設計」丸田一、國領二郎、公文俊平『地域情報化認識と設計』NTT出版、pp.169-188。
・経済産業省(2008)「キャリア教育ガイドブック」平成19 年度地域自立・民間活用型キャリア教育プロジェクト。
・ McNair, Malcolm P
ed.(1954)"The case method at the Harvard Business School" McGraw-Hill、(慶應義塾大学ビジネス・スクール訳『ケースメソッドの理論と実際』 東洋経済新報社、1977).
・文部科学省公式ホームページ<http://www.mext.go.jp>
・村本芳郎(1982)『ケース・メソッド経営教育論』文眞堂。
・西田みづ恵(2007)「今日も発信・元気だよ!」國領二郎、飯盛義徳『「元気村」はこう創る』日本経済新聞社、pp.118-135。
・櫻井利江、浅野美礼、川口孝泰(2007)「批判的思考能力の獲得のための教育方法--ソクラテス法とケースメソッドの導入 」看護研究40巻1号、医学書院、pp35-43。
・佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法』新曜社。
・佐藤三郎編(1969)『人間関係の教授法』明治図書。
・木晴夫(2001)「ケースメソッドによる討論授業のやり方」『経営行動科学』14(3), 経営行動科学学会、pp161-167。
・木晴夫、竹内伸一(2006a)『実践!日本型ケースメソッド教育』ダイヤモンド社。
・竹鼻ゆかり、岡田加奈子、鎌塚優子(2007)「養護教諭の問題解決に必要な視点と情報の明確化--ケースメソッドを用いた健康相談活動の展開」『日本健康相談活動学会誌』2(1)、日本健康相談活動学会、pp 38-49。
・内山研一(2007)『現場の学としてのアクションリサーチ』白桃書房。
・山根節、根来龍之、山田英夫(1993)『日経ビジネスで学ぶ経営戦略の考え方』日本経済新聞社。
10.研究費の使い道
研究費の大半は、佐賀県の高校に教材を作成し、授業を実践し、インタビューを行うため、東京と佐賀を往復するための旅費に使用した。その他、インク代や紙代に用いた。