2008年度森基金成果報告書


「研究課題名」 微生物を用いたタンパク質高発現システムの構築

「氏名」 中津大貴

「所属」 慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程1年


1. 「概要」 

 本研究では,生育費用,設備費が安く抑えられ,タンパク質の生産単価を低く抑える事ができる微生物を用いた生産システムに注目した.そして,生産システムを幅広いタンパク質に対して適用する場合の課題の1つになっている,タンパク質の基になる多数のDNA配列候補の中から,最適な配列をどのような形で抽出するかという問題の解決を目指して研究を行った.

  具体的には,本研究の先行研究としてモデル生物である枯草菌を用いて構築された,タンパク質をコードする多数のDNA配列の候補からタンパク質高発現に適したものを選択するソフトウェアであるAutomatic Sequence Optimization System(ASOS)を,モデル生物以外の微生物に対しても適用可能なソフトウェアに改良した.これにより,上記の問題を解決するためのソフトウェアのプロトタイプを完成させた.

2. 「背景」 

 タンパク質は,様々な生物種において多種多様な役割を担っている.その中には,オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質,カイコやクモなどの繊維タンパク質,アルツハイマー病の治療薬として期待されるプロスタグランジン合成酵素など我々の生活や産業研究で重要な役割を担っているもの,期待されているものも少なくない[1-4].そして,これらの有用タンパク質の安価での大量生産を実現することは,幅広い利用を促進するには,欠かせないことだと言える.大腸菌,枯草菌や酵母菌といった単細胞の菌類は,真核の多細胞生物であるヒトやマウスの細胞に比べて,比較的簡単な施設で培養可能で,培養にかかるコストや時間も少ないため,今後の有力な大量生産の手法になると期待されている[5-7].しかし,多細胞生物由来のタンパク質をこれらの微生物を宿主として産生しようとする場合,生産効率の極端な低下がしばしば起こることが問題として報告されている[8].また,そもそも宿主細胞で産生量が低いタンパク質の場合,単細胞生物を宿主として大量生産しようとしても,低い産生量しか得られないことが考えられる.これらの問題を解決する手段として,目的タンパク質をコードしているDNAの開始コドンの下流コドンを高発現に適した配列に置換する手法,配列全体のコドン使用頻度を,宿主細胞で恒常的に高発現しているといわれるリボソーマルプロテインなどをコードしているDNAに合わせて,同義コドンに置換するといった手法,同じく同義コドンへの置換によってmRNAの二次構造の自由エネルギーを高くする手法が提案され,実際にタンパク質の産生量の増加も報告されている[9-11].ただ,これらの手法の問題点の1つとして,多数のDNA配列候補の中から,これらの条件を満たすタンパク質量産に適した最適な配列をどのように抽出するかという方法が充分に確立されているとはいえない点が挙げられる.

 本研究では,先行研究としてモデル生物である枯草菌を用いて構築された,タンパク質をコードする多数のDNA配列の候補からタンパク質高発現に適したものを選択するソフトウェアであるAutomatic Sequence Optimization System(ASOS)を,モデル生物以外の微生物に対しても適用可能なソフトウェアに改良することで,上記の問題を解決するためのソフトウェアを開発する事を試みた[12].

3. 「データと手法」 

 ASOSは,@目的タンパク質のアミノ酸配列,DNA配列でのコドン使用頻度,シグナルペプチドの選択に基づいて,設計するDNA配列で使用するコドンの数を決定するA開始コドン(ATG)の下流2-5コドンを,アミノ酸配列と使用するコドンの数を変化させない範囲内で,先行研究で報告された開始コドンの下流2-5コドンと発現量の関係に基づいて,最も発現量が高くなるものに決定するBアミノ酸配列が変化しない範囲で,使用するコドンをランダムに並べてDNA配列の候補を作成するC作成したDNA配列候補の中からmRNAの自由エネルギーが最大になるものを抽出するという流れで,目的タンパク質のアミノ酸配列をコードするDNA配列の中から最適な配列を抽出するシステムである(図1)[13].  そしてプロトタイプでは,DNA配列でのコドン使用頻度はNCBI[14]から取得した宿主となる微生物のリボソーマルプロテインのコドン使用頻度,シグナルペプチドはSwiss Plot[15]から取得したシグナル配列からの選択をデフォルトにして,使用者が任意に設定する形式とした.

  4. 「結果」 

 枯草菌を宿主としたタンパク質高発現に適したDNA配列を選択するソフトウェアであるASOSを改良する事で,20種類以上の微生物(Borrelia burgdorferi,Burkholderia pseudomallei,Clostridium perfringens,Chlamydia trachomatis,Escherichia coli,Helicobacter pylori,Hemophilus influenzae,Mycobacterium tuberculosis,Staphylococcus aureus,Streptococcus pneumoniae,etc)においてタンパク質高発現に適したDNA配列を選択できるようにした.

5. 「今後の展望」 

 今後は,ASOSの有用性の実験的な検証を行なったうえで,一般のユーザー向けに本ソフトウェアの公開を行いたいと考えている.

6. 「参考文献」 

[1] SHIMOMURA, O., JOHNSON, FH. and SAIGA, Y. (1962) Extraction, purification and properties of aequorin, a bioluminescent protein from the luminous hydromedusan, Aequorea. J Cell Comp Physiol, 59, 223-239

[2] http://en.wikipedia.org/wiki/Green_fluorescent_protein

[3] Ayoub, NA., Garb, JE., Tinghitella, RM., Collin, MA and Hayashi, CY. (2007) Blueprint for a high-performance biomaterial: full-length spider dragline silk genes. PLoS ONE. 13,514

[4] Kanekiyo, T., Ban, T., Aritake, K., Huang, ZL., Qu, WM., Okazaki, I., Mohri, I., Murayama, S., Ozono, K., Taniike, M,. Goto, Y. and Urade, Y. (2007) Lipocalin-type prostaglandin D synthase/beta-trace is a major amyloid beta-chaperone in human cerebrospinal fluid. Proc Natl Acad Sci U S A. 104,6412-6417

[5] タンパク質発現受託のトータルサービスー−遺伝子合成から抗体作成まで− タカラバイオ株式会社遺伝子工学研究製品・受託サービス情報

[6] 糖谷大樹 (2003) 組み換えタンパク質発現系の特徴と問題点 東レリサーチセンター THE TRC NEWS No.82

[7] 米田俊浩 近藤恵二 (1996) 構造解析のための蛋白質作成技術−酵母を用いた蛋白質の生産− 構造生物 Vol.2 No.2

[8] Huemmerich, D., Helsen, CW., Quedzuweit, S., Oschmann, J., Rudolph, R. and Scheibel, T. (2004) Primary structure elements of spider dragline silks and their contribution to protein solubility. Biochemistry. 43,13604-13612

[9] Ohashi, Y., Yamashiro, A., Washio, T., Ishii, N., Ohshima, H., Michishita, T., Tomita, M. and Itaya, M. (2005) In silico diagnosis of inherently inhibited gene expression focusing on initial codon combinations. 347, 11-9

[10] Kanaya, S., Kudo, Y., Nakamura, Y. and Ikemura, T. (1996) Detection of genes in Escherichia coli sequences determined by genome projects and prediction of protein production levels, based on multivariate diversity in codon usage. Comput Appl Biosci. 12, 213-225

[11] Kubo, M. and Imanaka, T. (1989) mRNA secondary structure in an open reading frame reduces translation efficiency in Bacillus subtilis. J Bacteriol 171,4080-4082

[12] 中津大貴.(2008) 慶應義塾大学環境情報学部 卒業論文

[13] Ohashi, Y., Yamashiro, A., Washio, T., Ishii, N., Ohshima, H., Michishita, T., Tomita, M. and Itaya, M. (2005) In silico diagnosis of inherently inhibited gene expression focusing on initial codon combinations. 347, 11-9

[14] http://www.ncbi.nlm.nih.gov/

[15] http://au.expasy.org/sprot/

図1 ASOSによるタンパク質高発現に適したDNA配列設計の概念図