自然エネルギー事業への出資における非金銭的投資誘因の可視化

Visualization of Non Monetary Investment Incentive in Investment in Renewable Energy Work

慶應義塾大学 政策・メディア研究科

山田将司

要旨

市民を対象とし、自治体内の自然エネルギー事業への出資における非金銭的投資誘因の特定が本稿の目的である。それを明らかにすることで、幅広い関心層の市民に対して出資の満足を与え、今後の自然エネルギー事業への出資において有意義な示唆を与える。

地球温暖化防止において自然エネルギーが注目されているが、高いコストが原因で資金調達が課題となっている。その課題の対策として、技術的に効率的な発電が行われる自治体内での自然エネルギー事業を対象とし、市民出資による資金調達手法に注目する。自然エネルギー事業は金銭的な利益が少ない。そこで、市民の出資を促すために、お金以外の非金銭的投資誘因である「非金銭的リターン」を高めるという発想をする。そして、非金銭的リターンとは何か?を明らかにしていく。

非金銭的リターンとは「コミュニティへの参加」であるという先行研究を拡張し、コミュニティにも規模感があるという発想をする。そして、非金銭的リターン=環境貢献への関与(グローバルコミュニティ)+地域との連帯感(ローカルコミュニティ)+日常生活の意味づけ(プライベートコミュニティ)」であるという仮説を立てた。そして、自治体内の市民の方が、多くの非金銭的リターンを得やすいことを事例を用いて検証する。 

事例調査を行ったところ、仮説の要素を満たした出資行動の現象が見られた。特に、事業地域内の出資者の方が非金銭的リターンを得やすい傾向が見られた。全国の出資者と比べて地域内の出資者は、「地域との連帯感」や「日常生活の意味づけ」といった地域や自己生活に密接した要素に非金銭的リターンを得やすい傾向が見られた。 そして、最後にこれまで明らかにした非金銭的リターンの要素を具体的にモデル化し、自治体内の市民に対して提案を行い、出資効果のシミュレーションをした。その結果、環境意識の高い人は「環境貢献への関与」を、環境意識の低い人は「地域との連帯感」に投資誘因を感じ、幅広い関心層の市民からの出資を得られることが分かった


1.はじめに(背景)
 現在、地球温暖化の影響が顕著となり、CO2削減が進められている。その中でも、日本は、省エネの成果がひと段落し、それ以外の代替エネルギーの促進に期待されている。特に、自然エネルギーの拡大が注目されているが、高コストが原因となり、導入が進んでいない。
それに対して、ドイツは、市民全体で自然エネルギーにかかる費用を負担して、導入の拡大を進めている(アーヘンモデル)。そこで、本研究では、そのモデルに倣い、幅広い関心層の市民が、自然エネルギーの負担に同意するモデル構築を目的とする。
 そのモデルを構築するために、地方自治体内の自然エネルギー事業に注目し、その資金調達の方法として、市民による出資に注目する。自治体に注目する理由は、送電ロスが少ないためである。送電途中に送電電気の約5%が失われてしまう。日本全体で換算すると、
東京で使用される6割が減少するようだ。また、市民の出資に注目した理由は、アーヘンモデルで市民が出資したように、最終的には市民の負担による自然エネルギーの負担を目指していきたいのが一つ。もう一つの理由は、市民風車の事例にみられるように、

出資にという形態であれば、市民は自然エネルギーに対して出資を行うからである。
 それでは、市民の出資する動機とは何であろうか?市民風車の出資者に対する出資動機のアンケート調査が行われ、その調査では3つの要素が出資の動機として存在していた 。

1.「環境運動因子」

「エネルギーの選択につながる」「地球温暖化を食い止めたい」「原子力に依存しない社会がよい」「市民(NPO)の活動への応援」といった環境運動的な動機付け。 

2.「My 風車因子」

「風車に記名ができる」「自分の風車が欲しい」といった動機付け」。

3.「経済因子」

「寄付ではない」「配当に期待」といった動機付け。


このように、非金銭的な投資誘因が出資に対して存在していた。自然エネルギーは、利益が発生しにくいビジネスのため、金銭以外の非金銭的投資誘因(非金銭的リターン)を活用していくことが、資金調達において重要であると考えられる、
そうすると、非金銭的リターンとはどのようなものがあるだろうか?先行研究から要素を抽出すると、環境貢献というグローバルレベルのテーマコミュニティのリターン、地域貢献というローカルコミュニティのリターン、さらに、個人の生活レベルでの日常生活の質の向上のリターンという要素がありうる。
                     

地方自治体内の自然エネルギー事業への市民の出資における非金銭的リターンの要素特定

 この目的のために、以下の2つを明らかにする。

1.投資誘因となる非金銭的リターンの要素とは何か?(23章)

投資家にとって非金銭的リターンが投資誘因となることは明らかになった。しかし、具体的な要素を明らかにしていないのは、何も定義していないのと同じである。よって、本稿を通して、この要素を高める具体的な方法を明示する。

2.非金銭的リターンを含んだ資金調達のモデルのシミュレーション(4)

 非金銭的リターンを高める要素が明らかになったとして、その要素を活用した資金調達は多くの市民による出資を集めるのに有効に働くのだろうか?非金銭的リターンの要素を含んだモデルを提案し、そのモデルに対する支払意思を市民に調査することで、その効果をシミュレーションしたい。



2.事例調査
2-1おひさまファンド
 

  金銭的リターン

出資した金額によって設置された太陽光パネルによる売電の金額が、金銭的リターンとなる。金銭的リターンは、募集単位で異なるが、一口10万円の場合は10年間で年間利回り2%(10年間で2万円の配当)で、一口50万円の場合は15年間で年間利回り3.3%(15年間で約7.5万円の配当)と設定されている。

  非金銭的リターン

それでは、出資を行った市民の投資誘因とは何であったのであろうか?

おひさまファンドの出資者を飯田市内の出資者と、飯田市外の出資者に分けて、出資者にとって主な投資誘因とは何なのかを聞いてみた
おひさま全国出資者の動機                                  おひさま飯田市民

 


2-2 すまいる市

事例概要

 滋賀県の野洲市では、2001年から地域通貨を活用した資金調達による地域協働太陽光発電所の設置を行っている。以下の図のように、プロジェクトの推進・運営は、NPO法人「エコロカル・ヤス・ドット・コム」(以下,エコロカル)が行い、
市役所がそれをサポートしていくという組織形態である。資金の調達は、市民が地域通貨を購入した金額が太陽光発電に回される。市民がその地域通貨を、加盟企業の購入時に利用できる(買い物額の
5%前後)。なお、企業はすまいる市の取り組
みに加盟する際に、年間
2,000円の加盟寮を支払わなければならない。最終的には、加盟企業が資金を負担する形となっている。



  金銭的リターン

出資した金額に対して、10%分の価値のある地域通貨が金銭的リターンとなる(ex、一口1,000円支払うと、1,100円分の地域通貨を購入できる)。

  非金銭的リターン

 それでは、出資者が得て非金銭的リターンとは何であったのであろうか?

  

 

3-1.分析

全国の出資者よりも、自治体内の出資者のほうが、多くの非金銭的リターンの要素を認識できるため、投資の実感が高いと考えられる。
(表に含むものは、論文本編で扱った事例である:ダイワエコファンド、グリーン電力基金、太陽光設置)
さらに、事例調査から、具体的に非金銭的リターンを高める要素として、以下の可視化の手法が有効であると分かった。

表 提案モデルに含む可視化の手法

環境貢献への関与

@明確性:設置場所の明示
A所有感
:特定の設置場所を選択できる
B成果:地域通貨にCO2削減価値を付加)

地域との連帯感

C地域経済の活性化:地域通貨により地元企業への貢献を実現
D事業者とのコミュニケーション::地元運営体の存在

日常生活の意味付け

E生活用品の購入の意味づけ:地域通貨の利用できる店を地元地域のお店に限定



4−1.モデルのシミュレーション
○おひさまファンドのモデル

                                    支払い意思                         出資動機
おひさまファンドへの出資モデルには、環境意識の高い人のみが、環境貢献のために出資していた。


○すまいる市のモデル





「すまいる市」型の提案モデル1において、「地域との連帯感」および「日常生活の意味づけ」の要素が、環境への関心が高くない層に対して有効な非金銭的投資リターンとなっていることが分かった。
具体的にみると、「地域通貨を用いた地域経済への貢献および生活用品の購入」という要素の可視化が有効であった。




○すまいる市拡張版のモデル



環境意識の高い人は「環境貢献への関与」という概念、および「日常生活の意味づけ」という概念が投資誘因となっていた。その非金銭的リターンが高いため、金銭的リターンが下がった場合でも支払意思を示したと考えられる。

一方で、環境意識を普通と答えた人は、「環境貢献への関与」、「地域との連帯感」という概念が投資誘因となっていた。



 

●今後の展望

これらを踏まえて、今後の地域で自然エネルギー事業を行う場合は、以下のモデルが有効に働くと考える。今後の自然エネルギー事業において、長期売電する主体として、地方自治体に注目した。
しかし、自治体は財政が厳しい状況であり、売電契約を結ぶ際に支払う資金は市民から費用負担が妥当である。そのため、市民が費用負担に納得しなければ、自治体は事業に参加しないだろう。
よって、市民の費用負担を納得させるために、幅広い関心層の市民に対して非金銭的リターンを高める本稿で提示したモデルを用いる。そうすることで、短期的には自治体による自然エネルギー事業が広まっていく。
そして、長期的には、そのような取り組みが広がっていき、市民全体が自然エネルギーに対する費用負担に理解を示していく。それにより、アーヘンモデルのような市民全体で自然エネルギーにおける費用を負担する仕組みに対して、
市民が理解を示すようになり、市民全体で国内での自然エネルギーの普及を進めていく体制が作られると予想する。








参考文献

(1) マルティア・セン 「福祉の経済学財と潜在能力」鈴村興太郎訳、岩波書店、1988

(2) 猪尾愛隆 「コミュニティリターンを活用した資金調達―非金銭的投資誘因の可能性―」 慶応義塾大学政策・メディア研究科、2001

(3) 加藤敏春 「エコマネーの新世紀」 勁草書房、2001

(4) 金子郁容 「ボランタリー経済の誕生 : 自発する経済とコミュニティ」 実業之日本社、1998

(5) 金子郁容 「新版 コミュニティ・ソリューション」 岩波書店、2002

(6) 環境省 「社会的責任投資に対する日米英3カ国調査報告書」、2003

(7) 産業技術総合研所究太陽光発電研究センター 「トコトンやさしい太陽光電池の本」日刊工業新聞社2007

(8) 資源エネルギー庁電力・ガス事業部 「平成18年度 電源開発の概要」奥村印刷2006

(9) 清水浩 「温暖化防止のために 一科学者からアル・ゴア氏への提言」ランダムハウス講談社、2008

(10) 新エネルギー・産業技術総合開発機構 「2003年に向けた太陽光発電ロードマップ検討委員会報告書」、2004

(11) 中尾敏夫 「国内におけるグリーン電力導入の普及可能性について」千葉大学院社会科学研究科、2007

(12) 中島正博 「持続可能な発展のための人間の条件」 大学教育出版、2005

(13) 西城戸誠、丸山康司 「市民風車に誰が出資したのか?−市民風車出資者の比較―」京都教育大学紀要  No.1082006

(14) 本間正明 [ほか]  「コミュニティビジネスの時代 : NPOが変える産業、社会、そして個人」 岩波書店、2003

(15) 平岡 俊一 「地方自治体における市民参加型の地球温暖化対策を推進する仕組みと社会的背景―滋賀県野洲町の事例をもとに―」 立命館産業社会論集第41巻第2号、2005

(16) 古屋 将太 「市民出資による自然エネルギー導入と社会の共進化」 法政大学大学院政策科学研究科、2007

(17) フィリップコトラー  『非営利組織のマーケティング戦略』井関利明監訳、第一法規出版、1991

(18) 森岡 清美塩原 勉本間 康平 「新社会学辞典」 有斐閣1993

(19) 山本良一 「クリーン発電がよくわかる本」東京書籍2005

(20) 山脇直司 「経済の倫理学」 丸善株式会社、2002

(21) 渡邊 奈々 「チェンジメーカー~社会起業家が世の中を変える」 日経BP社、2005

(22) Bandura, A.. Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavior change. Psychological Review, 84, 191-215.,1977

(23) The Worldwatch Institute .RENEWABLE 2005 GLOBAL STATUS REPORT W,2005