森泰吉郎記念研究振興基金活動報告

 

政策・メディア研究科 修士課程2

大磯 光範(80724313

 

 

・研究課題名:「新疆民族問題を巡る中国内外政策と社会変容の相互連関」

 

・活動

  本研究は、近年チベットと並び世界の注視を集めることとなった中国・新疆ウイグル自治区における民族問題を、主に1950年代の中ソ関係との関連よりその近現代史的淵源の端緒を探ることを試みたものである。尚、最終的に「建国初期における中国共産党の新疆統合に関する一考察 ―『伊塔事件』に至る新疆民族政策とソ連要因―」との主題の下、修士論文を作成した。

 

  基金からの研究費による研究活動は、以下の通りである:

 

  @中国上海における調査、資料収集(086月)

   ・復旦大学国際政治系副教授への聞取り調査

   ・上海市档案館及び上海図書館での資料収集等

 

  A中国北京・上海における調査、資料収集(0811月)

   ・中央民族大学ウイグル人学生への聞取り調査、及びマハムード・カシュガーリ生   

    誕1000年記念シンポジウム(中国・トルコ両国政府共催)への参加

   ・国家図書館(北京)及び上海図書館での資料収集

 

  B米国ワシントン特別区における資料収集(093月)

   ・米国立公文書館での資料収集 

 

  報告者の過失により、Aの調査期間に発生した領収書を紛失してしまい、経理報告書類及び報告書を一か月近く遅れての提出となってしまった。湘南藤沢研究支援センター森基金担当各位に多大な迷惑をおかけしたことを、この場を借りてお詫びしたい。

 

・修士論文概要

   本稿は、中華人民共和国建国初期における中国共産党による国家統合への施策を、新疆ウイグル自治区を事例として考察したものである。特に、1962年に発生した「伊塔事件」までの、所謂政治的統合期における中共新疆政策を検証した。

  現在の新疆ウイグル自治区は、最後の封建王朝である清朝中期に中国に編入され、欧米列強による脅威が日増しに強くなる1884年、中国内地同様の省制が敷かれることとなる。近代中国に新疆の重要性を再認識させる契機となったのは、安全保障上の需要によるものであった。それは後の中華民国、そして中華人民共和国に至るまで大きな変化を遂げていない。しかしながら、新疆は中国内地から見れば地理的に辺境に位置し、交通も整備されていないのみならず、宗教・文化面における内地との紐帯も脆弱であり、「中国」という一国家へ編入することは極めて困難であった。それは、同地への本格的支配に乗り出した中華民国期以降、現地少数民族の「反漢」感情と、それを基礎とした絶え間ない反乱より見て取ることが出来る。

 中国共産党は、人民共和国成立以前の百年に渡る「屈辱の歴史」を負い、それを払拭することが国家統合の上でも極めて重要な責務であった。この「重い近代史」は、新疆においても非常に顕著に現れることとなる。このような歴史的要因を背景として、中共は内政上における民族政策、そして外交上における対ソ関係、この2点を主柱として新疆統合を模索していくこととなった。しかしながら、建国初期の中共の新疆政策は「社会主義化」を中核として実施され、その過程は現地少数民族の視点からは「漢化」であると認識され、暴動発生の温床となった。また、近代史を通じこの地に深く浸透したソ連勢力の影響が新疆を統合する過程を一層困難なものとさせた。

 「伊塔事件」はその過程において発生したものであり、建国初期の民族政策と対外関係を結合させたという点において象徴的な事件であった。そして、事件の発生は中共の内外政策に少なくない影響を及ぼすものであった。

 

・論文章建て

序論

   1.研究目的

   2.事例検討

   3.先行研究

 

 第一章 近現代中国の国家統合問題

   第一節 国家統合と民族

   第二節 建国前中国共産党の民族政策の変遷

   第三節 建国後中国共産党の民族政策と国家統合

   第四節 中国の国家統合課題における外交

   小結

 

 第二章 人民共和国前史における新疆情勢

   第一節 中国近代史上における新疆概況

   第二節 盛世才による新疆支配とソ連勢力の拡大

   第三節 少数民族による反抗と東トルキスタン民族独立運動

   第四節 「東トルキスタン共和国」期の民族社会

   小結

 

 第三章 新疆を巡る中国共産党の民族政策

   第一節 穏健的民族政策期における牧業区定住化政策

   第二節 中共の民族政策思想 −民族主義批判から社会主義民族論へ−

   第三節 急進的民族政策期における少数民族社会の変動

   第四節 新疆社会に潜むソ連要因 −教育面より

   小結

 

第四章 「新疆の中のソ連」

   第一節 国家建設、国家統合に対する対ソ関係の需要と障害

   第二節 「内なるソ連」との闘争 −二重国籍者問題

   小結

 

結語 「伊塔事件」の発生と影響