擬似同期を利用した英語教育プログラム
―ニコニコ動画による第二言語習得―
(森基金研究報告書)





概要
 研究成果は修士論文にまとめた。
 本論文では、従来の英語教育を批判的に検討し、文法・訳読型/英会話型の二項対立を崩しつつ、「非同期」/「同期」という枠組みで新たに構築することを試みた。「非同期」と「同期」の境目は線的なものではなく、むしろ大きな隔たりがあることを先行研究を適宜参照しつつ明らかにする。

 「非同期」/「同期」の間にある隔たりを飛躍する手段として「擬似同期(Pseudo-Synchronization)」に着目した。「擬似同期」に着眼点を置いたのは、「擬似同期」(ニコニコ動画)がインプット、アウトプット、及びインタラクションという第二言語習得における重要な認知プロセスを満たしているだけでなく、「非同期」でも「同期」でもない新しい時間性を兼ね備えているためである。「擬似同期」では、「非同期」的な環境にいつつも、あたかも〈他者〉と「同期」する〈かのような〉錯覚が得られる。

 本論文では「擬似同期」環境のインタラクションを「一方的相互交流(One Way Interaction)」と呼び、その存在の証明、及び第二言語学習への有効性を検証した。具体的には、字幕(caption/subtitle)提示と「擬似同期」を比べる実証実験を行った。
 ワーキングメモリー(Baddeleyらの記憶に関するモデルで、視覚的刺激と聴覚的刺激の保持・記憶を統合的に説明するモデル)の考え方によれば、注意資源には限りがあるといい、同時並行的に複数の刺激を与えると、注意資源が分散し、処理効率が低下することが明らかにされている。このため字幕提示でも、映像と字幕のテキストが一致している場合(たとえば映画の字幕)に比べ、映像と字幕のテキストが一致しない場合(たとえばニュース番組)では、注意資源の配分には差があらわれる。
 実証実験では、映像と字幕のテキストが一致した字幕提示と、「擬似同期」とを比較する主観評価のアンケート調査を行った。実験の結果、字幕提示と比べ、「擬似同期」はそれに劣らないばかりか有意な差が認められた。字幕提示は、映像と字幕のテキストが一致するが、「擬似同期」のテキスト(コメント)は映像の内容それ自体に一致するわけではない。テキストは「一方的相互交流」に高く一致していると考えられるのである。このことにより人の注意資源を効率的に消費する「一方的相互交流」の存在は立証される。「非同期」から「同期」への橋渡しとしての機能「一方的相互交流」は、これからの英語学習教育において有効な手段であるという結論を得た。