2008年度 森基金 コラボレーション型研究支援資金報告書
持続可能なオープン無線の技術とビジネス・社会モデル統合設計
研究代表者 慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科
國領 二郎
報告書作成 環境情報学部 三次 仁
1. 研究の目的
誰でもが無線を活用したアプリケーションを提供できる「オープン無線」環境提供の、技術とビジネス・社会の統合モデルを研究する。有線通信の分野では、インターネットの登場により、かつて通信キャリアだけでなく、誰でもが新しいサービスやコンテンツを提供できるようになった。ところが、無線の世界では、いまだに高機能のサービス(例えば映像配信)は、キャリアしか新しいサービスを提供できない。最近の無線技術の進化を取り込むことで、無線の世界でも、誰でもがリッチなコンテンツ配信や、新奇なアプリケーション提供ができる環境構築が可能である。ただし、技術的に可能であるというだけでは不十分で、そのような通信環境を、事業的に維持可能としなければならない。また、有害な情報の配信を防ぐ社会ルールなども必要である。本事業は実際にオープン無線環境を動かしつつ、持続可能なオープン無線技術・ビジネス・社会モデルの確立を目指す。
2. 事業計画
2008年度はビジネススキーム、ビジネスモデルとネットワークシステムの基本設計を行うとともに、自治体や関心を持つ企業とのアライアンスによって実ネットワークを構築すべく準備を進める。2009年度の前半は実プラットフォームの構築および試験運用を行うとともに、装置の相互接続性、サービスの実現性について検討を行う。ネットワークに関してある程度の技術的な確認が取れた段階(2009年度後半見込み)でパイロットアプリケーション等を用いて、ビジネスモデルや社会受容性に関する実験を自治体・企業とともに行う。2010年以降には、それまでの実験結果を踏まえ、サービスを広域化するためのビジネスモデルおよびネットワークデザインを見直し、サービスを広域化する。なお期間全般にわたり研究資金については、本ファンドに加えて大学を含めたアライアンス体制を構築し資金調達をすることも視野に入れている。
3. 研究成果(2008年度)
藤沢市(神奈川県)は通信インフラがよく整備した地域であり、一般的な意味でのブロードバンドゼロ地域はすでにない(図 1)。
図 1 神奈川県のブロードバンド整備状況(全国地域情報化推進協会資料)
しかし一旦、住居や職場を出ると、広域無線ネットワークとしては携帯電話あるいはPHS、衛星通信、将来的にはUQコミュニケーションズやウィルコムが提供するBWA(Broadband Wireless Access)しかないことが現実である。人と人の通信だけを考えるのであれば、ブロードバンドと既存の無線ネットワークあるいはBWAで十分かもしれない。しかし、それだけでよいのであろうか?
インターネットや移動通信の発展により、情報を広く公開したり、情報のありかを検索したり、個人と個人を接続することは、20年前は言うまでもなく、たとえば5年前と比較しても飛躍的に容易に、かつ安価にできるようになった。場所に関わらず電子メールをやりとりすることはできるし、携帯電話は、相手が世界のどこにいるかがわからなくともかけることができる。これは、通信の目的地(エンドポイント)を“人”と定義し、その人がいる場所や、状況とは関係なく通信を成立させようとしてきた“個”指向(いつでも、どこでも、誰とでも)の技術開発が追い求めてきたひとつの未来図である。デジタル・ディバイド解消などの目標に向けた施策も、この理想の実現に向けて行われている。そして、遠くない未来に目標は達成されるのであろう。では、それだけでよいのだろうか。足りないピースはないのだろうか?
都市部ではブロードバンドゼロは解消されているにも関わらず、日々の生活でパソコンや携帯電話を手にとってもわからないことやできないことはたくさんある。たとえば部屋に忘れた書類を誰かに読み上げてもらいたい時、隣の部屋に“今”いる人を誘って食事に行きたい時にPCや携帯は役に立たない。次に来るバスがすでに満員で乗れないのか、通勤途中で行き過ぎる店舗の中で前から欲しかったものが安売りしているのかも知ることはできない。職場や学校に行くバスを待っている行列があるのかどうかも、バス停まで行って見なければわからない。人と人のコミュニケーションはもちろん大切だし、今後も必要だ。しかし、それとは別に、場所(あるいは場所にあるという条件の人・モノ)へのコミュニケーション手段が必要なのだ。場所と場所の通信に関しては、従来のデジタル・ディバイド解消施策の延長だけでは実現することはできない。まったく異なるアプローチの斬新なアイデアが必要である。
こうした場所へのコミュニケーションは広域無線通信をうまく使いこなすことで実現できる。無線通信では電波が到達する範囲内にあまねく情報を配信、収集することができる。技術的なチャレンジはたくさんあるが、無線通信をネットワーク技術と組み合わせ、地理的に隙間なく配置できれば、場所へのコミュニケーションが実現できる。広域の無線ネットワークは従来、通信キャリアが端末から無線装置、ネットワーク、場合によってはアプリケーションも含む垂直統合モデルで提供してきた。しかし最近ではオープンアーキテクチャで実現できる国際標準が作成され、電波法令が整備され、製品を使うことができるようになっている。代表がWiMAXである。オープンアーキテクチャの無線技術を使って、場所と場所をつなぐ通信インフラを作り、地域や自治体を中心に自由な情報流通を実現することが、新しいデジタル・ディバイド解消である。
駅に向かうバス停に並んでいる人や、駅で待ち合わせをしている人に対して、即時性や地域性のある情報を流すことは現在のネットワークで実現することは難しい。前述したように通信のエンドポイントが原則として人や既知の端末であるためである。たとえば格安ランチの案内、近所のスーパーマーケットや店舗のタイムサービス、学校の行事情報など、地理的に近い範囲であるからこそ重要度や価値が高まる情報を配信する仕組みと、配信する情報を簡単に作成し、リアルタイムに近いタイミングで送り出すことができる仕組みをつくれば、誰でもが簡単に場所・時間指定の広告を出すことができる。これをマイクロサイネージと呼ぶことにする。マイクロサイネージへの期待例を図 2に示す。
図 2マイクロサイネージへの期待
富士キメラ総研の調査ではデジタルサイネージの市場規模は2007年は571億3000万円、2008年は前年比13.6%増の649億1000万円、2010年には、779億4000万円になる見込みである。この原動力となっているのは、フラットパネルディスプレィの普及およびデジタル通信インフラの普及と、それに伴う低廉化といわれている。たとえば2000年ごろには50型のプラズマディスプレィは1台100万円以上していたが、今では20万円を下回ることもある。デジタルサイネージの中でも成功例といわれているのが、Q’s EYE (渋谷)、山手線トレインチャネルである。Q’s EYEは一日の平均通行人数が30万人、待ち合わせや交差点などで平均90秒間、「滞留せざるを得ない」場所である。山手線は1週間の平均利用者数が2230万人、平均乗車時間は12分のやはり「停留せざるを得ない」場所である。
一方、少なくとも現時点では、デジタルサイネージの提供はディスプレィが設置されている場所(たとえば建物とか、電車)の所有者がサービスとして提供していることが多い。このため地域を網羅するため複数の場所(たとえば電車とバス、街角で連携するサイネージ)に対して戦略的に広告を提供したいときには、それぞれのディスプレィの所有者と契約することになる。この契約作業や、それに伴う説明等はとくに小さな店舗にとっては大きな負担となる。
デジタルサイネージを使うためには、所定の手続きが必要となり、マイクロサイネージで実現を狙っているさまざまな場所への提供やリアルタイムに近い広告提供は難しい。たとえば前出のトレインチャネルでは広告主が映像をJR東日本企画(恵比寿)に持ち込み、そこで所定の映像フォーマットにエンコードされる。データ化された映像情報は山手線3駅、中央線5駅、京浜東北線8駅で、電車へミリ波デジタル伝送を用いて無線伝送される。受信されたデータは同軸ケーブルによるアナログ伝送で各車両に伝送される。広告料金は一般の商店が利用することが難しい価格設定となっている。たとえば、山手線トレインチャネルの1週間スポット料金は上期(4-9月分)で300万円、長期スポット(26週間)では9760万円である。これでは、地域の店舗や各種団体が簡単に広告を出稿することはできないし、出稿の手順や契約形態からしてリアルタイムに近い情報を提供することもできない。
慶應義塾大学SFC研究所は平成21年1月にマイクロサイネージへの準備として、NTTレゾナント社と共同で、ダイナミックデジタルサイネージ実験を実施した。この実験では大学からの最寄駅(小田急線・相鉄線・市営地下鉄線 湘南台駅)付近の、13店舗飲食店の広告を大学内に設置したサイネージ端末に配信した。
図 3 SFCデジタルサイネージ実験の様子
このうち7店舗(飲食店)への実験後のアンケート集計結果を図 4に示す。ほとんどの店舗はグルメページなどで紹介されているものの、自らは広告を出していない。しかし、ターゲットを地域(この場合に学校)に絞ることは、気軽に広告を流せるという点でおおむね好評であり、有料であっても続けたいと回答する店舗も約半数いる。この結果から、出稿料金が手ごろであり、手間がかからないのであれば、ローカルコンテンツをターゲットとしている地域内に提供したいというニーズは顕在していること、また適切な提供方法をとればローカルコンテンツを取得したいニーズも同様に顕在していると考えられる。
図 4 SFCデジタルサイネージ参加店舗への実験後ヒアリング結果抜粋
以下の4局基地局を設置について検討した(緯度経度は世界測地系 WGS84).。
表 1 Phase 1の基地局位置
|
緯度 |
経度 |
標高/ 基地局高さ |
慶応SFC局 |
35.3884 |
139.4263 |
30m / 20m |
南大山局 |
35.3926 |
139.4467 |
34m / 20m |
湘南台局 |
35.3983 |
139.4695 |
40m / 20m |
江ノ島西浜局 |
35.3084 |
139.4812 |
0m / 20m |
JIS X 0410地域メッシュコード第2次地域区画地図5339-03(湘南台地区:慶応など)と5239-73(江ノ島地区)から10mメッシュの標高データを取得して計算を行った。参考に慶応SFC局と江ノ島西浜局を中心とした2km四方の標高を図 5に示す。
図 5 標高データ
標高を伝搬係数に含めた伝播損を算出するために、基地局、移動局に標高オフセットが加わったとして計算を行った。周波数はReuse Factor3のFFR、MIMO、STCは考慮せずにCINRを求めている。基地局のアジマス方向アンテナパターンは予備検討と同様にITU-R F1245、エレベーション方向アンテナパタンは情通信報告書で用いられている値を用いている(図 6)。
図 6 基地局アンテナパターン
基地局のボアサイト方向は、概ね予備設計に基づき真東を含む120度間隔の3方向であるが、慶応SFC局、南大山局、湘南台局間で回線品質を十分保ちながらハンドオーバするために6度
反時計周りに回転させている。
慶応SFC局、南大山局、湘南台局の東ビームによるCINRをデジタル地図上に重ね書きする(図 7)。
図 7 湘南台地区の東ビーム
図中の色は予備検討と同様のインプリ損失を含むCINRによる色分けであり、黄色部分であれば干渉があっても通信可能である。
図 8 色によるCINRの表記(インプリ損失含む)。
基地局が東になるほど背後からのBSの影響を受けるため多値変調符号方式が使えなくなっていることがわかる。南ビームの場合、逆に西側の基地局が被干渉となっている。
図 9 湘南台地区南ビーム
図 10 湘南台地区北西ビーム
江ノ島の3ビームによるCINRの合成を図 11に示す。
図 11 江ノ島ビームによるCINR
図 11を見ると江ノ島内の標高の高いところで、受信強度が大きくなっていることが示されている。これは標高データを考慮した効果である。
この配置の場合湘南台からのバス通りの全域ネットワーク化が可能となる(図 12)。これが情報発信の範囲は地理に制限されているが、面的に網羅していることの具体例である。
図 12 湘南台から慶応SFCまでは面的に広がるネットワークを構成する
半値幅65度の指向アンテナとオムニアンテナの実測データをもとに、アンテナ指向性について検討した。
まずSFC局、IY局ともの半値幅65度の指向性ビームを用いる場合について検討してみた。図 13左図が、SFC東ビームとIY東ビーム、右図がIY西ビームである。色はダウンリンクが選択可能な変調符号化方式を表している。以前の検討により、屋外であればダウンリンクがQPSK 3/4程度(水色)であれば、アップリンクはQPSK 1/2で通信できることがわかっている。屋内ではさらに信号が10dBiダウンすると考えると16QAM3/4程度(紫)までがカバレッジと考えてもよいだろう。
図 13 SFC、IYとも指向性ビーム
図 14 選択可能な変調符号化方式
SFC局の放射の影響によってIY局の通信可能範囲は狭くなっている。またIY局のバックローブのためにSFC局は秋葉台体育館付近で通信範囲が終端している。それでもIYの西ビーム(周波数が重ならない条件)が広範囲でカバーしているため、通信可能領域はSFCから北警察署付近まではカバーしている。
一方、SFCをオムニアンテナにした場合のカバレッジは図 15に示すように、東ビームだけであれば影響は少ないが、IYに西ビームを設置したとたん、干渉が大きくなり極端にカバレッジが減少してしまう。IY局とSFC局で周波数が同一とならないようにASN-GW等で制御する必要がある。
図 15 SFCにオムニアンテナを設置した場合
SFCに指向性アンテナを設置した場合と、オムニアンテナを設置した場合の16QAM3/4のカバレッジの境界を図 16に示す。オムニアンテナのほうが利得が小さいためIYの東ビームは駅方向にカバレッジを増やしているが、西ビームのためにSFCとIY間でカバレッジに隙間ができてしまうことがわかる。
図 16 オムニアンテナと指向性アンテナを使った場合のカバレッジ比較
・
電波法施行規則第21 条の3、別表第2号の2の2(平成10 年10 月1日公布、平成11 年10 月1日施行)
・
算出方法及び測定方法:平成11 年郵政省告示第300 号
・
特定の場合の基準値 :平成11 年郵政省告示第301 号(平成11
年4月27 日公布、平成11 年10 月1日施行)
空中線入力電力 20W (実際にはアンテナポートあたり5Wx2程度を想定)
アンテナの利得 30倍 (15dBi)ボアサイト方向
その他の方向に関しては以下の指向性利得とした。
今回ターゲットは地域WiMAX(2582-2592MHz)であるので周波数 2.5GHzの場合の基準値を以下のように定めたは。
周 波 数 f |
電界強度の実効値 (V/m) |
磁界強度の実効値(A/m) |
電力束密度(mW/cm2) |
平均時間 |
1.5GHzを超え300GHz以下 |
61.4 |
0.163 |
1 |
6分 |
反射による影響K=2.56とK=4を考慮して必要離隔距離を計算した。
ボアサイト方向に4.4m以上離隔する必要がある。ただし、エレベーション方向の利得は鋭利であるため、少しでも傾くと急激に離隔距離は短くなる。許容電力値とするための離隔距離をチルト角度3度として計算してみると以下のようになる。
図 17 所要離隔距離(m)
アンテナの高さを地上高3mとすることによって、アンテナの近辺にいたとしても電波防護指針で定められた電力値以上となることはない。
4.
今後の進め方
今後は図 18に示すスケジュールを目標に研究開発を継続する。
図 18 今後のスケジュール