平成20年度 森泰吉郎記念研究振興基金コラボレーション型研究支援資金 報告書

2009.2.25.

 

研究テーマ :東アジアにおけるヒューマンセキュリティ:地域文脈と実践

研究代表者 :梅垣理郎(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

研究スタッフ:加茂具樹(慶應義塾大学 総合政策学部 教授)

                 神保謙 (慶應義塾大学 総合政策学部 助教)

 

本事業の概要

本研究は環境劣化、パブリックヘルスの悪化、農村部門における余剰労働力の発生など開発に伴う地域社会への負荷を検討し、地域主導の対応策、その資源を検討する。このために、国民国家ないしは国民経済という従来の観察枠組みから離れ、こうした課題の把握を、それらが顕現する地域ないし生活の文脈ですすめる。対象は中国、ベトナム、タイなどに点在する上記の課題を抱える地域である。こうした政策課題をめぐっては開発経済学、農村社会学、地域保健医療学など従来のディシプリンの枠組み――国民国家ないし国民経済単位――で蓄積されてきた知見ないしはデータが潤沢であるが、これを地域ないし世帯レベルで開発されるデータとクロスさせ、そうしたデータの有効性を再検討する。戦後半世紀をこえる「開発の時代」を経てなお、解決された課題以上に未解決の政策課題の方が後を絶たない。より有効な開発政策学へのパラダイムシフトを本研究の成果としたい。

 

本年度の実績

 本年度は、主に次の2点の活動を中心に研究活動を進めてきた。第一にこれまでに引き続いての現地調査の継続であり、第二に研究報告の出版である。

 

<現地調査>

本研究は、従来の開発パラダイムが国民国家を前提としたマクロ経済成長と、人々の生活を把握する視点を貨幣や物理的資源のみによって計量可能な生活問題の設定を基礎にしていたのに対して、人々の生活の安定を最大の目的とし、そのための生活戦略のあり方を、地域文脈を重視して考察するものである。このためには、詳細なフィールド調査が必要となり、また様々なデータ(統計に留まらず、ヒヤリングデータ、画像・映像データ、地図など)が必要となる。そして、経年的な調査も必要となる。

具体的には、以下の調査活動を中心に行った。なお、研究資金は後述する報告書の出版事業にその多くを用いたため、これらの調査活動は他の資金を利用して行っている。

 ・タイ(東北部コンケン)89月/2

 ・ラオス(ビエンチャン)89月、2月/のべ4

 ・ベトナム(ハノイ、フエ)8月、2月/のべ3

 

 

<調査報告に基づく研究報告の出版>

本研究プロジェクトでは、本年度に蓄積した知見だけでなく、すでに数年にわたって東南アジア各国(タイ、ベトナム、ラオス、中国)の研究者、研究機関と連携して調査活動を行ってきた。この調査、研究活動を通して、これまでに得た知見を研究者サークル内にとどめることなく、より広範囲にその知見と主張を訴える必要性を痛感していた。とくに本プロジェクトでは、地域の文脈を重視し、その文脈においてのローカルな住民の生活課題(それは、たんに「貧困」と呼ぶだけでは回収しきれない多様で錯綜した複数の文脈を理解して初めて把握できるものである)と、当事者が自らの生活の安定を求めての生活戦略の記述に重きを置いている。このような視点の研究は概念レベルにとどまるものが多く、具体的な事例の報告は、研究者や開発関係者だけでなく、現地住民やその住民を支援するNPO関係者などにとっても有益であると考える。

そこで、本プロジェクトではしっかりとした国際出版社(United Nations University Press)から、厳密な査読を受けたうえでの英語書籍の出版を図ってきた。その結果、何度もの査読とリライトを経て、以下の書籍の出版が決定した。出版は20095月であり本年度中の出版には至らなかったものの、すでに最終校正を終えており、印刷段階に入っている。

 

Umegaki, M., L. Thiesmeyer, and A. Watabe eds., Human Insecurity in East Asia, New York: United Nations University Press, 2009 May.

 United Nations University Pressによる特集ページは下記のURL12ページ

 http://www.unu.edu/unupress/catalog/UNUP_2008-2009_catalogue.pdf 

 

なお、本書では15名の研究者、実務家が10本の論文を執筆、掲載している。

 

次年度以降への展望

 本書にて提起した知見や新しい実践に関する情報を国際出版することは、現地の研究者や実務家、住民への調査による知見のフィードバックになるとともに、執筆者へのさらなるレビューをもらうことを可能にすると考える。これは、現地へのエンパワーメントの一ツールとなるとともに、今後の調査活動においてのより緊密なネットワーク形成に寄与すると考える。

今後は、地域の文脈を重視したより実践的な調査活動を継続するとともに、出版する書籍へのフィードバックを活かした調査活動を行ってゆく。また、その上で、現在の金融危機や地域ガバナンスの変容、グローバル化の進展などを踏まえ、3年以内にその変化を含めた本報告書の「続刊」を執筆し、再び国際出版してゆくことを目指す。

また、このような印刷メディアによる報告はいわば「完成された」報告となる。このような学術的な出版活動を積極的に行うとともに、よりダイナミックな報告の掲載や読者からのフィードバックを得ることができるWEB上でのデータアーカイブの作成も継続して行う。この活動は、SFC研究所に本年度から設置したアジア政策ラボを中心として行ってゆく。