2008年度 森基金 コラボレーション型研究支援資金 報告書

知識共有型 学習教材プラットフォームの構築

慶應義塾大学
小川克彦(環境情報学部)
国領二郎(総合政策学部)
秋山美紀(総合政策学部)
野田啓一(政策・メディア研究科)
志田知優(政策・メディア研究科)
中村愛実(環境情報学部)

 研究概要

 インターネットは中高校生にとって身近な存在となった.しかし、学習面での利用に関しては学習教材の検索・著作権・保管や共有の面で課題が生じている. キーワードのみに依存する検索エンジンでは、自分の欲しい教材を見つけるための言葉を見つけにくく、また、コンテンツの著作権の扱いが不明確であることから気に入ったサイトや素材の保管・共有を自由にできない.
 知識共有型 学習教材プラットフォーム 「学実ねっと」では、教材の発見を容易にする独自の教材共有タグ(ぴたっとタグ)により、キーワードを入力することなく直感的に教材を発見できる感覚検索バーをつくる.またそうして集められた好きな情報を取捨選択して個人保管かつ自由に共有することのできる個人ノート(資料集)を提案する.

 学習へのインターネット活用の課題

 大学生は中高生時代にどのようなやり方で学習を行っていたか、インターネットの活用状況について調査した. 調査対象は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの118名の学生である.ここでは調査結果の一部を抜粋して紹介する.

(1)検索エンジンに対する不満
情報をキーワードで的確に抽出できない状況を経験した人が70%おり、最後まで欲しい情報にたどり着けない経験をした人が90%近くいることがわかった. 知りたい情報とキーワードが必ずしも一致せず、また欲しい情報にたどりつくことなく諦めるケースを多くの人が経験している. また中高生時代には、わからない情報があった際に70%がインターネットに頼り、40%の学生がWikipedia利用して問題を解決しようとする結果が得られた.

(2)著作権の問題
インターネット上のコンテンツで使用できる素材を見つけるのは難しく、約70%近くの人が著作権の問題で使用できなかった経験をしている.

(3)共有の必要性
友達や先輩の勉強方法を知りたい人は約80%おり、家庭教師経験者のうち80%の人が他の人と教え方を共有したいと思っている.

 以上の結果をまとめると次の課題が抽出できる.

  [検索] 検索インタフェースと検索結果の問題点
  [共有] 共有の必要性
  [著作権] 著作権が不明確なため使用できないコンテンツがインターネット上にあふれている点


 学実ねっとのコンセプト

 
コンセプト図

 本研究では、学習教材活用に関する検索と共有の2つの課題を解決するための学習教材プラットフォーム「学実ねっと」を提案する.
 「学実ねっと」のコンセプトはインターネット環境において学習情報を自分で検索し、管理し、共有することである。本コンセプトの実現にあたっては、 “教材検索を支援する”、“集めた情報を自由にカスタマイズする”、“インターネットのWebで足りないコンテンツに気づきみなで増やす”、“作りあった コンテンツをシェアする”という4つの行動に分けて提案することとした.

 まず検索ではキーワードに依存しない検索方法を提案する。ユーザとしては中高生を対象とし、わかる範囲で直感的に条件を選択し、キーワードを絞っていく 検索インタフェースとした。関連するキーワードを同時に表示させることで自然に視野を広げて情報を探すことが可能とする。
 また自分に必要な情報はユーザ個人がノート(資料集)ページで管理し、自分だけの情報スペースを作る。個人利用とともに、おすすめのページを紹介するなど ネット上の情報を共有しあうことを目的とする。
 さらに、ユーザ同士が教材を提供して共有し、常にコミュニティが発展していくスペースを作り上げる。中高生のみならず学生を教える立場である学校の教員、 塾等の指導者、家庭教師など、幅広い層に使ってもらえる環境を整えることで、学習の仕方や教え方を共有し、そうした指導者たちの負担の軽減を図ることを目指す。 なお、本サイトで扱う教材などの情報はクリエイティブコモンズといった柔軟な著作権を利用することを前提としている。

 学実ねっとの位置づけ

 学習教材の共有に活用できる既存のインターネットサービスと比較しながら、学実ねっとの位置づけを行う.
 Wikipediaは1つのページをユーザ全体で著述ならびに編集を行っている.しかし、一部の積極的なユーザが書きこむことも多いため、偏りが生じることがあり、 また生徒に限らず先生の立場であっても、専門分野以外の情報の真偽を確かめることが難しい.学実ねっとではユーザ全体で共有するスペースを持たず、 個々に情報スペースを持つ.交換日記のようにユーザが自分のスペースのうち共有したい部分を公開し、欲しい情報を発信する.情報を検索して 情報を探す受け身型ではなく、互いがもっている情報を共有し合うことを主眼としている.
 mixiをはじめとするソーシャル・ネットワーキング サービスは友人同士をつなぐ情報スペースである.日常の出来事を複数の友人に同時に伝えることはできるが、 コメントを書きあうという人との交流であっても、学習という明確な目的を共有することは難しい.
 OKwaveなどのQ&Aサイトは質問を投げかけると誰かが答えてくれるサービスであるが、何がわからないのか明確でない場合は検索エンジンよりあいまいに 質問ができるものの、回答者に理解してもらう質問文の作成が求められる.学実ねっとでは質問を誰かに投げかけるのではなく、質問に近いノートを 見つけて共有し、必要な情報を集めることを主眼にしている.

 学実ねっとのシステム概要

前節のコンセプトを実現することを狙いに、今年度は次に示す学実ねっとの検索と共有の方法を検討した.

・教材共有タグ ぴたっとタグ
・感覚検索バー feeling target bar
・教材共有ノート ちょこメモ

 教材共有タグ(ぴたっとタグ)とは学習教材の提供者と利用者をつなぐタグであり、感覚検索バー(feeling targrt bar)はそのタグを利用して、 教材を検索するインタフェースである.教材共有タグと感覚検索バーによって見つけた情報を自分なりにまとめ、他のユーザと共有できるスペースが 教材共有ノート(ちょこメモ)である.以下、3つの特徴について述べる.

 学実ねっとの3つの特徴

■ぴたっとタグ
 学実ねっと独自の学習教材共有タグがぴたっとタグである.教科書や参考書の索引からのキーワードをもとに学習教材にタグを付与し、 キーワードの表記の違い等による検索のぶれを解消して、次節で述べる感覚検索バーに活用することを目的としている.

■feeling target bar
feeling target bar

 ぴたっとタグを視覚的に3つのバーの形で表したものがfeeling target bar である.
 ユーザが感覚的に検索できるように条件を絞っていき、さまざまなキーワードが自動的に抽出されることにより、あいまいな疑問に答えることが目的である.  学実ねっと独自の検索DBはこの“ぴたっとタグ”に基づいて作られる. ぴたっとタグは教科書の見出し、索引の情報と検索履歴のDBから構成される. その他のDB機能についてはすでにインターネット上にある情報を利用する.
 今年度はfeeling target barについて概要設計を行うとともに、精度向上のためのプロトタイピングを行った. プロトタイプではfeeling target barの時系列型を中心にFlash、XML、Ruby on Railsにより実装している. 実装したプロトタイプをORF・学会にて発表を行い、 さまざまなコメントを得るとともにいくつかの改善点を指摘された. これらを踏まえて資料集の歴史分野を全文集め、規則性を見つけるためにタグ付を行った。

 来年度のプロトタイプでは、feeling target barによる検索精度を向上させるため、以下の仕様を検討する.

1.内容と更新日時をタイムライン上で検索する
 検索キーワードの一致だけでなく、新しい情報だけほしい場合やコンテンツの書かれた時期によって検索する。
2.感覚的にキーワードを発見させる
  バーで範囲を狭めることででキーワード候補を提示し、これをたどっていくことであいまいな疑問をいくつかのキーワードを表示することによって明確化させる。
3.あいまいさをバーで表現する
  どちらともいえないあいまいな分野もたくさん存在する。そうしたものをどっちよりなのかバーを動かすことで感覚的に情報をつかむ。
4.バーを自分でつくる
自分があいまいに感じていることが何かを発見することは、自分の疑問を明確にすることにもつながる。また1人が疑問に思うことが他の人も疑問に 感じている場合があるため、そのバーをみなで共有することで新たなfeeling target barの使い方につなげる.

また、プロトタイプの検索実験やノート調査を踏まえて、以下のようなインターフェースを提案する.

5.教材検索インタフェースを拡充する
 使いやすさと見やすさを重視し、ログイン(会員登録)するとユーザの履歴を保管する。ユーザ個人だけでなくユーザ同士の履歴を共有し、 連携させる. またコンテンツが不十分と感じたらキーワードをリクエストする機能や自分がコンテンツを持っていれば投稿するなどみんなでより充実させて いく仕組みを提案する.

■ちょこメモ
 学実ねっとの教材共有ノートがちょこメモである.
 ユーザがfeeling target bar等で集めたサイトや写真や教材を自由にまとめるスペースであり、ユーザ同士で共有することができる場所を提供することが目的である. ユーザ個人のオリジナル資料集を作ることででき、検索したwebページ等の学習教材をユーザ専用の“ちょこメモ“に簡単にまとめることができる.
 ちょこメモでさまざまな自分の勉強管理が行える.たとえばスケジュール画面にすれば1日ごとの予定を管理することもでき、試験範囲をメモしていく ことで試験直前の「範囲どこ?」といった問題がなくなる.試験でできなかった問題を保存しておけば、自分だけの苦手な設問を集めた問題集をつくることもできる. また自分のノートに記しをつけておけば簡単に検索して同じページに辿りつくことができる.中高生時代に使用していたノートおよびノート活用書を調査すると 成績上位者には独自のノートの書き方が見られ、綺麗であることがわかった.そうした上位者のノートをまねたデザインを提案し、 今後プロトタイプとして作成していく予定である.

 まとめ

 今年度は、まず学習教材を共有するプラットフォーム作りのために、学生を対象に調査を行い、以下3つの問題点を抽出した.
  [検索] キーワードに依存しているために欲しいコンテンツが引き出せない.
  [共有] 情報を集めるだけでなく、ユーザ同士が学習コンテンツを共有する場がない.
  [著作権] コンテンツの使用条件があいまいなものが多く、著作権の問題で使用できない.
 これらのうち主に検索と共有の問題点を解決する「学実ねっと」を提案し、学習教材の提供者と利用者をつなぐ教材のぴたっとタグ、 ぴたっとタグを用いたfeeling target bar、ユーザ同士の学習情報を共有するちょこメモの概要設計と一部プロトタイピングを行った.

 来年度は、feeling target bar の精度を上げるためにデータを分析を行うとともに、より検索インタフェースを拡充したプロトタイピングを行う.さらに、 ちょこメモに関するユーザ調査およびプロトタイプ構築を行う予定である.

 研究発表

 ・SFC Open Research Forum(ORF)2008にて小川研究室から出展.
 ・中村愛実, 小川克彦, 秋山美紀: 知識共有型学習教材プラットフォーム"学実(まなみん)ねっと"の提案, 情報処理学会, 研究報告EIP, Vol.2008, No.118, pp.115-120, 2008-11.

 その他

   商標登録 [学実ねっと]
   本システムをKBC Business Contestに提案し1次審査を通過した.3月に決勝が行われる.