2009年度 森泰吉郎記念研究振興基金

研究者育成費(博士) 活動報告書 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程1年 辰巳 奈央 (石崎研究室所属)

研究題目

概念連想関係に注目した言語理解過程の脳科学的研究

本研究では光脳機能計測(NIRS; Near Infra-Red Spectroscopy)を用いて自然言語の認知・処理過程における脳内活動を評価し,そこで得られたデータを分析することで,人間の脳内での言語理解のプロセスモデルを構築することを目標としている.

NIRS装置では,近赤外線を頭皮から照射し脳皮質の毛細血管内の血液が光に散乱反射する現象を検出する.酸化型・脱酸化型ヘモグロビンの光吸収係数の違いより酸素交換の現場をほぼリアルタイムで計測でき,神経活動が生じた(思考や発話で酸素が消費された)部位とその時系列変化の検出が可能とされている.本研究では脳内で語が処理される時系列変化の検出を大きな目標としており,空間分解能とリアルタイム性が重要であるため NIRS はこの研究に適した計測方法だと言える.

本研究では特に単語と単語の概念関係に注目して実験を行った.語の概念関係に注目した研究を行っている研究者は現段階では少ないが,人間が言語を理解し使う際に「単語と単語の関係」は大きな影響を与えている.今年度は特に,昨年度から研究を続けている「名詞の概念関係と脳内処理の関係」について,更なる実験を行いながら研究を進めた.

研究活動

春学期

春学期は主に計測装置を用いた実験を行った.昨年度に行った関連実験による結果から実験計画を検証し,6月に本実験を行った.実験は (株)島津製作所の協力を得て,SFC キャンパス内に装置を搬入して行った.
また対外発表として国内学会において発表を行った.

計測実験

JCSS2009での発表

2009CNSなどへの参加

そのほか,国内学会や研究会へ参加し,最新研究動向調査並びに発表者や参加者とのディスカッションを行った.以下は抜粋である.

秋学期

データ解析

秋学期は春学期に得た計測データの解析を行った.解析のステップは以下の通りである.

LREC2010

アブストラクトの提出を行った.査読の結果,来年度の国際会議での発表が決定した.

NIRSユーザセミナーへの参加

研究に使用しているNIRS装置製造元主催のセミナーに参加した.

研究進捗

実験内容

本研究では健常成人を対象に,被験者に対し刺激語として単文および単語ペアを提示し,判断課題中の脳内での酸素交換機能の活動を計測する実験を行った.概念連想関係に注目した刺激単語・文の提示を実現するために,実験刺激として連想概念辞書を用いた実験をデザインした.
連想概念辞書とは連想実験で大量に収集した連想語を構造化した辞書で,刺激語と連想語との距離を定量化したものである.連想概念辞書は他の辞書と比べて語と語の関係に注目している点で本研究に適していると言える.

実験

NIRSを用いた計測実験・解析により,人間が言語を認知する際に重要と考えられる 「語と語の概念連想関係」 と脳反応の関係を検討するために,単文および単語ペアの視覚提示実験を行った.

データの計測

実験被験者はSFC 所属の学生とし,測定と発表等に関しては慶應義塾大学SFC 実験・調査倫理委員会によって承認された手続きに基づき,文書で了承を得た後に行った.計測装置は島津製作所のFOIRE(NIRStation)を使用した.計測範囲は,両側の前頭葉後部から側頭葉(BA44 からBA22 後部)を広くカバーする範囲を計測した.

実験結果

解析の結果,動作概念の関係にある単語ペアの認知においては,左側BA22(聴覚連合野からウェルニッケ野にかける移行領域)において脱酸素化が起こる一方で,左側BA41(ウェルニッケ後端)において酸素化が起こることが示された.また右側BA45後部からBA44(ブローカ野)ではtotal-Hbの増加がみられ,神経活動に伴い酸素が消費されていることが示唆された.

連想距離別の解析では,分散分析の結果,特に左側後半のBA22(ウェルニッケ野)周辺deoxy-Hbデータおいて統計的に有意な差が多く見られた.特に動詞のタスクにおいては,連想距離が短い群と最長群のデータ間で有意差があることが示唆された. 連想距離の長短と脳活動の関係を更に検討するために,同一単語に対して,連想距離の近い試行群と遠い試行群でpaired-t検定を行ったところ,連想距離が近い方が酸素を消費することが分かり,特にBA44周辺において顕著であった.

詳細な解析については,春期休業中・来年度に掛けて継続する予定である.

今後の研究予定

時系列を重視した解析 および 解析結果のマッピング法

本研究の特に実験1においては,単語を1秒ずつ提示することで,語と語が処理される際に,語間の概念連想関係がどのような場所・タイミングで影響を与えるのかを調べることを目標とした.そのため,現在行っている時系列データに対する解析と実験2の結果も合わせて,刺激語が連想語に与える効果をより区別することができると考えられる.また,時系列データの解析結果を分かりやすくマッピングする方法も考えたい.

連想概念辞書とNIRSデータの関係性 -Computational Neurolinguistic-

昨年発表された先行研究に,コーパスから選んだ言語刺激を与えた際のfMRIデータを学習して未実験刺激に対するfMRIデータをコーパス上の属性から推測するというものがある. fMRIとNIRSではデータ形式も解析方法も全く異なるため全く同じにはならないが,NIRSに応用した形で検証出来るか考えたい.

他刺激への応用

本研究では単語と単語の関係を重視する立場から連想概念辞書を使ったが,連想概念辞書の有用性の検討という意味で,他の辞書(親密度データ)との比較も面白いと考えている.
また今回の実験では日本語のみを刺激語としたが,同デザインで外国語の実験も考えられる.例えば,日本語・英語刺激文に関して実験することで,これらの文を処理している時の脳内活動,また英語習熟度による違いを検出出来る.概念関係に注目して単語の繋がりを捉えることで効果的な文・単語の提示法を考え,教育への応用が期待出来る.