<  小規模自治体におけるスポーツ振興 –ホッケーの町の事例研究-  >

研究報告書

 

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

博士課程  松橋崇史


 

1,はじめに

本稿は、基礎自治体によるスポーツ政策の中で、子どもの体力増強、地域におけるスポーツ環境の整備、国際競争力向上、地域の活性化を同時に達成しうる「特定種目で競争力のあるチームを育成する」という取り組みを扱う。基礎自治体の中でも、「ヒト、モノ、カネ」のリソースが少ない小規模自治体(人口5万人以下の基礎自治体)における取り組みを扱う。この取り組みは、スポーツ振興法の規定に基づき20009月に策定された「スポーツ振興基本計画」に沿った取り組みである。プロスポーツチームや企業チームの多くは大都市圏や地方の中核都市に立地し、そうしたチームが存在しない、小規模自治体が、スポーツ振興を促す競争力のあるチームの育成を行うためには、基礎自治体に充実したスポーツ振興環境を構築する必要がある。具体的に、「指導環境」「施設環境」、競技大会の開催がある「競技環境」、全国大会の遠征などへの助成がある「資金的支援環境」が挙げられるだろう。そのためには、利用可能なリソースを有効的に活用し、スポーツ振興環境の構築を行う、基礎自治体のマネジメントが重要となる。具体的には、以下の2つが重要だということが言える。

 

21,広域自治体のリソースの活用

広域自治体は、国民体育大会(以下:国体)や全国高等学校総合体育大会(以下:高校総体)に出場し、好成績を収めるという目標をもち、意図的に強化を計っていると考えられる。基礎自治体は広域自治体の目標を直接的に持つわけではないが、それを機会に自らの自治体のスポーツ振興を促進するために広域自治体のリソースを引き出すというリソース獲得方法(=「広域自治体のリソースの活用」)がある。広域自治体は、選手の強化のためには、強化対象となる種目協会や高校と共に、その種目が盛んに行われている基礎自治体に意図的にリソースを配分し、その協力を仰ぎながら強化を進めていくことが種目強化の効率的な方法になると考えられる。

22,地域コミュニティ、地域住民のリソースの活用

基礎自治体は、広域自治体からの支援を受けたとしても、種目振興に必要なリソースを自前で提供することはコストが大きい。そのため、地域コミュニティ/地域住民(以下:「地域」)のリソースを引き出すリソース獲得(=「地域リソースの活用」)を採ることが必要になる。本研究では、「広域自治体のリソースの活用」と「地域リソースの活用」に、基礎自治体自体が提供するリソースを加えた、3つのリソースの組み合わせを、自治体のスポーツマネジメントを分析する上での本研究の枠組みとした。

 

3,本研究の意義

中山(2000)は、スポーツ政策や地域スポーツの基礎的、実証的な研究の不足を指摘した上で、自治体のスポーツ政策が、国や広域自治体の影響や地域の要望や利害の下でのいかに形成・展開されているか、そして、その政策が地域にどのような影響を与え、最終的に政策のフィードバックにつながるのかを明らかにする必要を指摘している、この指摘は、現在も同様だと考えられる。本研究は、その中で、基礎自治体の役割に着目し、基礎自治体のスポーツ政策に影響を強く及ぼす広域自治体と「地域」のリソースを活用するという自治体のスポーツマネジメントの立場から、基礎自治体のスポーツ振興環境とそれを成立させるためのリソース活用の実態とその形成過程について分析する。

 

 

4,調査対象

 研究対象としてスポーツ振興法制定後、国体ホッケー会場なった50 の自治体を対象とする。ホッケー振興を行う自治体を調査対象として選択した理由は、以下の3点である。「@競技人口が多い種目と異なりホッケー振興に与えた自治体のマネジメントの影響が把握可能なため」「A小規模自治体が多く含まれるため」「B国体開催後もホッケー振興を積極的に行った自治体が多くあるため」。

本研究では特定種目で競争力のあるチームを育成している小規模自治体(=「強豪小規模自治体))のスポーツマネジメントに焦点を当てつつも、それ以外の自治体も含まれる50自治体を対象とした理由は、「強豪小規模自治体」のスポーツマネジメントを、共通した条件を持つ他の自治体のスポーツマネジメントと比較することで、その位置づけを明らかにし、より多くの自治体に示唆を与えることが可能だと考えたためである。

 

5,研究手法の概要

 調査対象となる50の基礎自治体の中でホッケーの競技選手がいると確認できた46の基礎自治体に調査表を郵送、もしくはE-mailを通じて配布し、設問ごとに当該活動の担当者に回答してもらうように依頼した。調査では、各自治体の「広域自治体のリソースの活用」と「地域リソースの活用」、「基礎自治体自体が提供するリソース」の把握を目的とした。調査表配布は20095月に実施した。4290%)の有効回答が得られた。調査の結果、強豪チームや選手を輩出している6つの小規模自治体に対しては、ヒアリング調査を実施し、各リソースの活用に関する背景の把握を行うと共に、それぞれの自治体のホッケー振興に関わる40名程度の関係者に対して地域のソーシャルキャピタルを把握するためのアンケート調査を実施した。アンケート調査は200912月に実施した。

 

6,調査結果

調査から、ホッケーで競争力のあるチームを育成する小規模自治体は、基礎自治体のリソース投入とともに「広域自治体のリソースの活用」と「地域リソースの活用」が重要であることが分かった。 なお、自治体のスポーツマネジメントを分析するにあたって,個々の自治体が,それぞれ何を取り組んできたかを分析するのではなく、対象にした自治体を、「国体開催からの経過年数」と「自治体内のホッケーの競技人口数」の2変数によって以下の4つのタイプに分けた。

 

タイプA:経過年数20年以上、競技人口250人以上

タイプB:経過年数20年以上、競技人口250人以下

タイプC:経過年数20年以下、競技人口250人以上

タイプD:経過年数20年以下、競技人口250人以下

 

 

6-1,「広域自治体のリソースの活用」

広域自治体のリソースの活用は、具体的に、「指導者の配置」「グラウンド建設/管理維持」「強化費助成」「大会の開催」がある。「ホッケー振興環境」はタイプAの基礎自治体が最も充実している傾向にある。基礎自治体は多くのリソースを投入しており、同時に、多く広域自治体リソースを活用している傾向にあった。インタビュー調査の結果からも、タイプAは基礎自治体と広域自治体がホッケー振興を促進する狙いをもって意識的にホッケー振興環境充実を行っている。タイプC,タイプDは「施設環境」の面で充実している。これは、1993年以降に国体が開催された自治体ではホッケー用に人工芝グラウンドが建設されるなど、国体時の振興環境整備の影響が残っているためだと考えられる。

 

6-2,「地域リソースの活用」

 地域リソースの活用は、具体的に「指導ボランティア」「大会ボランティア」「大会スポンサー」「遠征費補助」の4つである。タイプAの中の、6つの「強豪小規模自治体」を対象とした分析では、6つの自治体でそれぞれ、地域リソースの活用があった。一方、実態には大きな差があることが分かった。「地域リソースの活用」は、アンケート調査で把握した地域のソーシャルキャピタルの度合いと相関していた。