2009年度 森基金報告書

所属:政策・メディア研究科 後期博士課程3年 槌屋 洋亮

 

研究課題(改題)

「開発下ベトナムにおけるエンパワーメントのツールとしてのインターネット〜ベトナム中部フエ市における実践例から〜」

 

※諸般の事情により、2009年度の夏期より研究課題を従来の「社会変容の過渡期における高齢者福祉」から変更しました。ご了承いただければと思います。

 

1.概要

 ベトナムにおいて、インターネット利用者による実践が、非利用者の直面する生活課題に対する選択肢の拡大(ないしは縮小)につながる条件を提示する。非利用者が直面する課題というのは、さしあたっては基本的なニーズ(衣食住)の充足とか、健康維持とか、収入源の維持、人生設計、あるいは友人/家族とのコミュニケーションの維持、必要な情報の獲得・共有、といった生活上の諸々の課題を想定している。ただし、それはあくまで当人たちが「生きてゆく上でこれだけはやっておかないと」と認識されている課題である。エンパワーメントが、これら諸々の課題に対して取りうるべき選択肢を当人たちが自ら把握し、自らの行動に結びつけるための条件整備や能力付与を目指すものと定義されるならば、インターネットの利用はそのエンパワーメントの手段として位置づけることになるだろう。ここで、問われなければならないのは、インターネットの利用(インターネットを通じた情報収集あるいは情報発信)によって、当人たちは生活上の課題に対する選択肢をどれだけ創り出すことができるか、ということである。また、全く逆の可能性として、インターネットの利用は、本来取りうるはずの選択肢を潰す(消す)方向に働いてしまっているのか、ということも当然ながら問われなければならない。特にベトナムにおいて、インターネットの利用がエンパワーメントの手段として有効であるならば、その成否を左右する条件とは何かを追求するのが本研究の基盤的な課題である。

 

22009年度の活動内容

 

先行研究の整理

 

インターネット社会の諸問題を扱った研究や、メディア論、開発とICTに関する文献等を参考に、先行する理論の整理を行っている。また、既存に刊行されている論文誌・ジャーナル・新聞記事・政府刊行物等の中から、アジア諸国で(特にベトナムにおいて)展開されているITC関連の実践プロジェクトについての報告等をまとめて、体系化する作業を行っている。

 

予備調査

 

予備調査として2009年8月11日から23日までの間、ベトナム中部フエ市に滞在し、以下の活動を行った。この予備調査の目的は、現地のICT事情について筆者自身の目で観察し、上述の内容に関する具体的な問題設定へとつなげることであった。

 

1.インターネット環境の整備状態に関する観察

WiFi コネクション環境が急速に普及しはじめている。友人(フエ市内でIT技術者として仕事していた)の話では、フエ市内のカフェ(喫茶店)のほとんどで、WiFiアクセスポイントが設置されている。実際に市内の大きめのカフェから小さいカフェまで、旧市街(北)から新市街(南)まで、10カ所ほどのカフェに行って、接続実験。うち2カ所でスピードテストを行ったところ、10カ所全部でWiFi接続ができた。プロバイダーは全てVNPT。スピード等は、中くらの規模のカフェでダウンロードスピードが 0.9MBps アップロードスピードは 0.22MBps。旧市街(北)の小規模カフェだと、ダウンロードスピードは 1.24MBps アップロードスピードは 0.07MBps だった。 印象としては、前回(2008年1月)にフエ市を訪問した時と比較して、インターネットへの接続環境がかなり普及している、ということである。ただし、公衆無線LANを、果たしてどれだけの人が、どのデバイスから、どのような目的で利用しているかは、今回は確認できなかった。あくまで、カフェ等にいたときの観察だが、利用者はまだ少ないという印象である。

 

2.民間のパソコンスクールにおける学生との会話

プライベートな友人の家で開催されているパソコンスクールの学生たち(多くはフエ市内の技術系の大学か専門学校に通う学生)と、日本とベトナムのICT事情について1時間くらいお話する機会をもった。具体的には、日本で普及しているパソコン事情と、携帯電話事情について話し、10人くらいとディスカッションしてみた。そこから、特にベトナムの若年層が抱くインターネットやコンピュータといった技術に対する若干の意見を得ることができた。(例えば、日本で買うノートパソコンは、ハンドメイドサービスで頼まない限り、日本語のキーボードが配置され、日本語のWindows OSがプリインストールされてしまう旨を話したら、驚かれた。ベトナムでは主に米国配列のキーボードで英語OSのWindowsが使われているので、パソコンを自分の国の言葉で利用できることがうらやましいらしい。)

 

3.携帯電話事情およびインターネット利用に関する観察

 携帯電話に関しては、一部がインターネットに接続できるのみで、一般的な利用形態としては基本的には通話とCメールが主流である。使う場合は、サービス提供会社からSIMカードを購入して取り付ける。2008年の時と変わったことは、SIMカードの購入に個人情報の提供が必要になったことで、今回、筆者は新しいSIMを購入する際にパスポートの提示が必要だった。購入できるSIMは電話番号によって2種類に分かれており、一方は75000VND(約4US$)で、一方は300,000VND(16US$)とかなり開きがある。知り合いの説明だと違いは、たとえば下6桁が012-345みたいに連番になっていると300,000VNDといった具合に、語呂合わせがいいかどうかということである。フエ市内の主要な携帯電話サービス会社は、Vinaphone, mobifone, Viettelなど。 最大規模はVinaphoneだが、数名の友人に聞いたところ曰くサービスがいいのはmobifoneだということだ。今回、Vinaphone と mobifone, Viettelが提供するサービスや料金体系に関する広告を収集してきた。ハードメーカーは、NOKIAやサムスン電子、motorola などのものが普及していて、中でもnokiaとmotorolaの携帯を利用している人が多い。使い方に関しては、通話よりもCメールでの会話が主流になっている。実際、筆者も友達と携帯でやりとりするときは、通話よりもCメールでやりとりすることが圧倒的に多かった。Cメールでのやりとり内容は、大抵は「今日はどうするの?」みたいな話から、スケジュールの確認(「5時に会社へ行くのでよろしくお願いします」)など。

 インターネットに関しては、先にも触れたが、一番大きく感じた変化として公衆無線LANの普及がある。2008年1月には見られた電力不足による地区ごとの定期的な停電なども、解消されている地域が多い。フエで事業展開している主なISPは、VNPT, Viettel, FPT, VDC, EVNなど。VNPTはVinaphone と mobifoneを傘下に置くベトナム郵政通信公社。Viettelも国防省系の通信事業社。ISP事業では電話回線網を持つVNPTが優勢。VNPTもViettelもADSLサービスを提供している。友人曰く、VNPTやViettel といった国営事業者のサービスはあまり良くないとのこと。最近流行っているトレンドは、ソーシャルネットワーキングサイトへの参加や、自分のBLOGなどを開設して、デジタルカメラで撮影した写真(ベトナムではデジカメも普及しはじめている)等を投稿することなどである。英語ができるユーザーはfacebookに参加しており、実際筆者の友人たちのほとんどは参加している。また、my.opera などはベトナム語のインターフェイスを提供しているので、ここでBlogを開設する人が多く、人気であるとのこと。社会主義政権下にあって、情報統制や言論の自由に対して少なからず制限が見られるベトナム社会において、これらのソーシャルメディアがもたらすインパクト等について分析することは、有意義であろうと思われる。

 

3.今後の予定

 

予備調査で得られた観察、現在進めている先行研究の整理、さらにベトナムの情報通信政策に関する資料(政策文書および統計)の収集を通じて、早急に具体的な研究課題(問題)を設定し、本格的な調査を始めたい。