研究成果報告書

政策・メディア研究科 GRプログラム

                              修士2年 金茵 

学籍番号:80825602      

 

1.フィールドワークのテーマ

「中国における対日農産品貿易の実態――食品安全を中心に」

2.フィールドワークの目的

  中国における対日農産品の生産段階、加工段階、輸出段階のそれぞれで安全管理に関する体制・法規等はどこまで整備・強化されているかを確認する。

  フィールドワークを通じて、中国政府および農産品業者は日本側の検疫制度に対する考えと認識を明らかにする。

3.研究背景と活動の意義

修士課程全体の課題は、「日本における農産品貿易の技術的障害及び中日農産品貿易への影響」をテーマとし、研究は以下の疑問に答えようとするものである。

まず、中日両国の農産品貿易に関する規制決定から、どのような貿易上の緊張及び紛争が起こっているのか。そして、いかにしてこの緊張は緩和できるのか。

また、グローバル化が深化しつつある中、中日両国間の農産品貿易の安全性と効率性を効果的にするためには、SPS協定に基づいた規制の枠組みをいかにして強化できるのか。

すなわち、本研究の目的は規制上における中日間農産品貿易の発展を妨げる要因を明らかにし、制度の改善策を提案し、両国の農産品貿易の発展を促進しようとするものである。

以上の研究課題を達成するために、中国における輸出食品・農産品の安全管理に関する体制や食品安全への取り組み実態、また日本の検疫制度、措置などに対する中国政府の反応を徹底的に調査することが必要とされる。 

今度のフィールドワークの実施場所を北京市と山東省を選んだのも、より意義のあるデータを集めたいからである。北京市は言うまでもなく、中国の首都であり、「政府の声」を聴くのに一番適切な場所でもある。山東省は中国農業の主要な省であり、「食糧・綿花・油の倉庫、野菜・果物・水産物の故郷」といわれている。農産品輸出は中国の三分の一に占め、中国国内における日系食品企業の進出が最も多い地域である。農産品の生産、流通などのプロセスにおける安全性の問題を考察する際に、有力な情報が得られるのではないかと思われる。

4.フィールドワークの成果

フィールドワーク活動と更なる分析を通じて、得られた成果としては、以下の三つが挙げられる。

  対日農産品輸出企業が安全面で直面する問題の発見。

  中国は山東省を含め、輸出食品・農産品の安全性がある程度確保されているものの、管理・監督、一部の法規には不十分な点もみられ、更なる改善の余地がある。

  中国政府および農産品業者は日本側の検疫制度に対する認識の確認。

 

 

各輸出企業への工場調査およびインタビューの概況

1.青島亀田食品有限公司

(1)会社概要

200319日に設立。日本最大の製菓株式会社「亀田製菓株式会社」によって出資しており、20044月に現地での生産が正式的に始めた。最初は子会社として、主に日本向けの輸出で事業を進めたが、20067月から中国国内向けの産品開発にも力を入れ、中国市場での製造販売を推進している。

 (2)原材料に対する安全対策

 「企業+基地」のモデルを構築し、土壌の品質が最も良いと言われる中国の東北地方で専用のお米を栽培している。農薬管理方法については、農薬の安全使用に関する基準が制定され、適用農薬の施薬方法や使用回数などが詳しく定められている。また、農家の播種や施肥、病虫害対策や収穫、貯蔵等のプロセスに責任を負っている。全仕入原材料について品質面での検査が常に行い、原材料であるお米、醤油、海苔に対する残留農薬の検査項目は合わせて204項目になっている。これまで汚染、カビ変質、五感検査異常などによる問題は発生していない。

(3)加工過程での安全管理

 製品は加工の過程で同社が定めた食品安全管理システムとISO9001 管理システムを厳格に遵守している。生産ラインでは品質管理専門スタッフが製品安全性コントロールを行っているため、食品生産面での安全衛生を保証している。作業スタッフの衛生と健康を確実に守り、通気や採光、防塵などの生産現場の環境衛生に努めている。                 

 

2.青島九聯集団株式有限公司

(1)会社概要

1988年に設立され、主に鶏肉製品を扱う中国大型郷鎮企業である。20年余りの発展を経て、今傘下は九つの子会社を有し、鶏の飼育や処理加工から飼料の生産、技術開発、輸出貿易などまで幅広く事業を進めている。その規模は、山東省における同業者の中で最も大きい。生産・加工ラインはすべて日本から導入したもので、日本側からの技術指導を受けており、国際最先端の技術を持っている。年間肉鶏の屠殺量は約8000万羽。

(2)原材料に対する安全対策

 主に以下のようになっている。

    養鶏場・農場の周辺に汚染源があってはならない。

    病害虫および農薬散布に関する記録を残さなければならない。

    獣薬および農薬は十分信頼できる購入元から購入し、使用前には自社および依頼検査により、有効成分・純度などのチェックを実施しなければならない。

    養鶏場・農場の作業員は獣薬・農薬の取扱方法、希釈方法、散布方法などについて詳細なマニュアルに従わなければならない。

(3) 加工過程での安全管理

 「食品衛生法」に遵守し、食品添加物、食品容器、包装材料などの食品衛生の管理監督を徹底的に行われている。企業内部においては国際基準に照らして全過程品質保証システムを構築し、原料の仕入検収、鮮度保持、加工、包装、冷蔵から保管、包装搬送まで全工程管理と重要技術のコントロール管理を実施している。また、専門の衛生管理機構を設置し、研修に合格した専門・兼職衛生管理者を配置している。

3.天津某水産品加工会社(社名を公開されたくない)

(1)会社概要

1999年に設立され、水産品の加工・冷凍を扱う中国企業である。原材料(蟹、海老などの水産物)はニュージーランド、米国、カナダ、ノルウェ―、ロシア各国から輸入し、加工した後に日本、韓国へと輸出する。

 (2)原材料に対する安全対策

 原材料はすべて外国(米国、ロシア、ニュージーランド)から輸入した天然の海産物であるため、入荷前にリスク評価を実施し、入荷後は原料の安全検査により、物理的、生物的または化学的危険性を排除する。それに、原料入荷、生産加工、出庫販売、アフターサービスまでの全過程の管理監督システムを構築している。

(3)加工過程での安全管理

大企業ではなく、しかも簡単作業を繰り返し重複するため、従業員の流動性がかなり高いという点は、生産・加工に支障をもたらしかねない。ミスを犯さないように同社は、品質向上広報月間の展開と情報共有体制の強化を図っている。その他に、生産ラインにおいては現場監督を強化し、原料、添加物サプライヤーへのコントロールも強化している。

 

輸出農産品・食品の安全にかかる実態

1.輸出まで三重の検査体制

 中国において、輸出農産品・食品の安全性にかかる管理は、実質的に三重の検査が行われている。

(1)  日本向けの農産品・食品のほとんどは中国国内流通とは区別されており、開発輸入のかたちで事業を推進するケースが多い。亀田食品の場合、日本から種、農薬などの資材を持ち込み;九聯集団の場合、日本の生産ラインと日本人技術者による指導・管理が行われている。

(2)  輸出者および農場は一定の規模を有するなどの基準を満たし、政府に限定・登録されたものに限られている。そして輸出者は残留農薬検査などのチェックを行うとともに、国家質量監督検験検疫局も輸出入動植物検疫法実施条例による輸出品検査を実施することとされている。その検査体制は図の示すようになっている。

角丸四角形: 中国国家検験検疫局
 


農薬残留などについての検査

 

指導・監督

 
                                                                                                  

 

 

 


生産

 
角丸四角形: 農家


      

 

(3)  国家質量監督検験検疫局による検査をクリアして輸出されたものが、日本で検疫を受け、もう一度安全が確認されることになっている。

2.食品安全に関する政策

 中国は現在、食品安全法律法規システムを確立しており、食品の安全性と品質向上、輸出入食品の貿易秩序維持のための環境を整備している。中央政府と山東省政府を含む各レベル地方政府は、予防を重視し、食品サプライチェーンの源泉からの対策を原則として、「全国規模で統一的に指導し、地方政府が責任を負い、各部門が指導を調整し、各方面が協力し合う」という食品品質安全監督管理事業の枠組みを作り出している。現在、一連の食品品質安全監督管理制度がすでに策定されている。食品生産、加工、消費および監督管理の依拠すべき法律法規は、『中華人民共和国農産品品質安全法』を含む食品安全に関する11の法律、『国務院食品等製品安全監督管理に関する特別規定』など20の行政法規、『農産品産地安全管理弁法』など30の部門規則がすでに公布されている。山東省の各レベル政府も、食品安全関連の地方政策法規を公布している。

 法律法規システムの充実とともに、食品安全の基準化管理とその規範も強化している。中国政府が過去に公布した食品安全に関する国家基準は約1,800項目、食品業界基準約2,900項目で、そのうち強制的国家基準は634項目である。食品安全基準の相互間の重複や適応レベル不明確などの問題を解決するため、国家基準、業界基準、7000項目余りの地方基準および企業基準の整理を行い、約530項目の国家基準と業界基準を廃止した。これと同時に、基準制度の改定作業の進展を早め、2,460項目の国家および業界基準を改定し、新たに約200項目の国家基準を制定し、約280項目の国家基準制定計画を公布した。こうした施策により、食品品質安全基準システムが整備されてきた。そして、HACCP管理システム認証や適正農業規範の実施により、農産品と食品において、農地から食卓までの全過程をカバーする認可・認証システムをほぼ確立している。   

ポジティブリスト制度に対する中国側の反応・評価

日本では20065月に農薬などの残留規制を強化するポジティブリスト制度が導入されていて、食品衛生法残留基準の設定されていない農薬や食品添加物が残留する食品の販売などを禁止することにした。それを契機に、輸入農産物の安全性に厳しい目が向けられ、そして、中国の農産品・食品輸出にある程度の影響を与えた。

中国では、ポジティブリスト制度はどのように捉えられているのか。専門家の話によると、食品の安全基準には健康を損なうものと法律で定めるものの二つの基準がある。前者は毎日一定の量を摂取しても身体的な被害が出ない水準であり、後者は人為的に設定されるものである。両者の間に数倍ないし数十倍の差があったりもする。言い換えれば、前者は科学的なものに対して、後者は主観的に必要に応じて変えられるものなのである。実際、ポジティブリスト制度実施後、問題となった食料品のほとんどが法律で定めた安全基準の近辺に位置し、健康とは直接に関係しないものが結構あったと言われる。とはいえ、中国において政府側は日本向け食品の安全を確保しようとする政策を設定し、またお客様に「安心」をお届けするとその一点に努力を重ねる企業も多い。

 ポジティブリスト制度が導入された後、日本向け食品輸出については検査項目が増え、かつ新たに厳しい基準が設定されたため、政府としてはこれに則って検査しており、その基準を満たさない場合には当然輸出許可を与えない。中小企業の輸出商品の中には基準を満たしていないものが含まれている場合もあるが、その際には一定の期限を定めて改善指導を行い、それでも対応できない場合は輸出許可の取り消しといった厳しい措置をとっている。ポジティブリスト制度導入した直後、山東省政府は輸出農産品品質安全対策取締行動を実施した結果、輸出資格取消処分を受けた企業は146社があった。ただし、食品の安全確保のために厳しい基準を満たせない企業が淘汰される一方、新規に輸出許可を取得している企業もある。

 今度フィールドワークの調査対象となったいくつかの会社は、いずれも日本の安全基準をクリアし、中国の検疫当局および日本市場から一定の信頼を獲得している。九聯集団は、鶏の飼料として栽培している植物に投与した農薬の約9割が輸入品で、1割が国産である。農薬を使用するに当たっては、詳細な使用計画表を作成し、使用状況を記帳・管理している。それに、自社の農薬分析センターにおいて日本と同様の工程に従い検査を行っている。商品の大部分を日本向けに輸出しているが、自社が使用した農薬について日本のポジティブリストにおける残留農薬基準の二分の一以下の値を出荷基準としている。

 同社の経営者は「農産物・食品が安全であり、消費者に安心を提供していくことは、農産物・食品を生産するものにとっての当然の責務である。ポジティブリスト制度に不合理的なところがあるものの、それを乗り越え、一層安全な食品を提供すべきである。むしろいい刺激を受けている」とポジティブリスト制度を評価した。また、「今、安全性確保に向けた取組強化の努力は、なにも日本などへの輸出のためだけではなく、まさに何よりも中国自身にとっての重要課題なのである」と述べた。

 各会社はポジティブリスト制度に対し、以下のような問題を挙げた。

    暫定基準設定に際し、対象とした5ヵ国における残留基準値に大きな差があり、この場合、単純な平均値によらず、それらの国からの食品の輸入実績、農薬の使用実態などを考慮し基準値を設定すべきである。また、それ以外の国からの輸入に対し、主要な当該国で登録、使用され、残留基準が設定されている場合には、当該基準値についても考慮し基準値を設定すべきである。

    一律基準値については、いたずらに小さな数値とするのではなく、法施行後の分析手法およびコストの面、さらには安全性評価が行われているか否かも考慮した基準値が合理的だと考える。また、単に欧米の基準をあてはめるということではなく、各国農業の固有の事情(気候、土壌、消費習慣など)というものを十分に配慮することが必要である。

 

 

参考資料

1.『中国食品安全法』

2.『済南市食品企業標識化管理弁法』

3.「中国の農産物安全性確保への取組実態2002 農林金融

4.国家質量監督検験検疫総局ホームページ

5.「平成19年度食品規制実態調査」2008 ジェトロ

6.阮蔚〔2003〕『WTOと中国農業』筑波書房