2009年度森泰吉郎記念研究振興基金活動報告

 

政策・メディア研究科 修士課程2

呉 旻霞(80825537)

 

 

一、研究課題名:中国大衆ナショナリズムの勃興とメディアの変容

二、研究目的

 本研究は近年中国社会で勃興するナショナリズムに着目し、その性質を「愛国主義教育」に象徴される国家ナショナリズムとは異なる内容の大衆ナショナリズムとして位置づけ、中国大衆ナショナリズムの勃興とメディアの変容、特にメディアの商業化との関係を考察する。具体的には、新聞メディアの対日報道を事例とし、とりわけ「反日」デモ事件をめぐる党機関紙と都市型新聞の対日報道に対して比較分析を行う。

三、研究背景

1、中国大衆ナショナリズムの登場

 近年、中国では「反米」「反日」「反フランス」といった反外国の世論と行動がしばしば見られる。その原因について、中国共産党と政府による愛国主義教育は外国のメディアや一部の研究者によって指摘されたが、しかし、それは本当なのであろうか。それを理解するために、同時に中国社会で現れているもう一つの現象を見逃してはならない。それは90年代後半、『中国可以説不』(ノーと言える中国)などの本がベストセラーになったことである。つまり、そのような反外国の世論と行動は党と政府が提唱する愛国主義ではなく、1990年代半ばから台頭してきた大衆ナショナリズムとして理解したほうが適切だと本研究で主張したい。

 なぜなら、愛国主義教育は、1994年中国共産党が『愛国主義教育実施綱要』を発布(はっぷ)したときから実施し始めた。その背景には90年代、市場経済が加速する中、社会主義イデオロギー教育は効果を失ったため、「愛国主義」によって、国民をもう一度統合しようという狙いがあった。つまり、「愛国主義」は一種の国家ナショナリズムである。

2、中国メディアの変容

 このような「大衆ナショナリズム」の勃興はちょうど中国メディアの変容過程と一致している。

 中国メディアは改革・開放以降、特に90年代半ばから大きく変容してきた。改革開放以前、中国メディアは、「党報体制」という一元化のシステムであった。しかし、「党報」は党員や公務員などが党と国家の方針・政策を学習する材料で、単なる宣伝機関であったため、大衆に情報を伝える報道機関ではなかった。ところが、改革開放期に入ると、中国のメディアにおいても独立採算、広告など市場経済の要素が導入され、週末新聞、週刊誌が次々と創刊され、中国メディアは商業化してきた。ただ、80年代には「党報」はやはり重要な地位を保たれいた。その地位は実質的に変わったのは市場経済が定着する90年代半ば「都市報」の登場からである。その時から、「党報」の発行部数と広告シェアが急速に減少した。「都市報」の発行部数、広告収入、いずれも「党報」を大きく超え、中国メディアの主流となった。

 このように商業化したメディアは販売を伸びるために、大衆のルサンチマンに迎合しやがちである。そのため、大衆の出来事に対する客観的な認識に貢献できず、逆にナショナリズム的な感情を生じさせるのである。メディアの商業化とナショナリズムの関連性に関して、中国社会科学院メディア調査センター長、劉志明教授は1990年から全国で実施してきた対日世論調査が裏付けている。それは中国人対日世論の変化パターンは中国メディアの変容と一致しているということである。

四、問題提起

 大衆ナショナリズムの登場とメディアの変容は同じタイミングであることは単なる偶然であるとは考えられにくい。

1、中国大衆ナショナリズムとメディアは具体的にいったいどのような関係なのか。

2、それは中国社会発展のゆくえに関してどのようなヒントを与えてくれるのか。

五、事例について

 それらの問題を解明するために、本研究では、「反日」デモ前後1年間、「党報」と「都市報」それぞれの対日報道を事例にしたいと思う。理由は以下の通りである。

(1)なぜ「党報」と「都市報」の対日報道を比較するのか。「党報」は中国共産党の方針・政策を宣伝する媒介だけではなく、愛国主義教育の重要な場である。それに対して、「都市報」は商業的な報道メディアの代表であり、現在、中国で注目されているインターネットの報道源でもある。両者を比較することによって、それぞれの日本報道の基調が分かるはずである。

(2)なぜ「反日」デモ事件に至るまでの報道を選んだのか。「反日」デモの発生は近年中国大衆ナショナリズムの頂点とみなすことができる。この事件に至るまでの報道に対する分析によって、メディアと中国大衆ナショナリズムの関係を提示する。

六、仮説

 通常のモデルは、「メディアの多元化は民主化につながる」ということを主張している。しかし、このモデルは現在の中国において、少し変わった形として現れている。つまり、表面上、商業化、多元化した中国メディアは逆に大衆ナショナリズムを刺激したという仮設である。ただし、中国メディアの実質的な多元化が進めれば、民主化が実現することも考えられる。

七、先行研究

1、中国ナショナリズムの歴史的変遷を分析する研究

西村成雄編、『現代中国の構造変動の3 ナショナリズム―歴史からの接近』(2000

田島英一、『弄ばれるナショナリズム』(2007

2、日中両国、あるいは日・中・韓三国のナショナリズムを比較する研究

塩沢英一など著、『東アジア・交錯するナショナリズム』(2005

高原基彰、『不安型ナショナリズムの時代―日韓中のネット世代が憎みあう本当の理由』(2006

3、メディアの視点からの研究

大石裕・山本信人編、『メディア・ナショナリズムのゆくえ―日中摩擦を検証する』(2007

高井潔司編・日中コミュニケーション研究会編著の『日中相互理解のための中国ナショナリズムとメディア分析』(2005

八、本研究のオリジナリティーと意義

 本研究は3番目に位置づけられるが、先行研究と比べれば、本研究のオリジナリティーは以下の通りである。先行研究はある程度中国大衆ナショナリズムとメディアの関連性を触れたが、明確にその関係を示していない。本研究はまさに正面から両者の関係を解明しようとする。

九、森基金による研究活動

 森基金をいただき、20098月と20101月、2回中国で現地調査を行った。

1、200986日〜20099月3日

@北京、武漢における新聞社への訪問調査(新京報、中国日報、楚天都市報)

Aメディア関係者と政府関係者に対するインタビュー調査(新聞社国際ニュース部編集記者、武漢外事弁公室アジア室主任)

B中国国家図書館および湖北省図書館における資料収集

2、201017日〜2010年1月24

@広東省における新聞社への訪問調査(南方新聞メディアグループ、南方都市報広州本社、南方都市報東莞支局)

Aメディア関係者に対するインタビュー

南方報業伝媒集団・副総経理A(南方新聞メディアグループ・副社長A氏)

南方都市報社弁公室主任B(南方都市報社・管理本部・部長B氏)

南方都市報社・評論部・主任C(南方都市報社・評論部・部長C氏)

南方都市報社・東莞?者站・記者D(南方都市報社・東莞支局・記者D氏)