2009年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金

成果報告書

 

“リハビリテーション治療のための運動機能の脳科学研究”

慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科

修士課程2

80825578

徳之

nori963@sfc.keio.ac.jp

 

1.           はじめに

リハビリテーション医療は,原因疾患の根本治療と共に,対象者の能力を十分に把握しながら,日常生活再獲得に取り組んでいく学習を背景にした医療である.すなわち,治療対象者の現状機能を把握し,特徴に配慮した治療的介入方法を模索し,その結果を評価することが重要である.従来行われている評価は,「できる,できない」で示す2値的な量的評価であり,経験や評価者・対象者の主観により行われてきた.「楽に動ける」などの質的評価は,科学的根拠を得づらく,効果や要因を検討するには困難な現状がある.脳損傷後の脳の可塑性が発表されて以来,脳活動がリハビリテーション領域で注目されてきた1.近年は,拘束性が少なく日常動作に近い状態で脳活動を測定できる近赤外線を用いた光脳機能イメージング(Kato1991)を用いた報告が散見される.そのなかで,脳の神経活動と関連した毛細血管での酸素消費反応を定量的に計測できるCOECerebral functional mapping of Oxygen Exchange 脳酸素交換機能マッピング)計測法が,Kato(2001) によって提案された2][3.これは,臨床を通じた客観的な効果検証,介入方法の検討を可能とする一つの手段,さらには,個人の運動機能評価の可能性を示すと考えられる.しかし,運動変化をこのようなCOEを用いて検討した先行研究は見当たらない. したがって,練習効果とその要因を検討する臨床評価の一つとして確立することを目的に下記の実験を行った.

 

2.           実験

2-1.実験内容と結果

今学期は,対象物の一辺が1cmの木片を28cm間隔におかれたお皿の間を左手,または右手で箸を用いて移動させた時の木片移動個数と,課題遂行中の大脳皮質の運動関連領域の酸素代謝の関連性を再検討した.右手,左手での課題を各40施行(1施行は15秒)行った.

 被験者3名を比較すると,前補足運動野(pre-SMA)に該当する対応するチャンネルにおいて,脳酸素消費が顕著である被験者(Sub.2)は,他の被験者と比較して安定して1施行中の木片移動個数が増加していく傾向を示した(R2=0.2464).サルに対してSequential button press taskを実施した時,pre-SMAの神経細胞は,学習の早期段階に活動的になり,活動していない状態であるとエラーが増加して新しい連続動作の学習に障害を導く傾向があることがサルとヒトを対象にした実験で報告されていた (Nakamura,K et al ;1998,1999) (Sakai,K et al. ;1998)Sub.2は,新規活動である左手を用いた箸操作活動でpre-SMAにおける脳酸素交換が他の被験者より顕著に生じており,一施行で運ぶ木片の数も増加する傾向をみとめたと考えられる.リハビリテーションにおいて,毎日行われる治療的介入がキャリーオーバーされ,積み重ねられていくことが重要であるため,この視点は,学習を進行させているのかを脳の生理学的指標から見る際の指標になる可能性があると考えている.

そして,今回一次運動野におけるチャンネルにおいては顕著な酸素消費反応は認められなかった.筋と脳は皮質脊髄路で結ばれているが,第一次運動野から皮質脊髄路に投射されるのは30-40%であるとされており,運動前野,補足運動野からも投射されることが示されていた(RA. Barker et al, .服部孝道訳;2009).力の出力に関しては,サルの前腕の筋を対象にした実験によると,一次運動野の神経発射頻度と力の大きさとほぼ右上がりの直線関係に近い関連性を示すことが知られていた(Chaney. PD; 1980).また,上腕二頭筋の筋収縮力が強いほど補足運動野における運動関連皮質電位(Movement-related cortical potentials ;MRCPs) が大きくなることが報告されている(Oda, S ;1996).このように,一次運動野,補足運動野が筋出力にかかわることが考えられるが,今回行った箸操作のような小さい筋活動で可能な課題においては一次運動野よりも補足運動野の活動の方が有意になったのではないかと考えられるため,補足運動野と一次運動野の活動する負荷量について検討する追加実験が必要と考えられる点であった.

 

2-2.実験2の内容と結果

実験2-1の結果を受けて,骨格筋への電気刺激装置を用いて段階的に定量的刺激を加えて手関節背屈可動域40°80°3段階の刺激強度で刺激した時の,大脳皮質運動野の手の動きに関わる脳部位の酸素消費量をNIRSを用いて計測した.各関節角度は有意差を認めたが,一次運動野における脳酸素消費反応を確認することはできず,負荷量による違いも確認することができなかった.随意運動でないことが影響しているためか反応が小さく,運動開始のしるしをミリセカンドオーダーでつけることができていないことから,解析を一度中止した.

 

3.おわりに(今後の実験にむけた準備)

2008年に計測をした手関節背屈を,2kg負荷,0kg負荷,運動イメージの3条件で行った時の脳活動の詳細な解析を行い,負荷の小さい状態での運動時に表れる脳活動を検討するために実施した.解析は,5人の被験者全員の課題中のGrand AverageMapping解析を行った.2kg重の負荷を加えられた状態で随意的に手関節背屈曲運動を実施した時,一次運動野に対応する部位において,Deoxy-Hb増加とOxy-Hb低下を認め,低酸素化した.しかし,個々人のDeoxy-HbOxy-Hb2次元平面に添付すると,一次運脳野に対応したチャンネルは,0kg2kgの課題中に変化するベクトルの方向には違いが見られない被験者を認めた.個々人の負荷に対する耐性がことなるために,一次運動野が活動する程度が異なっていることが要因であると考察した.この0kg2kg負荷時の脳活動を比較した解析、及び実験1を通じて,負荷を可能な限り大きくして検討する必要性が考えられた.先行研究では,10RM(10回繰り返すことが限界である負荷)での随意運動をした時には,筋肉のDeoxy-Hbが増加し,Oxy-Hbが低下した(Tamaki,T: 1994).また,脳においてもTMSTranscranial Magnetic Stimulation)を用いて運動閾値の120%で一次運動野を刺激すると,Deoxy-Hbの増加とOxy-Hbの低下が生じることが確認された(Akiyama,T:2006).つまり,脳も筋肉も活動時には酸素消費反応が強く生じるということが考えられるため,随意運動で異なる負荷を加えた状態での実験案の検討を進め,2010年度春学期前までに計測をする.

 

3.           参考文献

[1]     道免和久,田中章太郎:講座 脳の可塑性 運動療法.総合リハビリテーション,3012号,pp.1389-13952002

[2]     加藤俊徳:COE(脳酸素交換機能マッピング)光機能画像法原理の利用.小児科.Vol.46No.82005

[3]     加藤俊徳:COE(脳酸素交換機能マッピング)酸素交換度と酸素交換直交ベクトルの利用.臨床脳波.Vol.48 No.12006.

[4]     Oka N, Yoshino K, Ishizaki S, Kato T.Brain activity during voluntary movement and exercise imagery using Near-infrared spectscopy (NIRS). 14th Annual Meeting of the Organization for Human Brain Mapping, 2008.

[5]     脳の学校 COEセミナー2007 資料

[6]     Sakai,K et al. (1998) ‘ Transition of Brain Activation from Frontal to Pariental Areas in Visuomotor Sequence Learning’ , J. Neurosci. 18, pp.1827-1840.

[7]     Nakamura,K et al.(1998) ‘ Neuronal Activity in Medial Frontal Cortex During Learning of Sequential Procedures ‘ . J. Neurophysiol. 80, pp.2671-2687.

[8]     Sakai,K et al.(1999) ‘Presupplementary Motor area Activation during Sequence Learning Reflects Visul-Motor Association’. J. Neurosci19, pp.1-6.

[9]     RA. Barker et al, .服部孝道訳 ,(2009), ‘一目でわかるニューロサイエンス 3’. メディカルサイエンス・インターナショナル, pp.74.

[10]  Cheney.PD et al.(1980), Functional classes of primate corticomotoneuronal cells and their relation to active force. J Neurophysiol, 44,pp. 773-91.

[11]  Oda,S et al.(1996) ‘Force-dependent changes in movement-related cortical potentials. J Electromyogr Kinesiol,6(4): pp.247-252.

[12]  Tamaki,T et al.(1994), ‘Changes in muscle oxygenation during weight-lifting exercise’, Eur J Apple Physiol, vol.68,pp.465-469.

[13]    Akiyama,T et al.(2006), ‘TMS Orientation for NIRS-Function Motor Mapping’, Brain Topography, vol.19, no.1/2, pp.1-9.

[14]    J.Talairach et al.(1988)‘Co-Planar Stereotaxic Atlas of the Human Brain  3-dimensional Proportional System: An Approach to Cerebral Imaging’, Thieme, 1988.

 

※学会発表

・岡 徳之 他(2009脳酸素交換(COE)指標を用いた箸のパフォーマンス変化の検討 −対象物の難易度と左右手の違いによる脳の酸素使用効率変化―’,第43 日本作業療法学会(福島)