1.研究課題名

流体装飾装置の開発と流体装飾分野の体系化


研究概要:

当研究では、昨今のHCIデザイン分野における、メディアのマテリアライゼーションの動向に着目しつつ、文字・記号の表示や、ピクセルイメージによる図像など、「ディスプレイ型」の発想に捕われない新規ビジュアルメディアを提案する。その際に、オプティカル・メディア型の図像構成法のオルタナティブとして、装飾的図像表現の概念・手法を参照し、この表現手法と、今日のフィジカルコンピューティング技術の組み合わせによるビジュアルメディア開発の有用性について考察する.

上記概念に基づき、実体性と可塑性を併せ持つ新たな装飾型メディアとして、流体素材のコンピューティング制御という形式を採るFluid Textureを提案する.実際にFluid Textureのプロトタイプを制作し、デモンストレーション展示を通じて、鑑賞者の反応から新たなデザイン領域として如何なる可能性を備えているかについて考察・知見を得る.


報告:

Fluid Texture、第一プロトタイプであるオイルを用いた流体装飾装置(fig.1)についてまとめた論文を、日本バーチャルリアリティ学会に投稿し、査読審査の上採択・掲載された.


また、流体装飾を新規デザイン領域として確立するため、伝統的な装飾について構造主義的視点よりダイアグラム化を行い、それに基づき、流体装飾の概念フレームワークを構築した.
































fig.1 オイルを用いた流体装飾装置





【論文掲載について】

<掲載情報>

日本バーチャルリアリティ学会 学会誌

Vol.14(2009), No. 3 pp.335-342


http://www.vrsj.org/paper/search_detail.php?paper_id=713



<論文要旨>

本論では、液体の熱対流現象を用いて液面上のプログラマブルな模様を描くことの出来る、流体装飾装置“ene-geometrix“について述べた.

「1. はじめに」では、この流体装飾型インスタレーションを制作した動機について、普段何気なく見過ごしている自然界の法則に、人々が直観を通じてその面白さに気付くチャネルの提案という形で本装置を制作したことを述べた.

次に「2. 作品背景と表現設計」では、制作背景となる今日的科学理論パラダイムの変化として、機械論的自然観から、生命論的自然観への推移について論じた。この二つの自然観の相補性を表すのが、本制作物の思想的背景となっていることを述べた.また、関連の表現形式として、1990年代半ばから後半に多く制作された、自然現象を装置の中で増幅する形式のアート分野である“フェノメナアート”を挙げた.このフェノメナアートは、複雑系科学に触発され興隆したサイエンス・アートの一形式であるが、時代性を強く反映し、複雑系科学の対象とするような現象に特に注目したものであるため、それ以前の機械論的自然観を表す現象については取り扱ってこなかった点が挙げられる.本制作物“ene-geometrix”は、複雑系科学が対象とするような現象と、機械論的自然観を表すような現象の両方を、流体マテリアルの中に同時に引き起こすことで、自然の持つ両側面を一つのシーンとして、鑑賞者に提示する表現を行っており、フェノメナアートを批判的に継承した発展形式と言うことができる.

「3.作品構成」においては、ene-geometrixを構成するシステムについて、フィジカルマテリアル構成、電子でバイス構成、制御システム構成、ユーザーインターフェース構成について述べた.システムの概要としては、トレーサー粒子を混ぜることで流れを可視化したオイルが注がれた金属製のトレーの下面に、5×5のマトリクス上にペルチェ素子(電流の向きを制御することで、加熱、冷却を切り替えることの出来る電子素子)を配置し、コンピュータを介して素子を制御することで、任意の場所とタイミングで液体の熱流動を引き起こしている.素子の制御方法に着いては、オートメーションで予め設定したパターンをシーケンシャルに再生することも可能であり、また、GUIを介して、鑑賞者が自由に素子の状態を変更することの出来るインタラクティブな制御も可能である.

「4.現象説明と図形表現」においては、本装置が流体表面上にパタンを描き出す仕組みを解説している.熱対流が流体表面まで上昇すると、円形に流れが広がり、次に対流同士がぶつかることで、流れの境界線が発生する.この流れの境界線は、言わば素子の熱量によって発生した対流エネルギーの勢力図であるため、素子の状態を変化させることで、境界線の位置を変更することが可能である.これは、計算幾何学における、ボロノイダイアグラムのアルゴリズムと同様の仕組みである.また、流体と周囲の気温とが一定の閾値を越えたところで、鱗状の自己組織パタンが発現する.このパタンが発現した際に、素子を冷却状態にすると、鱗状のパタンが引き延ばされ、花の花弁のようなパタンを描くことができる.このようなパタン生成の仕組みを踏まえて、時間軸上で素子の状態を変化させることで、刻々と表情を変える流れのパタンを描き出すことが可能になっている.

「5.展示実験」においては、本装置の展示を通じた鑑賞者の反応とその考察について述べた.本装置は、これまで、メディアアート・テクノロジーアートの分野で世界的に権威のあるアルスエレクトニカ・センターで一年間の展示を行っている.また、平成19年度文化庁メディア芸術祭にも出品しており、鑑賞者数は数万人を越えている.その中で、筆者が直接接した鑑賞者から得られた反応として、「感性的反応」と「内省的反応」について述べた.前者は、鑑賞者が、作品を見ている時の気持ち、感覚をそのまま述べて行くタイプであり「ずっと見ていたい」や「惹き付けられる」といったものが多かった.また、後者は「雲みたいだ」「みそ汁のあの動きだね」というように、自然界における同様の仕組みによる現象を連想するタイプの者である。このような鑑賞者の反応から、本装置の表現力は、鑑賞者を感性的に惹き付けつつ、自然法則への気付きを促していると考察することができ、制作背景や動機が、作品に十分に反映出来たと言うことができるであろう.



【流体装飾の概念フレームワークについて】


装飾論の興りは19世紀末であるが、1920年代、産業革命と近代理性主義の高まりによって、装飾論が一旦途絶えてしまう。再度装飾について語られるようになるのが1970年代であるが、それまでの装飾論が装飾モチーフの起源に対する言説で締められていたのに対し、心理学や知覚理論、文化人類学的視点をベースとした新たな装飾論が提唱されるようになった。即ち、この装飾論が獲得したのは、個々の装飾について言及するのではなく、装飾を人間が獲得した一つの表現メディアとして、“言語”や”音楽”と同等のレベルの抽象度を持って捉える視点である。本研究ではこのような装飾論にもとづき、装飾をビジュアル表現のひとつのフレームワークとして捉える。その基で、流体装飾の概念フレームワークを構築した。フレームワークは、コンテキスト、リソース(style, medium)、表現(composition, processing)、コンテンツからなり、リソースとコンテンツには相互に対応する階層構造が存在する。伝統的な装飾についてダイアグラム化したものがfig2、本研究における流体装飾についてダイアグラム化したものがfig3である。





fig2. 伝統的装飾のダイアグラム




fig3. 流体装飾の概念フレームワーク