2009年度 森基金 成果報告

政策・メディア研究科

修士課程 1年

80924398

加藤 剛

研究課題

「料理レシピ投稿サイトにおける共感構造の分析と応用」


目次

1、研究概要

2、研究背景

3、研究目的

4、研究手法

5、結果

6、考察

7、おわりに

参考文献




1、研究概要

本研究の主題は、ウェブ上で公開されたブランド性のないレシピが人気を獲得するプロセスの分析を通じて、料理レシピ投稿サイトにおける共感構造を明らかにすることである。料理研究家や著名人ではない、普通の家庭の普通の主婦が公開するレシピに人気が集まるという、「ありそうにない」事象がどのように生成し得るのだろうか。本研究で取り上げる事例は、料理レシピ投稿サイトCOOKPADである。COOKPADには、投稿されたレシピに対して、「私もつくってみました」として写真付きでコメントを投稿する「つくれぽ」(「つくりましたフォトレポート」の略)という機能がある。本研究においては、この「つくれぽ」の投稿数が高いレシピを「人気の高いレシピ」として定義することとする。

具体的には、ユーザ毎の「つくれぽ」投稿行動と、人気を集めたレシピ毎に集まった「つくれぽ」を、共感のタイプで類型化し、分析を試みる。個々のユーザは、「この人のつくったレシピであれば信頼できる」という人への信頼、「COOKPADには日々300前後のレシピが投稿されているのだからどこかに自分の好みに合うレシピがあるはず」というCOOKPADシステムへの信頼をバランスよく保ち、行動しているのではないか。また、人気を集めたレシピには、「この人」という人への共感に基づいた少数の「つくれぽ」がある一方で、「知らない人だが美味しそう」というコンテンツへの共感に基づいた多数の「つくれぽ」によって、支えられているのではないだろうか。以上が、本研究の中心仮説である。この仮説に基づいて分析に取り組むことで、コンテンツ投稿サイトにおける共感構造について言及することを目指す。



2、研究背景

近年、いわゆる「普通の人」がウェブ上にコンテンツを投稿できるようになり、多種多様なコンテンツがあふれるようになった。そこには、万人に好まれるコンテンツもあれば、ある一部の人に限定的に好まれるコンテンツもある。ウェブのコンテンツ投稿サイトの特徴は、そのコンテンツの大量さ・多様さゆえに、誰もが「探せば自分にとって必要な情報がどこかにあるだろう」という期待の持てるところにある。必要な情報の探索が可能になるのは、一方で情報をウェブ上で生み出している人がいるからである。ウェブ上にコンテンツを投稿することは、「誰かを支援して喜ばれたい」という想いや、「自分の能力やセンスを見せびらかしたい」という想いに支えられた、「誰かが見てくれる」という共有・共感を求めた行為なのである。それは、熊坂(1998)や金子(2002)が指摘するように、ウェブ上における情報探索と情報支援の関係は、「誰かを支援したい」というボランタリーなスタイルなのである。このように、有名人や著名人でない人によって支えられた、すなわち、ブランドに支えられていないコンテンツがウェブ上では重要な意味を持つのである。そのようなコンテンツが大量に溢れることで、どこかでそれを必要とする人を支援するためである。このような背景から、ウェブ上では、従来のインタビューやアンケート調査では不可能な、大量の集合知に基づいた社会科学の構築が求められているのである。

本研究では、「料理」というジャンルにおいて、上記のことが顕著に表れているウェブサイト、COOKPADを対象として分析を進める。COOKPADは、1998年に開設された、料理レシピの投稿サイトである。COOKPADの特徴は、レシピを投稿することのみならず、「つくれぽ」にある。「つくれぽ」は、他のSNSとは異なる大きな特徴であるといえる。すなわち、他のSNSでは、自分の気になったコンテンツにただコメントするだけでよいが、COOKPADでは、実際に自分もレシピを追体験し、その写真と共に投稿する仕組みになっているのである。この「追体験創作する」ことで、レシピ作成者は、「実際につくってもらい、美味しいと言ってもらえる」という喜びを得ているのである。

COOKPADでは、誰でもレシピを投稿できるという特性ゆえに、多くの人たちによってレシピが投稿され、「つくれぽ」が投稿されている。COOKPADの特徴は、ブランド性の高い特定の万能なレシピをそろえているのではなく、日々、普通の主婦によってレシピが投稿され、普通の主婦によって「つくれぽ」が投稿されているという事実にある。すなわち、COOKPAD上に常に新しいレシピ・「つくれぽ」が投稿され続けることで、COOKPADのユーザ間では、共感に基づいた探索と支援の関係が、新しく更新され続けているのである。本研究は、COOKPAD上の、ブランド性に支えられていない人気レシピに「つくれぽ」が集まるプロセスについて明らかにすることで、コンテンツ投稿サイトで、「共感」がつくる社会構造について明らかにする。



3、研究目的

本研究の目的は、COOKPADにおいて、「つくれぽ」が集まるプロセスを分析することで、コンテンツ投稿型のネットワーク社会を取り巻く共感構造について考察し、現代の新しい情報社会論を構築することにある。具体的には、ブランド性に支えられていないコンテンツに人気が出るプロセスを分析することで、ウェブ上で、ブランドに代わる信頼や共感の構造を明らかにする。COOKPADでは、互いに見ず知らずの普通の主婦の作成したレシピに、「つくれぽ」が集まってくるのである。大量にレシピがある中で、しかも、ランクがそんなに高くはないレシピに、200前後の「つくれぽ」を集めているのである。それは、どのようなプロセスで集まっているのだろうか。


図1 共感タイプの分類

本研究では、その「レシピに『つくれぽ』が集まるプロセス」を、「ユーザの『つくれぽ』投稿行動」と「レシピに集まった『つくれぽ』による共感意思表示」として捉え、どのようなタイプの『つくれぽ』がどのような集まり方をしているのか、そのパターンを明らかにする。前者では、ユーザ毎の「つくれぽ」投稿数と、「つくれぽ」投稿によるユーザネットワークの次数中心性から、ユーザの「つくれぽ」投稿行動を、人への信頼か、冒険行動か、大規模か、小規模かの4つのタイプで分類する。また、後者では、あるレシピに集まった「つくれぽ」の投稿者とレシピ作成者との関係が一方向的か、双方向的か、人基準か、コンテンツ基準かの4つのタイプで分類する。

これらの類型化から、個々のユーザは、「この人のつくったレシピであれば信頼できる」という場合、「この人は知らないが、レシピは美味しそうだ」という場合の、両者をバランスよく保ち、行動しているのではないか。また、人気を集めたレシピには、「この人」という人への共感に基づいた少数の「つくれぽ」がある一方で、「知らない人だが美味しそう」というコンテンツへの共感に基づいた多数の「つくれぽ」によって、支えられているのではないだろうか。として、本研究では仮説を立てる。



4、研究手法


図1 ユーザのレシピ・「つくれぽ」投稿数分布

図2 「つくれぽ」を獲得したレシピの獲得数と順位

本研究では、まず、ユーザの「つくれぽ」投稿行動を類型化した後、人気のあるレシピ毎に「つくれぽ」のタイプについて類型化を試みる。図1が示すように、レシピばかり投稿しているユーザがいる一方で、つくれぽばかり投稿しているユーザもいて、その人数はほぼ同じと言える。また、レシピ毎のつくれぽ獲得数を調べると(図2)、一部のレシピに大量の「つくれぽ」が集まる一方で、大量のレシピに少しずつ「つくれぽ」が集まるような構造が見られた。本研究では、この事実を踏まえて、以下の3つの段階で研究を進めることとする。

  1. ユーザ毎の「つくれぽ」投稿行動

    まず、ユーザ毎の「つくれぽ」投稿によるユーザネットワークの次数中心性から、ユーザの「つくれぽ」投稿行動を、人への信頼か、コンテンツを探す冒険行動か、大規模か、小規模かの4つのタイプで分類する。ユーザによって、つくれぽ投稿数はまちまちなので、つくれぽ投稿数の分布の中間点である50個にを境目として、大規模と小規模に分ける。また、あるユーザが投稿した「つくれぽ」の記録をもとに、「つくれぽ」が投稿された順にユーザを時系列でつなぎ、次数中心性の高いユーザを「人を信頼した『つくれぽ』投稿」、次数中心性の低いユーザを「コンテンツを信頼した『つくれぽ』の冒険行動」として類型化する。この4つのタイプの「つくれぽ」投稿行動の類型化によって、どのタイプのユーザがどの程度存在するのかについて調べる。

  2. レシピに集まった「つくれぽ」の共感タイプの類型化

    次に、レシピに集まった「つくれぽ」を4つの共感のタイプに分類する。分類基準は、レシピ作成者と一方向的か、双方向的か、また、そのレシピ作成者の他のレシピに過去に「つくれぽ」を投稿したことがあるか否かである(図5)。「つくれぽ」投稿者の作成したレシピに、レシピ作成者が「つくれぽ」を投稿していれば、双方向的とみなします。この分類基準を、「つくれぽ」を多く集めたレシピに適用し、レシピ毎に、4つの「つくれぽ」の分布の仕方を調べる。

  3. レシピの「つくれぽ」の集まり方

    最後に、2で分類したタイプの「つくれぽ」が、どのような順番で投稿されたかを、時系列で調べる。レシピによって「つくれぽ」の集まり方の速度は様々であり、また、(2)のタイプも順番も様々である。この集まり方をレシピごとに調べることで、集まり方パターンを見出す。



5、結果



  1. ユーザ毎の「つくれぽ」投稿行動


  2. レシピに集まった「つくれぽ」の共感タイプの類型化


  3. レシピの「つくれぽ」の集まり方


6、考察

1の結果から、「どのユーザも、基本的にはコンテンツベースでクックパッドの中の膨大なレシピから探す一方で、定期的に自分の「お気に入りの人」のレシピに『つくれぽ』を投稿している」という事実が明らかになった。 また、研究手法2の結果から、「どのレシピも、基本的にはクックパッドの大量のレシピから探し当てられて投稿された『つくれぽ』がある一方で、「この人のレシピは信頼できる」として投稿された『つくれぽ』が一部ある」という事実が明らかになった。 このことから、普通の主婦がつくったレシピに人気が出る理由は、 「人(レシピ作成者)への信頼」と、「クックパッドのシステムへの信頼」という二つの信頼が機能しているから、と言えそうである。 人への信頼とは、この人のレシピは過去につくった時美味しかったから、きっと今回も美味しいだろう、という信頼。この信頼は、過去の「つくれぽ」投稿(=「共感」)が成功した時に信頼になる。 また、システムへの信頼とは、毎日300もレシピが投稿されている。これだけレシピが投稿されていれば、どこかに自分の食欲を満たすレシピが必ずあるだろう、という信頼である。

そして、3の結果から、「人気の高いレシピも、そうでないレシピも、『つくれぽ』のタイプとその順序にほとんど差はない」という事実が明らかになる。これは、「大きな事件も、小さな事件も同じ原理である」という、べき乗則の特徴として還元できる可能性がある。「地震は、起こりはじめたときには、自分がどれほど大きくなっていくか知らない」(歴史の方程式)のである。すなわち、大きな地震も、何か特別な原因があるわけではなく、小さな地震と同じ原因で引き起こされている。地震の揺れは、地殻の歪みが解放されることによるが、その揺れが周囲の地殻を巻き込んだ時に、大地震となる。つまり、地震が大きいか小さいかは、伝播・影響のプロセスの結果による。 同じように、 レシピも、それが投稿された時、どこまで人気が出る(=「つくれぽ」が集まる)かわからない。 地震でいうところの「他の地殻を巻き込むプロセス」を、本研究では、「『つくれぽ』投稿者が巻き込まれるプロセス」として捉え、そのパターンに迫る。 なので、普通の主婦がつくったレシピに人気がでるのは、「偶然」の要素がかなり強い。それは、ほとんどの「つくれぽ」がコンテンツベースで大量のレシピから見つけられたものである、という事実も裏付けている。つまり、「たまたま見つけられてモノ」に人気が出るといえるのではないだろうか。



7、おわりに

本研究の意義は、理論的命題として、研究の仮説と議論からさらなる推論を重ねていくことで、「つくったコンテンツをウェブ上で見せびらかすことによる社会秩序」における理論的命題を示唆する可能性にある。本研究で扱う事例COOKPADは、「料理」という特殊なコンテンツ投稿サイトである点において、そのまま他の事例には適用できるような一般性を主張することはできない。その意味で、本研究の分析で明らかにしたことは、「料理サイト」というジャンルにおける「中範囲の理論」といえる。しかし、「つくったコンテンツをウェブ上で見せびらかす」ことは、料理に限らない、ウェブの本質である。

本研究の仮説・議論から、「つくって見せびらかすことで生成される共感秩序」を「顕示的創作」の情報社会学として構築を試みる。「顕示的創作」は、ヴェブレンの「顕示的消費」にちなんだもので、創作を見せびらかすことで生成される社会秩序形成メカニズムである。「顕示的消費」とは、自らの金銭的能力を見せびらかすことで、生産労働階級との差別化を図ることである。例えば、優雅なドレスを着て生活することで、自分がいかなる生産労働にも従事していないことを誇示するのである。「顕示的消費」は、他者と比較した金銭能力の誇示であるため、競争心や妬みを引き起こす。生産労働に携わる人々は、自分も少しでも上の階級にあこがれ、自らもその金銭能力を誇示しようとするため、金銭能力による階級の序列化が生まれるのである。

これに対して、本研究が提案する「顕示的創作」の概念は、創作による自らの能力やセンスを見せびらかす行為である。ここでは、「顕示的消費」のように、「金銭能力」という一元化した序列構造を再生産するわけではない。ウェブ上の創作物とそれによって顕示されるは多種多様であり、それにあこがれる人の好みも多様だからである。本研究より、「顕示的に創作されたレシピ」の周辺には、「レシピ作成者の人格への信頼」と「常にレシピが投稿され続ける」という「システムへの信頼」が機能していることが明らかになった。COOKPADシステムへの信頼とは、「COOKPADのどこかには今晩の自分の食欲を満たすレシピがあるはずである」という信頼である。この両者の「信頼」が機能することで、COOKPADの「つくれぽ」投稿者は、自らが「つくれぽ」を投稿する際の選択の複雑性を縮減しているのである。複雑性が縮減されているから、COOKPAD上に「つくれぽ」が投稿され続けるのである。このように、「人格」への信頼と「システム」への信頼が共存していることで、レシピにつくれぽが投稿される、すなわち、「顕示的創作」によって、そのレシピ・ユーザを「規範」とする「つくれぽ」投稿者が集まり、共感を紡ぎだしている。このように「顕示的創作」を立論することで、本研究が示唆する理論的命題を構築することを目指す。




参考文献

國領二郎(編者)、「創発する社会:慶應SFC〜DNP創発プロジェクトからのメッセージ」日経BP、2006

金子郁容、「コミュニティ・ソリューション:ボランタリーな問題解決に向けて」、岩波書店、2002

公文俊平、「情報文明論」、NTT出版、1944

ニクラス・ルーマン、「信頼:社会的な複雑性の縮減メカニズム」、勁草書房、1990

ソースティン・ヴェブレン、「有閑階級の理論:制度の進化に関する経済学的研究」、ちくま学芸文庫、1899