マルチエージェントシミュレーターによる家庭用太陽光発電システムの普及モデリング

 

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 EGプログラム 厳網林研究室所属

小林 知記

 

Modeing of popularization of Photovoltaic system using Multi Agent Simulator

 

Tomoki KOBAYASHI

 

 

Abstract

 

 Recently, Photovoltaic System is focused on as clean energy. The Japan’s introduction amount of PV system was the highest in the world until 2005. However Germany left Japan behind, because of Institution of Feed in Tariff. There upon, Japan made the institution same as Germany it’s Called Japanese Feed in Tariff. The object of this report is to evaluate it using Multi Agent Simulator “Artisoc“.

 

Keywords:マルチエージェントシミュレーター(Multi Agent Simulator), 太陽光発電システム(Photovoltaic System), 固定価格買い取り制度(Institution of Feed in Tariff)

 

 

 

1.   はじめに

 

1.1.  背景

近年、注目を集めている新エネルギーとは、バイオマス、地熱発電、風力発電、太陽光発電などを差し、すべて再生可能なエネルギーである。日本の第一のエネルギー資源である石油が現在枯渇に向かう中、それに代わる新しい資源として注目を集めている。

その新エネルギーの中でも一際注目を浴びているのが、太陽光発電である。太陽光発電は、太陽電池を利用し太陽光のエネルギーを直接的に電力に変換する発電方式である。日本は、この太陽光発電の導入量で世界1位であったが、2004年にドイツに抜かれ、2008年では世界第6位となった。2008年に日本の政府は太陽光発電量を10倍にするとしたが、また1年も経たないうちにして20倍にするとの修正案を出した。そのための政策として、2005年に打ち切られていた補助金の再開を始めとし、固定価格買い取り制度(以下FIT制度)という、太陽光によって発電された電気を買い取る制度をきっかけに太陽光発電が爆発的な普及をしたドイツを真似て、日本版FIT制度が2010年から施行される。

 

企業においても、こうした政府の動きと同様に太陽光発電を商機として見出している。住宅メーカー大手の積水ハウスでは、太陽電池の大量購入により47万円/kWという低価格を実現させ、太陽光発電を利用した住宅を新たなる市場としている。このような企業の取り組みを一過性にしないためにも、購入時の政府からの「補助金」と購入後のFIT制度を徹底する必要性があるとされている。

 

1.2.  目的

本研究では、住宅用太陽光発電普及の現段階を、イノベーション普及学におけるキャズムという概念を当てはめ、キャズムという深い溝によって普及が停滞している状態であると仮定し、それを乗り越えるか越えないか(キャズム越え)で、市民全体に普及するか一部のイノベーターのみで終わるかに分かれる。

太陽光発電の普及に関する研究では、政府の補助金などの導入促進策と、研究開発による太陽電池の性能向上と低価格化という、消費者の購入負担額が軽減される事を重要視している。

本研究の目的は、マルチエージェントシミュレーター(以下MAS)によって人工社会を構築し、補助金などの購入負担額の軽減が、どの程度消費者の購入に影響を与えるかを検証する事である。具体的には、世帯主が太陽光発電システムを導入する決定的な要素を探り、その要素が変化する事によって普及にどれくらいの影響を与えるかを検証する。

 

2.   研究手法

 

2.1.  イノベーション普及モデル

本研究で扱うモデルでは、太陽光発電システムの耐用年数は約20年であるため、世帯主は未導入者から導入者へと変わる一方的な変化とする。その際に、既築による設置と新築建て替えによる設置があるが、今後数年間の間に急速に普及する事を過程とすると、既築の設置数を増大させなくてはならない。現在では、新築による設置が多く、既築による設置は、個人の意思決定が大部分を占めていると考えられる。そこで、本研究のモデルは既築による導入を対象とし、導入意思決定行動の要因を探るため、普及拡散モデルを構築する。

1 既築を対象とした普及拡散モデル

 

 普及拡散モデルを市場のモデルと行動のモデルとコミュニケーションのモデルに分ける。

 

 ・市場モデル → バースモデル

 ・行動モデル → 革新採用モデル

 ・コミュニケーションモデル → エージェントベースドモデル

 

エージェントとは、「環境の状態を知覚し、行動を行う

事によって環境に対して影響を与える事の出来る自律的主体」(山影進)と定義されていて、要するに、周りの環境をデータとしてインプットし、そのデータに基づきアクションを起こし、周りの環境にアウトプットできる行動主体の事を指す。このモデルにおけるエージェントは、世帯単位であり、世帯主の判断によって行動が行われる。従って、世帯主の所得や年齢などの情報が影響を及ぼす。

 

2.2.  バースモデル

 バースモデルでは、導入者をイノベーター、初期少数使用者、前期多数使用者、後期多数使用者、採用遅滞者に一定の割合で分類し、市場の飽和と供給の限界を考慮したモデルとなっている。

 

2 バースモデルとキャズム

 

3 バースモデル構造

 

2.3.  革新採用モデル

 エージェント(行動主体)の太陽光発電の導入行動に関するモデルとして、革新採用モデルを適用する。

 革新採用モデルは、認知段階、感情段階、行動段階、共有段階の4つの段階が存在し、行動前に各エージェントがそれぞれの基準や価値観で判断し、行動後に独自の評価を他のエージェントと共有する事が特徴である。

図4 革新採用モデルの構造

 

2.4.  エージェントベースドモデル

 インターネットの普及により、コミュニケーションチャンネルは、実空間(リアル空間)だけでなくインターネット空間(ヴァーチャル空間)にも存在する。

従って、リアルな空間でのエージェントとヴァーチャルな空間でのエージェントが相互作用し、エージェントはそれぞれの空間で情報のやり取りが可能となる。

5 ABMの構造

 

3.    シミュレーションプラットフォーム

 

3.1.  Artisoc (Multi Agent Simulator)

 本シミュレーションにおいて、使用するソフトとして構造計画研究所が開発した「Artisoc」というソフトを使用する。MASによるシミュレーションは、行動主体単位からモデルを組み立てることが出来るため、一般的なモデルと比べ、現実に近い予測を立てることが可能である。しかしながら、モデルの検証が難しいのと、確率モデルなので数十回の試行が必要である。

最近では、地図の描画やGoogleEarthと連携し、災害シミュレーションの分野でも使用され、幅広い用途で使えるツールとなり、注目を集めている。

 

3.2. モデル構築

 Artisocによるモデルの構築の手順としては、最初に空間の定義から入る。そして、エージェントの種類・属性を定義し、VisualBasic言語を利用したプログラミングによって行動のルールを定義する。そして、結果の出力形式を定義し、マップやグラフ、さらにデータファイルとしての出力が可能である。

 

6 モデル構築の流れ

 

 

4.    シミュレーションプログラムの構築

 

4.1. 空間定義

 シミュレーション空間として、仮想的な空間Cityを構築し、その空間にランダムに世帯であるエージェントの位置を定める。空間人数を設定する事により、人口密度を変える事ができ、対象となる都市空間を再現する事が可能となる。

7 仮想空間「City」

 

 

4.2. エージェント定義

 「City」空間に位置づけられた世帯エージェントは、それぞれID、X(座標) Y(座標)、Categories(バースモデルの分類)、Income(収入)、LifeStage(ライフステージ)、HouseStyle(住居形態)、Interest(行動決定トリガー)、Evaluation(評価)、Network(他者との繋がり)、Purchaser(導入状況)の変数を持っている。

 各エージェントは、Categories、Income、LifeStageHouseStyleの変数と、Networkによって得られた他者のEvaluationの情報を元にしてInterest変数を変化させ、Interestの値が閾値を超えた場合、導入の行動決定が行われる。そして、独自の評価をEvaluationの変数に値として設定し、その情報を、Networkを通じて共有する事で、エージェント間の相互作用(口コミ)を再現する。

8 エージェントのバースモデル分類

 

4.3. 変数定義

 変数定義では、なるべく設定を自由に変えられるようなシミュレーションモデルを構築するため、図9のようなコントロールパネルというもので、変数の設定を行えるようにした。

 

9 コントロールパネル設定画面

 

 これにより、例えば地域選択画面で、0〜49の数が設定出来るが、これは47都道府県と日本全体とドイツの2都市(ハンブルクとミュンヘン)がIDに割り当てられている。

 そのため、地域11(東京)を指定すると、図10のように東京の平均日射量が算出される。

10 地域選択による平均日射量の算出

 

5.    シミュレーションモデルの問題点

 

 現段階での問題点として、モデルの検証のためにも新築による導入を考えなくてはならない。その際、モデルが複雑化してしまう恐れがあるので、人口移動モデルを簡易化したモデルが必要である。

 また、補助金額はシステム価格の低価格化と共に減少していくが、本研究のモデルでは、それを再現出来ていない事が挙げられる。

 

11 システム価格と市場価格の推移

 

6.    今後の展望

 

 今後の展望として、株式会社構造計画研究所が開催するMASコンペティションに参加し、専門家の意見を取り込み、更なるモデルの向上を目指す。

http://mas.kke.co.jp/modules/tinyd3/index.php?id=12)

 

謝辞

本研究作成にあたり様々なアドバイスを下さった厳網林教授に感謝の意を示したい。

 

参考文献

[1]山影進.(2007).人工社会構築指南 〜artisocによるマルチエージェントシミュレーション入門〜, 書籍工房早山

[2]長崎浩紀・渡辺公次郎・近藤光男.(2008).マルチエージェントシステムを用いた世帯の空間分布予測モデルの開発, 四国GISシンポジウム

[3]富山哲之・矢ヶ部和洋.(2004).エネルギー環境教育としての「長崎市域における太陽光発電装置の利用実態調査」,NAOSITE

[4]ビメンテル・パウロ・セルジオ.().太陽光発電システム発電特性の総合評価ソフトウェア(PVI)の住宅用システムによる検証

[5]株式会社ラプラス・システム.「太陽光発電システムシミュレーションソフトウェアSolarPro ver.3.1」

[6]NEDO.(2004).2030年に向けた太陽光発電ロードマップ (PV2030) 」

[7]沢井啓安.(1998).住宅用太陽光発電システム本格普及へ向けて

[8]石川敦夫川.(2007).太陽光発電の普及とコストヘイバックタイム― 環境配慮型製品の普及の条件 ―

[9] 内山剛典.(2009). 家庭用太陽光発電普及にむけて