2009年度 森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告書

魅力的な動きの追求の為のロボット制御・シミュレーション

政策・メディア研究科 2年 村松充

背景

 現在人工物のデザインにおいては様々な課題がある。
産業革命以降の生産システムの変化による商品の均質化、画一化、また機能の複雑化に伴う仕組みのブラックボックス化にともない、人にとって人工物は無機質な物になり、人と人工物の関係が希薄化している、この人と人工物の関係の希薄化は、物への「愛着」や「感情移入」を減少させ、その結果、大量消費・大量廃棄、それに伴う環境破壊の一つの原因となっている。
 このような現状で、物に対する愛着を取り戻すことや、人と人工物の関係をより暖かい物にすることなどが、これからの人工物のデザインにおける一つの課題となっている。
 このような人と人工物の関係性を変える技術として、ロボティクスの可能性が挙げらる。
ロボット技術により、人工物に動きや知性を付加することが可能になり、それによって生物のような人工物を作ることが可能になった。
生物のような人工物を作ることの出来るこの技術は、新しい人工物のあり方、新しい人と人工物の関係性を生み出す可能性を秘めているといえる。
 現在、人と人工物の関係性のロボティクスを用いての解決手法として、擬人化やペット化等、既存の生物の形状や構造を模倣してロボットを製作するというアプローチが多く行われている。しかし、この方法は、人工物と生物の構造上の差異から、効率的であるとは言えず、また、人やペットの代替品としての役割以外では機能的でない。人工物と生物の違いをふまえたうえで人工物の特性上効率的な構造によって生物らしい人工物を作る方法が確立できれば、人工物へのロボット技術の応用範囲は広がると考えられる。

研究の目的

 このような、既存の生物の形状や構造を模倣しない新たな形のロボットデザインでは、動きと形状のを双方とも効果的な物としてデザインする必要がある。動きを生み出す構造は形状に影響を与え、また形状は生み出される動きに影響を与えるためである。
 私は、修士研究において、既存の生物の形状を模倣せず、人工物の特徴的な構造である回転構造と、機械加工による均質な形状を利用して生物のような動きを実現するロボットを製作した。この製作において、様々なパラメーターを決定するのにCGを用いたシミュレーションが重要であった。今までもロボットのシミュレーションにはCGが用いられていたが、修士研究でのロボット製作においては、意図する動きを実現するために、形状や色等の外観要素も含めた様々なパラメーターの最適解を探る必要があるため、より動きの表現力の検証に特化したシミュレーションソフトを作る必要があった。
 本基金の支持を受け、私は修士研究で製作したロボットにおけるシミュレーションソフト、またその方法を応用したシミュレーションプログラムの開発を行った。

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修士研究で製作したロボット "Flagella"

成果

1.修士研究 Flagella における、形状決定のためのシミュレーションプログラム

 修士研究において、回転関節と屈曲したパイプ形状を組み合わせて有機的な動きを実現するロボット、Flagellaを製作した。パイプ形状のアームの端面の円と同心円に回転するような関節としてデザインすることにより、関節部を回転させても接続面が滑らかに連続した形状になり、アームの屈曲部の滑らかなカーブ部分が曲がっているように見えるため、全体の形状が滑らかに変化しているように感じられる。このため、シンプルな構造で生物のような滑らかな動きが実現出来ている。
 このロボットの形状のデザインにおいて、アームのカーブは動きに大きな影響を与える。このアームの形状をそれによって生み出される動きを評価しながら検討するために、アーム形状を変化させながらリアルタイムに動きの評価を行えるようなシミュレーションプログラムを製作した。
 アームの形状は、曲線に沿って円を押出した形状と定義しており、曲線には有理ベジェ曲線を採用した。


アーム形状と動きのシミュレーションプログラム

2.Flagella における、受動回転機構の動きのシミュレーション

 修士での製作物であるFlagellaでは、先端部にカウンターウェイトを用いた受動回転構造を採用した。アーム形状に似た屈曲形状の指に対して重心をずらす錘を配置し、指はアームの動きに影響を受け、カウンターウェイトによって不思議な動きをする。指を含めた手部の形状は指導教員である山中俊治先生によってデザインされ、カウンターウェイトを用いた受動回転機構の構造は共同研究者である神山友輔によって開発された。
 これによってどのような動きを生み出すことが出来るのかをシミュレーションするため、私は錘の動きの物理シミュレーションを含めた動きのシミュレーションプログラムを作成した。
 Open Dynamics Engineというフリーの物理計算ライブラリを用いて動きの計算を行った。形状はRhinocerosというCADソフトからポリゴンメッシュの形式で書き出し、OpenGLによって描画を行った。


受動回転機構による指の動きの物理シミュレーションプログラム

3.受動回転機構を応用した構造のシミュレーション

 2のシミュレーションを応用し、受動回転機構をもちいた新たな表現をもちいたプロダクトのシミュレーションを製作した。錘によって不思議な動きをする玩具「起き上がり小法師」の構造とFlagellaの受動回転構造を組み合わせることでどのような動きが可能になるかをCGでシミュレーションした。
 このように、CADによるデザインとモーターの動きや、錘等の物理シミュレーションを組み合わせることで、動的なプロダクトのデザインのプロセスに新たな手法を生み出すことが出来た。


物理シミュレーションを用いたデザインビジュアライゼーション