2009年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究者育成基金 修士課程報告書

政策・メディア研究科 修士課程2年河口真理子

 

「学校教員のためのメディア・リテラシー研修」という題目で助成を得たが、メディア・リテラシーを生徒に教えるにあたっては、学校教員の育成は欠かすことができないが、メディア・リテラシーは学校以外でも学ぶことはあり、青少年のインターネット環境からメディア・リテラシーとは何かを考える方が、政策という大きな枠組みに取り組むことが可能となると考え、研究テーマを変更した

 

研究題目

「青少年のためのインターネット環境整備に関する日本とフィンランドの比較研究」

 

1.概要

近年、携帯電話やパソコンからのインターネットを介した青少年のトラブルが増加している。それに伴い日本では規制強化の傾向がある。20094月からは青少年ネット環境整備法が施行され、いくつかの都道府県においても青少年のインターネット安全利用のための条例が制定されている。本研究では、法、規範、アーキテクチャ、市場というローレンス・レッシグの四つの規制要素論を用いて日本とフィンランドの青少年のインターネット安全利用の対策を比較することにより、青少年のインターネット安全環境整備に関する研究を行った。

本研究において実施した調査からは次の結果が得られた。まず、法、規範、アーキテクチャ、市場の全てにおいて日本とフィンランドのインターネット安全環境整備は異なる点である。日本では、主として法、技術による制約に依拠した取り組みが行われており、規範による制約は揺籃期を脱した段階にあるため未だ過渡期にあり、検討すべき課題が多く残されている。市場による制約は、実際にどの程度の効果があるのか明確な結果を得るには至らなかった。その理由として、日本は「携帯電話」のインターネット利用が進んでおり、青少年のケータイからのインターネットアクセスによる事件が社会問題となっていることがあげられる。そのため規範醸成のような長期的解決ではなく、法、技術による短期的な解決が用いられている。フィンランドでは、法、技術による制約はほとんど機能しておらず、法規制によらない規範による制約が主に行われている。また、市場による制約はあまり機能していないと考えられる。フィンランドでは教育の文化が根強いため、青少年におけるインターネットの問題に関しても規範による解決が好まれていると考える。

最後に、本研究で得られた知見をもとに青少年のインターネット安全環境整備の方向性について示唆した。フィンランドの特徴として、ホットライン、相談、パトロール、レイティングなどのサービスや自主規制、ルール、教育といった規範的側面における取り組みの充実があげられる。日本とフィンランドでは根底にある社会構造が異なるが、フィンランドのように青少年のインターネット利用に対し、保護、育成を社会全体で行おうとする仕組み作りが課題であると考える。青少年のインターネット安全環境整備には、多くのステークホルダーの協力と複合的構造的規制の検討が必要である。

本研究において実施した調査ならびに本研究によって得られた結論は、今後のインターネット安全環境整備への施策立案に関して参考となる重要な基礎資料になるだろう。また、法規制によらないフィンランドにおける取り組みが、日本における今後の取り組みの在り方について一定の示唆を得ることができたと思われる。

 

2.研究の意義

本研究は現在進行形で行われているインターネットの安全利用政策に関する研究である。携帯電話からのインターネット接続の普及は、青少年によるインターネット利用を活発にさせる一方、有害情報の閲覧機会を増大させるという問題をはらんでいる。現在、携帯電話の所持率は小学生、中学生は上昇する一方であり、高校生に至ってはほぼ100%である。このような現状を見据えると、ケータイ、インターネット対策が早急に求められる。日本は、ケータイといったテクノロジーなどのインフラにおいては先進国であるが社会的、あるいは教育的なインフラに関しては先進国とは言い難い。

諸外国ではこれらの携帯電話、インターネット利用における問題の対策として、フィルタリングサービスの導入やコンテンツ・レイティングの普及、ペアレンタルコントロールの推進、親子間での利用ルール作りなどの利用者啓発活動の推進などに取り組んでおり、これらの対策が青少年を有害情報から適切に保護する上で有益であることが明らかになりつつある。日本においても、例えばMIAUは、有害情報への対処について、国家によるインターネットの制限ではなく、教育による情報リテラシーの向上と、民間事業者による自主規制の強化で対応することを提案したことがある。このように、インターネットの安全環境のためには、法規制のみではなく情報リテラシー教育の可能性を取り入れた政策について重点的に考えていく必要がある。そこで、PISAにおいてリテラシー能力が世界で最も高いと評価されているフィンランドにおける青少年のインターネット安全利用対策を分析することにより、法規制による解決だけではなく、リテラシー向上という教育的観点から青少年のインターネット利用の問題を解決する示唆を与えることができると考える。

 

3.研究手法

@これまでの先行研究を整理し青少年のインターネット安全環境整備の現状と課題を把握する。

A定性調査として、日本、フィンランドにおいて青少年のインターネットの安全環境整備に携わっている組織に対してインタビュー調査を行う。

B定量調査として、アンケート調査を日本とフィンランドの大学生に対して行う。アンケートでは、性的情報へのアクセス、その影響、性的情報への規制の賛否、その理由などの調査を行い、日本とフィンランドを比較、分析する。

 

4.研究結果

日本では法律を中心としてインターネットの安全環境整備を行い、ネット上の問題や事件の発生を制御しようと試みている。例えば、出会い系サイトが社会問題となった時には、出会い系サイト規制法が成立した。しかし、出会い系サイトを介した事件が法整備後も発生し続けたため、出会い系サイト規制法が改正された。そうすることで、出会い系サイトを介した事件は減ったが、事件は場所を変えSNSやプロフなどの一般サイトで起こるようになった。このため、青少年ネット環境整備法の施行と共にケータイからのコミュニケーションサイトがフィルタリング対象コンテンツとなった。また、フィルタリングの義務化においても、青少年の全員がフィルタリングを利用している訳ではない。青少年ネット環境整備法は事業者に対しても規定を設けているが全ての事業者が規定を守ることは想定できない。つまり、インターネットの問題を法解決に依存するには抜け穴が多く、現状に即していない。社会規範については、これまでも学校で情報教育を行ってきたが技術的なものが中心であり、直接インターネットの安全利用につながる教育が少ない。また、日本では情報モラル以外の一般的な規範意識の低下も見られる。よって、他の制約に頼らざるをえない。2007年末の調査で認知度が4割弱であったフィルタリングを20094月から青少年のケータイに義務化するのは段階的な政策とは言い難い。未だフィルタリングの仕組みを理解していない保護者も多い。フィルタリングの利用により、社会規範に対する意識が低下する恐れがある。市場については、法律が青少年がケータイからアクセスできる市場を安全なものにしようとしている。コミュニティ型のケータイサイトはフィルタリング対象外となるためには莫大な料金が必要となる。日本の政策は全体的に各制約が独立して動いているため、規制がうまく機能していない印象がある。

 フィンランドでは社会規範が中心となってインターネットを介した事件を制約している。フィンランドでも日本と同様インターネットを介した事件はあるが、既存の最低限の法律のみで、特別にインターネット利用を規制する法律はない。国家としても情報教育を重視している。社会規範では、例えば学校ではインターネットを自由に利用させ、不適切なサイトへのアクセスには指導するという考えである。アーキテクチャによる解決には懐疑的であり、自分の頭にフィルタを持ちましょうと言われているように、規範がアーキテクチャを支配しているようである。また、市場についてもネットユーザーの自助作用により事業者は管理コストを低く抑えることができる。フィンランドの政策は規範が他の制約に関与しており、全体的に制約が機能しやすい仕組みがある。

 

5.本研究によって得られた知見

日本とフィンランドの青少年におけるインターネット環境整備の比較から、日本の政策は比較的トップダウン型であり、フィンランドはボトムアップ型であることが明らかとなった。日本は法律が先行しており、それが規範、アーキテクチャ、市場を支配している。一方フィンランドにおいては、規範が先にあり、一人ひとりが規範に基づいて行動している、もしくはそうなるように目指している。また、日本の青少年のインターネットアクセスの特徴として、ケータイからのインターネット利用があげられる。ケータイは他人の管理が及びにくく、問題の発見が遅れがちとなってしまう。日本でこれまで青少年におけるインターネット環境整備のための政策を立案してきた人たちがケータイの文化を知らなさすぎたということがインタビューから明らかとなった。彼らは青少年と同じようにはインターネットを利用することもなく、またパソコンサイトとは違うケータイサイトを閲覧することも少ない。そしてこれまで未成年の意見が取り入れられることなく、ケータイ、インターネットの影ばかり注目してきたといえよう。

 

6.今後の展望

本研究では日本とフィンランドにおける青少年のインターネット安全環境整備の比較、検討を行った。しかし、日本とフィンランドの比較においては、人口、国民性、文化、慣習、宗教など様々な変数があり、それらをコントロールすることができないため日本とフィンランドのインターネット環境整備の違いの要因を断定することはできなかった。今後はそれらについて追求する必要があるだろう。また、本研究のアンケート調査はインターネットの性的表現についての質問に絞って行ったが、他のリスクについても調査を行えばより精度の高い仮説を構築することができると考える。

 

森基金の用途について

  援助いただいた基金は、主に昨年秋の研究における渡航・滞在費用に当てた。森基金からの多大な援助によって、研究を行うことができた。ここに謝辞をもうしあげます。

 

主要参考文献

[1]沖林洋平他(2007)「児童・生徒の情報リテラシーの認識的基礎に関する研究」『広島大学学部附属学校共同研究機構研究紀要第35号』pp.333-342  広島大学学部・附属学校共同研究機構

[2]金子正光,竹之内修,田島大輔(2009)「子どもたちを加害者にも被害者にもしないインターネット安全教室の現状と対策〜宮崎市内の小学校における情報モラル教育の調査〜」『宮崎公立大学人文学部紀要  16巻第1 pp.23-44宮崎公立大学

[3]新保史生(2006)「フィルタリングと法」『情報の科学と技術5610号』pp.475-481情報科学技術協会

[4]ローレンス・レッシグ著,山形浩生訳(2007)CODEVERSION2.0』翔泳社