2009年度
森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書
「場所性に着目した街の中のアートの役割に関する研究」
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
環境デザイン・ガバナンス(EG) 修士1年
80925442 宮脇務
1.はじめに
1—1.研究背景
1981年にアメリカ・ニューヨークにおいて設置されたリチャード・セラRichard Serraの作品《傾いた弧(Tilted
Arc)》が市民を巻き込み大きな議論をおこした事件以降、街の中のアートのあり方について美術関係者、都市計画者、行政、市民などにおいて大きな議論を呼び、そのあり方について議論が続けられている1)。近年、文化を政策の中心とする行政が増加し、各都市において街ぐるみでアートイベントを開催する場所が増えている。そこでのアートには、街の美観としての要素はもとより、その場所での街と人の関係に影響を与えることが強く求められている。換言すると、その場所ならではの「場所性」が重要となる。そのような状況を受け、街の中のアートに対する価値観を改めて考えなければならない状況となっているのではないかと考える。
1—2.研究目的
「shibuya1000」は、渋谷という街において、渋谷らしさという魅力を見つけることを目的として、第1回が2008年10月に開催されたアートイベントである。主に渋谷駅地下コンコースを会場とし、渋谷に対して「1000」という切り口からアート作品を制作、設置するものである。本研究では、本年度の「shibuya1000」に参加し、作品を制作する。その過程において、その街に対してアートという視点から見ることにより、街と人との新しい関係、視点(渋谷の場所性)を探る。
1—3.研究概要
近年のアートの視点の一つとして、鑑賞者の作品への参加を前提とした非常に開かれた視点がある2)。そこでは「作品」における鑑賞者の行為やリアクション、制作プロセスなどが「作品」を構成していく。現代都市における多様な価値観の存在、固有の歴史、地域コミュニティの再構築という課題に対して、アーティスト、作品、鑑賞者の関係だけではなく、アーティスト、作品が媒介者として鑑賞者同士、ひいては都市における市民同士の関係性、共同体的な横のつながりを求め、ディスカッションを引き起こすということにおいて、アートを制作、都市において設置する意義があるのではないだろうか。そのような視点をもって、渋谷という街に対するフィールドワークを行ったうえで、それを活かしながら作品制作を行う。またその作品制作の過程を経ることによって街の中のアートの可能性についての考察を行う。
2.研究内容・研究報告
2—1.フィールドワーク
定期的な渋谷におけるフィールドワークにおいて、渋谷という都市における、経済活動や都市現象、人間活動などの調査を行った。
現在までのところ、人間活動が生み出すその土地の「音」(図1)や「建物」(図2)についてフィールドワークを行っている。そこで得られたデータを渋谷地域の地図と照らしあわせることによって、都市空間における人間活動の特徴を得る分析を行いたいと考えている。
(図1)渋谷地域の騒音調査で得られたデータを白地図上にマッピングしたもの
(図2)渋谷地域の建物データを白地図上にマッピングしたもの
2—2.代官山インスタレーション
所属する研究会におけるプロジェクトを通して、代官山インスタレーションに参加した。代官山インスタレーションは1999年よりビエンナーレ形式で行われ、代官山一帯の町中に公募で選ばれたパブリックアートを設置、展示するアートイベントである。
(図3)代官山インスタレーション出品作品《縫合》
今回参加したのは、《縫合》という作品である。これは旧山手通沿いにあるヒルサイドテラスのガラス面において、内部と外部に椅子を設置することによって、まるで内と外がつながっているかのような印象を鑑賞者にあたえ、内部で座る人と外で座る人が一つの椅子を共有することができるというコンセプトである。
(図4)制作過程と展示風景
会期中、多くの人にこの椅子を利用してもらうことができた。座る人は普段、歩いて通り過ぎるはずの歩道に腰をおろすことによって、「座った高さの視点」から街を眺めることができる。それはこのアート作品を通すことによって、人々に街への普段とは異なる視点を提供することができ、場所性に対する再発見の契機となることができたのではないかと考えている。
2—3.Shibuya1000
本年度における「shibuya1000」の開催日は2010年3月14日〜23日となっているため、本稿執筆時はまだ制作途中であり、本報告書においてはまだ結論を記すことができない。しかし、これまでに行ってきたフィールドワークから探ってきた「渋谷らしさ」、人間の活動などを用い、代官山インスタレーションにおける作品制作に関する経験を活かしながら制作を進めている。
3.研究結果
フィールドワークにおける建物の階高といった都市のハードな側面と、都市における音のような都市のソフトな側面、それは渋谷という街においては一致しない。建物に高さがあり、一見すると人間の経済活動が盛んになされていると考えられる場所においても、騒音のレベルは高くないという結果が現れた。むしろ、階高が低い場所で騒音のレベルが高いという場所をも目立っている。「渋谷らしさ」を考える上で、人間の動的活動が、経済やインフラといったものに関わらず同時多発的に起こっている場所、それが「渋谷らしさ」なのではないかと考えられる。
4.今後の展望
現在の渋谷の性質、そこに置かれたアートの特性、およびアートが置かれたときのその場所の性質を比較、考察することで、街の中のアートが、その場所の性質に対してどのような役割を果たすのかを検討していきたいと思う。そのために、今年度定期的に行ってきたフィールドワークを継続するとともに、2010年3月に行われる「shibuya1000」に向けて作品制作を継続していきたい。また、この制作、調査をおこなったうえで、近年、各都市において実施される傾向にあるアートイベントにおける応用の可能性についても検討を行っていきたいと考える。
5.参考文献・webサイト
1) 工藤安代「パブリックアート政策」2008、勁草書房。
2) Nicolas
Bourriaud " Relational Aesthetics" 1998, Les Presse Du Reel,France.
3) 代官山インスタレーション2009 http://www.artfront.co.jp/dinsta/index.html (10-02-16参照)
4) Shibuya1000 http://www.shibuya1000.jp/ (10-02-16参照)